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朝からストラングス流、全開ですわ!

「……ん、ふわぁ〜……」


 光太郎が目を覚ました。薄い朝日が部屋を照らし、微かに鳥の声が聞こえる。


「おはようございますわ」


 不意に聞こえた声に、光太郎は眠気が吹き飛んだ。


 目を開けると、目の前にはリリーが悩ましいネグリジェ姿で馬乗りになっていた。


 彼女の凹凸のはっきりした身体が、薄い布越しにほのかに見える。


「おぶわっ!?」


 驚きで跳ね起きようとした光太郎は、反射的に拳を突き出した。だが、その拳はリリーの片手によって軽々と受け止められる。


「朝からいいパンチですわね」


「じ……冗談はやめろ!」


「冗談じゃありませんわ。殿方と一緒に泊まる以上、万が一の備えとして反撃体制は万全でした。しかしコタローは紳士ですわね。私にベッドを譲り、床で寝て、何もしてきませんでしたわ」


 リリーは楽しげに微笑む。


「当たり前だろ……」


「よかったですわね。もし眠っている私に何かしていたら、身体の骨の2、3本は折れていましたわよ」


「そんなことするわけないだろ! ……いいから、離れ……ろっ!」


 光太郎は渾身のブリッジをして、リリーを跳ね飛ばした。


「おっと……お遊びが過ぎましたか」


 リリーは空中でくるりと回りながら着地し、優雅に立ち上がる。その軽やかな動きに、光太郎は呆れた表情を浮かべた。


「まったく、何が貴族だよ。気品も何もあったもんじゃない」


「高貴に、たわむれといいますのよ」


 リリーは得意げに言い放ち、涼しい顔で髪を整えた。光太郎は大きくため息をつきながら肩を落とす。


「頼むから、普通に起こしてくれ……」


「まぁ、真面目に言うと……あなたの危機管理能力がどれほどのものか試していましたの。眠っている間はまったくの無防備ですのね」


「試すな! そんなの当たり前だろ……」


「いいえ、世の中いつどこから刺客が現れないとも限りませんから」


 リリーは真顔で言いながら、椅子に腰掛け髪に櫛を通し始めた。その横顔を見て、光太郎は改めてこの少女の自由奔放さに振り回される日々を覚悟するのだった。


 ──すると、リリーの部屋がノックされた。


「いいわ。入りなさい」


 リリーはそのノックの仕方だけで、相手が召使いであることを見抜いたらしい。


「お嬢様、召喚獣様のお召し物を洗い、乾かして参りました」


「ご苦労様。よしなに」


「はっ」


 召使いは丁寧に一礼し、部屋を後にした。


「コタロー、服が乾きましてよ」


「もう?早いなあ……なんかいい匂いがする」


 光太郎は召使いから受け取った服を嗅ぎながら感想を漏らした。


「私が愛用している花石鹸で洗いましたから。気に入りまして?」


「ああ、なんだか……すごく懐かしい香りがする」


「そう? よかったですわね」


 リリーが微笑む中、光太郎は服を抱えて言った。


「……着替えるからそっち向いててくれよ」


「あら、これは失礼」


 リリーはくるりと向きを変えた。


 光太郎が上裸になり、服を着ようとしたその瞬間、いつの間にかリリーが向き直っていた。


「うーん、いい筋肉ですわ。あなた、いい兵士になれますわよ。ストラングス軍の隊員になりますか?」


「見るな!」


 光太郎は叫ぶとリリーを部屋の外へ押し出した。


 扉の外でリリーは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに愉快そうに笑い出した。


「……私が部屋を追い出されるなんて! フフ……こんなことをされたのは、リブルスタお兄様以来ですわ……オーッホホホホ!」


 その声が廊下に響き渡り、近くの部屋から怒鳴り声が飛んでくる。


「うるせぇな朝から!」

「静かにして!」

「またお前かストラングス!」


 学友たちに迷惑をかけるリリー。光太郎は部屋の中で大きなため息をついた。


「続くのか……これが毎日」


 ──光太郎は高校のブレザーを身にまとい、鏡の前で襟元を整えた。この服装がやっぱり一番しっくりくる、と心の中で呟く。そこへ、リリーの声が聞こえた。


「さてコタロー、朝の支度も済みましたし、朝食に行きましょうか」


「ああ、腹減ったな……」


 光太郎は伸びをしながら思い返す。そういえば昨日の昼を最後に、何も食べていなかったようだ。


「この学校では朝昼晩、食堂で食事をとりますの」


「へぇ、全寮制みたいな感じなのか?」


「ええ、そんなところですわ。さ、行きましょう」


 リリーに促され、光太郎は彼女とともに廊下を歩き始めた。


 廊下を歩いていると、周囲の生徒たちが光太郎たちに視線を向けていることに気がついた。その中には、ひそひそと話す者もいる。


「……あれ、召喚されたって噂の……」

「ストラングス嬢が連れている?」

「なんか珍しい格好してるよね……」


 光太郎は少し肩をすぼめたが、隣を歩くリリーはまるで意に介していない様子だった。堂々と胸を張り、涼しげな顔で歩き続けている。


(気にもしないのか、それとも慣れてるのか……)


 彼女の後ろ姿を追いながら、光太郎はそんなことを考えていた。


 やがて二人は食堂に到着した。広々とした空間にはすでに多くの生徒たちが集まり、各々食事を楽しんでいる。


「混んでるな……」


「この学校は世界中でもかなりの人気を誇りますのよ。留学生も多いですし、国際色豊かですわ」


 光太郎は食堂を見渡し、カラフルな髪色をした生徒たちに目を奪われた。ピンク、青、緑、紫……自分の世界では見たこともないような色が目に飛び込んでくる。


「……すごいな。色んな髪の色の人がいる……これじゃまるで漫画やアニメじゃないか」


「ピンクやブルーが珍しいの? では、私は?」


 リリーはくるりと回り、軽くポーズを取る。その金髪は朝日に照らされ、きらきらと輝いていた。


「いや、金髪は俺の世界にも普通にいた」


「あら……そうですの」


 リリーは少しがっかりした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して言った。


「では、食事を取りましょう。空腹のままでは力が出ませんから」


「ああ、そうだな」


 二人は食堂のカウンターで料理を受け取ったものの、席を探しても空席が見つからなかった。


「どうする?」


「簡単です……いましたわ」


 リリーは目ざとく一つのテーブルを見つけた。そこでは男女四人の生徒たちが談笑しながら食事を楽しんでいる。


「もうまぶたが重たくてさ〜」

「朝だしねぇ」


 リリーはそのグループに近づき、微笑みを浮かべながら声をかけた。


「ごめん遊ばせ。私たち、席に困っているの。よろしければ相席させてくださらない?」


 その瞬間、グループの生徒たちは顔を引きつらせた。


「す、ストラングス嬢……!?」


 一人が恐る恐る声を上げると、他のメンバーたちもざわつき始めた。


「そ、それはもちろん……!」

「ごめんなさい……あたし、もうお腹いっぱいで、失礼します!」


 生徒たちは一目散に席を立ち、散り散りに逃げていった。光太郎が唖然とする中、リリーは涼しい顔で空いた席に腰掛ける。


「あら。混ぜてくださればよかったのに」


「……」


 光太郎は何も言わなかったが、頭の中にセリオンの泣き顔が浮かんできた。


「今の人達は、友達?」


 光太郎が問いかけると、リリーはパンを口に運びながら答えた。


「ええ、学友ですわ。皆さんストラングス家と交流のある貴族ですのよ」


「リリー……あまり言いたくないが、立場に物を言わせて人の行動を無闇に制限するなんて、高貴じゃないと思わないか」


 光太郎の言葉に、リリーは少し考えるような素振りを見せた後、微笑んで言った。


「……あなたの言うことは、実に秩序だっていますわね。正しいですわ。しかし、向こうが勝手に私を恐れるのです。仕方ないではありませんか。はむ……」


「……」


 光太郎はリリーの言葉に納得しきれないものを感じながらも、朝食を口に運んだ。


 彼女の持つ「支配力」に、再び驚かされると同時に、一抹の不安が胸に広がった。

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