異端召喚
光太郎はうっすらと目を覚ました。眩しい太陽の光が瞼越しに差し込んでくる。
(さっきまで夕方だったはずなのに……?)
脳がまだ完全に目覚めていない状態で、光太郎はぼんやりと考える。
しかし、陽光の強さに耐えられなくなり、彼は勢いよく飛び起きた。
「うぉっ……! どこだここ!?」
周囲を見渡すと、見覚えのない広々とした場所が広がっている。
彼が目を覚ました場所は一面の芝生。その周囲を取り囲むのは巨大な建物の数々。
さらに、彼を取り囲むようにして集まった人々が、じっと光太郎を見つめていた。
その奇妙な衣装は、まるで舞台衣装か時代劇のコスプレのようだ。
「いや……公園じゃない……なんだここ?」
光太郎は困惑しながらも身体を起こした。
(外国……なのか? 明らかにみんな日本人じゃないし、よくわからないけど、外国語が聴こえてくる……)
自分がなぜこんな場所にいるのか、まったく分からない。
だが、その答えを探る間もなく──。
「わっ!? な、なんだっ……死……ぐっ……!」
突然、背後から何者かに飛びつかれた。そして首に鋭い圧迫感が走る。
──それはチョークスリーパー。俗に言う「裸締め」だった。
(裸締めだと!? なんなんだ、こいつ!)
光太郎は驚きと共に必死に抵抗を試みる。だが、背後の人物はそれに応じるように締め付けをさらに強めてきた。
「……ふ、ぐっ……やめ……!」
喉が圧迫され、息が苦しい。
(くそっ、締め付けの力が尋常じゃない……!)
光太郎は必死に抵抗を試みた。しかし、背後の人物はそれに応じるように、さらに締め付けを強めてくる。
(やばい、喉が……!)
みちみちと音が聞こえそうなほどの強烈な力。首筋に鋭い痛みが走り、意識が遠のいていく。視界がぼやけ始めたその時、不意に耳元で声が響いた。
「よい抵抗でしたわ」
何語かは分からなかったが、どこか気品を感じさせる可憐な声。
おぼろげな意識の中、光太郎は自分の身体が後ろに倒れるのを感じた。だが、地面にぶつかることはなかった。
──誰かが抱きとめていた。光太郎を支えたのは、小柄な少女のようだった。
その少女は光太郎の肩と後頭部を優しく支えると、なんとそのまま顔を近づけてくる。
「ん──」
「んぶ……!」
唇が重なった瞬間、光太郎の脳裏には鮮烈な感覚が流れ込んだ。
まるで誰かの人生を走馬灯のように早送りで見せられているかのようだった。
数秒後、少女は光太郎から唇を離し、短く呪文を唱えた。すると、彼女と光太郎の身体が淡く光に包まれる。
「契約完了、ですわ」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の観衆がざわめき始めた。その中から一人、中年の男性が慌てた様子で群衆をかき分けて現れた。
「どいて……どきなさい、ストラングス嬢!! あなたは……なんということを!?」
「ごきげんよう、ミアージ先生。報告の手間が省けましたわ」
少女は涼しい顔で答える。
「馬鹿な! 人間を召喚獣にするなど、前代未聞ですぞ!! どうして帰還させなかったのです!?」
「……しかし、召喚術で呼び出せましたし、契約も成立させてしまいましたわ」
「認めません!」
「おくどい!」
「ぐっ……!」
ミアージ先生と呼ばれた男性と少女が激しく言い争う。
光太郎には状況がまったく理解できなかった。
(……召……喚獣?なんの……話だこれ……)
その時、少女が光太郎の襟を掴み、再び抱え上げようとした。
「はっ!」
光太郎は地面を反動に跳ね起き、少女の腕を振り払う。
一瞬驚いた少女だが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「なんと! 回復が早いですわね」
「その声……お前か! 後ろから不意打ちを仕掛けたのは!」
光太郎は、目の前に立つ少女を鋭く睨みつける。
少女は、140cm程度の小柄な体型ながら、驚くほどグラマラスだった。豊かな胸に引き締まった腰、筋肉のついた太ももとがっしりした肩が特徴的で、女性らしさと力強さを両立している。
顔はつり目気味の濃いブルーの瞳が印象的で、長い金髪は太ももまで届くほどの長さ。さらりとした髪は全体的にカールしており、耳の上には紫のリボンが両方に結ばれている。
その上品な佇まいには、金の髪飾りや指輪などの豪華なアクセサリーが貴族としての気品を添えていた。
「ごめん遊ばせ。だって、あなたのような大柄な男性でしたもの。もし危険人物だったら困りますわ」
平時なら、光太郎はこのような美少女を前にして動揺を隠せなかっただろう。だが、今の彼にはそんな余裕はない。怒りと困惑で頭がいっぱいだった。
「そんなことより! お前、さっき俺に……キスしただろう!」
「ええ」
少女はあっさりと答える。その態度に、光太郎は怒りが込み上げた。
頭の中には、初恋の人──ミラ姉さんの顔が浮かぶ。
「よくも……!」
「もしや、初めてで?」
「そうだ……悪いか!」
「ちっとも。私も初めてでしたから、おあいこですわね」
「ふざけんな!謝れ、このチビ!」
「──は?」
少女は長い髪の毛を逆立てると、明らかに怒っていた。『チビ』と言う言葉が禁句らしい。
「謝れってんだ! さっきは不意討ちだったから負けたんだ。……俺は女は殴っちゃ駄目だと教えられてる。だから謝れば許してやる。謝れチビ!」
光太郎の鋭い声が響き渡る。
少女は冷たい笑みを浮かべた。
「……そう。随分優しい環境で育ったのね。残念ながら、あなたに請う赦しなど持ち合わせておりませんわよ」
彼女の冷徹な言葉が光太郎をさらに苛立たせた。
「なら……手加減は出来ないな」
光太郎の低い声に、少女は挑発的な笑みを浮かべる。
「何か言いまして! デクの棒!」
二人のやり取りに、周囲の観衆は完全に野次馬と化していた。
「もっとやれ!」
「いいぞ!」
と煽る声が飛び交い、場の熱気は最高潮に達する。
先に動いたのは少女だった。
左右に不規則なステップを踏みながら、光太郎の腹部を鋭く狙う拳が繰り出された。
(早い……! まともに当たれば、やばい)
光太郎は反射的に身体をひねり、拳の軌道をパリングで受け流す。そして瞬時に彼女の手首を掴み、その動きを完全に封じた。
「……なんとぉ!?」
自慢の拳を止められた少女が驚愕の声を上げる。そのまま冷静な目で見下ろしながら、光太郎は告げた。
「これでわかったろ。さあ謝れ」
観衆からどよめきが起こる。
「マジかよ!」
「ヒューっ!」
「あの山猿のパンチを止めたぞ!」
少女は光太郎の手を振り解くと、にやりと笑みを浮かべる。
「なるほど、少しはやりますわね。本気を出す相手もいなかったので、少々腕がなまってしまいましたわ」
「負け惜しみだな。そもそもお前は俺に勝てない。ウェイトの差がありすぎる」
「どうでしょうね……」
少女はじりじりと距離を詰めていく。緊張感が高まり、再び二人の動きが交錯しようとしたその瞬間──。
「そこまでです!」
割って入ったのは、先ほどの中年男性──ミアージ先生だった。
その鋭い声に、場の熱気が一気に冷める。
「ストラングス嬢、これ以上の暴挙は退学処分にしますぞ!」
「んん……それは困りますわ」
少女は渋々と後退する。ミアージ先生は厳しい視線を彼女に向けた後、光太郎の方へ振り向き、両手を開いて光太郎に向けた。
「君も……どうか落ち着いてくれたまえ。私はミアージ。この学校の教諭だ。彼女の代わりに私が謝ろう。本当に申し訳なかった……すまない。君、名はなんと言う?」
光太郎はしばらく彼を見つめた後、静かに答える。
「光太郎、巻島 光太郎です。その……俺は今、何が起きているのか……」
「コタロー君だね。私が説明しよう。君は、ここにいるストラングス嬢に召喚獣として呼ばれてしまったのだ……」
「え……何ですって?」
光太郎は驚愕の声を上げる。ミアージ先生は困惑しつつ、言葉を続けた。
「そうか……外界の知識がないのも無理はない。フィアメルクの民を呼び寄せてしまったのか……なんと罪深い」
「フィア……? 違います。俺は日本から来ました」
光太郎は一瞬だけ言葉に詰まったが、目の前の異様な光景に違和感を覚えつつ、自分が知る事実をそのまま口にする。
「ニホン……?」
ミアージ先生は聞き慣れない地名に首をかしげ、考え込むような表情を浮かべる。
一方で、隣にいた少女は不敵な笑みを浮かべた。
「先生、どうやら彼はフィアメルクの民ではなく、本物の異世界人のようですわ」
「異世界人……そんな馬鹿な……」
「異世界にもドラゴンがいるのです。人間がいたって不思議ではありませんわ」
ミアージ先生は信じられないという表情を浮かべながらも、状況を整理しようとする。
「……やむを得ん。君の身元については追って調べるとして……皆さん、今日の授業は中止!あとは自習とするように!ストラングス嬢、コタロー君、こちらへ来なさい」
「あ……バッグ……!」
光太郎は、自分と一緒に送られてきたであろう、スクールバッグを慌てて手にとった。
観衆の野次馬たちを背に、三人は校舎の中へと消えていった。
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