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運命に抗う二人

 光太郎は浴場内を見渡し、湯気が立ち込める静かな空間に一人残される。


「それじゃ、風呂入るか……」


 軽く肩を回しながら、とりあえず身体を洗いにかけ湯へと向かった。


 ──身体を洗い終えた光太郎は、湯船にゆっくりと浸かった。


(ちょうどいい温度だな。40度あるかないかくらいか)


 静かな湯気が立ち上る中、光太郎は湯船に身体を預け、しばらく無言で目を閉じていた。


 そして、ここに来てようやく状況を冷静に分析し始める。普通ならば、突如異世界に飛ばされ、家族や日常を失った悲しみや不安で押し潰されてもおかしくないはずだ。


 しかし──。


(……おかしい)


 光太郎は自分の心を探る。だが、故郷への郷愁が思ったほど湧き上がってこないことに気づいた。


(どうしてだ……?)


 胸の中に広がる違和感。自分は本来、もっとパニックになっているべきなのに、どこか冷静でいられる。光太郎はその理由に思い当たる節があった。


(あの時、見た……リリーの記憶か?)


 リリーの厳しい修行や過酷な経験。彼女の中に秘められた覚悟と決意。それらが光太郎の中に影響を与えているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。


(……ありえない。そんなことは……俺は帰るんだ)


 湯船の水面に映る自分の顔をじっと見つめ、光太郎は拳を握りしめた。


(絶対に帰る……俺の地球に)


 頭の中には、想い人であるミラ姉さんの顔が浮かぶ。彼女の柔らかな笑顔、温かな言葉。きっと自分が急にいなくなって、心配しているに違いない。


(ミラ姉さん……今頃どうしてるかな)


 家族のことも思い出す。両親に申し訳ないという気持ちが胸を締め付けた。


「くそっ……」


 光太郎は湯船から勢いよく立ち上がり、水滴が床に跳ねる。


 湯気の中、拳を握り締めながら彼は力強く言い放った。


「絶対に帰ってやるぞ!」


 ──リリーの部屋へ、バスローブ姿のまま戻ってきた光太郎。扉を開けると、リリーが優雅に椅子に腰掛け、微笑を浮かべながら待っていた。


「……ただいま」


「あら、おかえりなさい」


「俺の服、これどうすればいい?」


 光太郎は手に持った服をちらりと見せる。


「その辺に置いといてください。後ほど使用人に洗わせておきますわ」


「あ、そう……でも、代わりの服がないんだけど?」


「すぐに用意させます」


 リリーは立ち上がると、部屋のドアを軽く開けて手を叩いた。すると、どこからともなく召使いが姿を現す。


「男性用の服を用意してちょうだい。うんと大きいサイズでね」


 召使いは無言でうなずくと、そのまま速やかに姿を消した。


「少しの間、その格好で我慢してくださいまし」


「……ああ」


 光太郎はため息をつきながらも椅子に腰掛けた。


「ここはあなたの帰るべき場所ですのよ。もっと気楽にいてくださって構いませんわ」


「……違う!俺は絶対に帰るからな!」


 光太郎の強い言葉に、リリーは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに肩をすくめて笑った。


「まぁ……ホホ、そうですわね。いつかは帰れるといいですわね」


「絶対に帰ってやる!」


 光太郎の強い決意に、リリーの笑顔がかすかに曇った。


「……あなたに、相談がありますの」


 リリーはふっと表情を引き締め、光太郎の顔をじっと見つめる。


「……なんだよ?」


 光太郎は不審そうに問い返す。


「少しの間でいいですわ。私の召喚獣として振る舞っていただけませんか?」


「悪いけど……俺は召喚獣なんかじゃない。俺は人間だ。誰のものでもない」


 光太郎の即答に、リリーは淡い笑みを浮かべた。


「……いいですわね、自由で」


「どういう意味だよ?」


 リリーの言葉に眉をひそめる光太郎。リリーは視線を落としながら、静かに口を開いた。


「あなたが見た私の記憶の中に、お父様との記憶はなくて……?」


「お父様って……そんなの言われても誰だかわからないよ」


「一番偉そうなヒゲの長い金ピカの男性ですわ」


「……あっ!!」


 光太郎の記憶に、あの厳格そうな男性の姿が浮かび上がる。


 ──魔法学校をもし落第したら、打首とする。


 その冷酷な言葉が、再び耳元で囁かれるように蘇る。


「まさか……そんな……」


「思い出していただけました?」


「許せない……実の娘を、勉強ができないから殺すだなんて……!」


 光太郎の拳が震える。リリーは淡々とした口調で言った。


「貴族には、面子というものがありますの」


「命より大事なメンツがあるのかよ!」


 光太郎の怒声が部屋に響く。だが、リリーはただ無言でその言葉を受け止めていた。


「……仕方ない。そういうことなら……仕方ない。ひとまず進級するまでだ」


 光太郎が渋々そう言うと、リリーの目が潤み、口元がほころんだ。


「コタロー……!」


 リリーは光太郎に勢いよく抱きついた。突然の行動に光太郎は驚きつつも、すぐに彼女を引き離した。


「近い!」


「ごめんなさい……でも、嬉しくて」


 リリーは微笑む。その表情に、光太郎の胸にわずかながら温かい感情が芽生える。


(……この世界の倫理観、どうなってるんだ)


 光太郎は心の中でぼやきつつも、目の前の少女を守る決意を新たにした。




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