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黒猫と運命の交差点

 ──月日は流れ、光太郎は高校生になっていた。


 彼の生活に欠かせない存在が、近所に住む「ミラお姉さん」だ。


 楽しいときも、辛いときも──彼女はいつでもそばにいて、光太郎を支えてくれた。


 そんな日常の中で、彼が足繁く通う場所がある。喫茶店「ムーンリリー」。小さなベルが鳴ると、店内に軽やかな音が響く。


「いらっしゃいませぇ~……って、なんだ、少年じゃん。おかえり。部活の帰りぃ?」


 カウンターの奥から姿を現したのは、バンダナを巻き、エプロンをつけたミラだった。


 彼女の掴みどころのない笑顔に、光太郎は肩をすくめる。


「そ、ただいま。マスターは? またサボってるのか?」


「タハハ、労働の報酬は労働だよ~。現代人にやる気なんて必要ないの、少年」


 片手でスマホをいじったまま、軽い口調で肩をすくめるミラ。


「そうだねー、で、コーヒー淹れてよ」


 いつもの調子で返すと、光太郎は椅子に腰を下ろした。


「はいはい、いつものね。ブラックはまだ無理なんでしょ?」


 手際よくコーヒーを淹れ始めるミラ。


「だって、苦いだけだし」


 光太郎が呆れたように言うと、ミラはくすくすと笑った。


「子供ね~。苦味にも奥深さがあるっていうのに」


 彼女が置いたカップから、甘い香りがふわりと漂う。


 ミルクたっぷり、砂糖二つ──それが彼の「いつもの」だった。


「……でもさ、ミラ姉さんこそ、いつまでバイトしてるんだよ。結婚とか、考えないの?」


 ふとした問いかけに、ミラは笑顔を崩さずに答える。


「やーだ、私は自由が一番なの。『足るを知る』って言葉があるでしょ? あれ、大事よ~」


「じゃあ、彼氏は?」


 何気ない調子で尋ねたその言葉に、一瞬だけ彼女の手が止まった。


「気になるぅ?」


 にまりと笑いながら、じっと光太郎を見つめる。


「別に」


 視線を逸らし、頬を赤らめる彼を見て、ミラは声を上げて笑った。


「可愛いんだから。ねえ、少年──もし大人になっても、その気が残ってたら拾ってくれる?」


 冗談めかして言いながら、軽くウィンクを飛ばす。


「拾うって……そんな!」


 光太郎は慌ててカップを飲み干し、立ち上がった。


「もういい! 帰る!」


「はいはい、コーヒー代は?」


 ミラが微笑みながら手を差し出すと、光太郎は振り返らずに叫ぶ。


「奢って!」


 その言葉を背中に、彼は勢いよく店を飛び出していった。


「多感な年頃ね~……早いなあ」


 ミラは呆れたように笑いながら、光太郎のコーヒー代を自腹で精算すると、カウンターを片付け始めた。


 片付けの途中、ふと目に留まるものがあった。


「あら、スマホ置いていっちゃって……本当に手がかかるんだから」


 そんなとき、店のドアが再び開く。


「ただいま、ミラさん!」


 陽気な声を響かせたのは、この店のマスターだった。


「おかえりなさいマスター。パチンコ、勝ちました?」


 ミラが問いかけると、マスターは得意げに親指を立てた。


「大勝ちだ! あの台、ミラさんが教えてくれた通りだったよ! 激アツだった!」


 その様子に、ミラは苦笑を浮かべる。


「良かったですね。ところで、さっき光太郎ちゃんが来店して、スマホ置いたまま行っちゃったんですよ。ちょっと届けてきてもいいですか?」


「ああ、いいよ」


「ありがとうございます」


 タイムカードを押し店を出ると、ミラは自転車にまたがる。


「まったく、少年め……本当にしょうがないんだから」


 そう呟きながらペダルを漕ぐ彼女の顔には、どこか穏やかな笑みが浮かんでいた。


 ──帰り道、光太郎は一人物思いにふけっていた。


(ミラ姉さんはいつも俺を子供扱いして……俺だってもう17だ。身体だって大きくなったし、ボクシングだって結果を出してる。まあ、ミラ姉さんのアドバイスや応援がなけりゃここまで来れなかったけど……)


 彼女の笑顔や励ましの言葉が何度も頭に浮かぶ。それがいつしか彼の心を温め、支えてきたことは自覚していた。


「あれっ……?」


 光太郎はポケットに手を入れるも、スマホはそこにはない。


(ムーンリリーに忘れちゃったか……まあ、いいや。きっとミラ姉さんが届けてくれるだろ)


 無意識にミラに頼ることが日常となっていた光太郎。無理もない。もう10年以上一緒に居たのだから。


 どこか自分が彼女に甘えているのではないかと、ふとした違和感を覚える。


(ミラ姉さん……)


 光太郎の家族とも仲がよく、家にいるときの彼女はまるで姉のような存在だった。


 だが、その距離感にどこか物足りなさを感じることもあった。


「ん?」


 ふと目の前に黒猫が現れる。黒い毛並みが夕日の影に溶け込むように見える猫は、じっと光太郎を見つめていた。


(黒猫が道を横切ると不運が訪れる……いや、ミラ姉さんが言ってたっけ。黒猫自体は幸運の象徴なんだって)


 思い出しながら立ち止まったその瞬間、黒猫が突然車道に向けて走り出した。


「おいっ!」


 その先には、サイレンを鳴らしながら猛スピードで突っ込んでくる救急車の姿が──。


「嘘!? くそっ!」


 光太郎は考える間もなく走り出していた。全身の筋肉が瞬時に動き、黒猫の元へ一直線に駆け寄る。


(間に合えっ……!)


 光太郎は黒猫をすくい上げると、道路の外へと放り投げた。


 だが、その瞬間、彼自身は救急車の進路上に留まってしまう。


「あっ──」


 救急車のブレーキ音が耳を突く。だが、タイヤが止まる気配はない。


 迫り来る車体が目前に迫ったその瞬間──。


 ぱちり。


 まるでガラスを指で弾くような軽い音が響いた。


 次の瞬間、世界が静寂に包まれる。音も風も消え、まるで時間そのものが凍りついたかのようだった。


「……ダメじゃない、少年。こんな無茶しちゃあ」


 落ち着いた声が光太郎の背後から聞こえてくる。そこにいたのはミラだった。


 いつもの軽い笑顔とは違う、どこか困り果てたような表情を浮かべている。


「そっか、こういうことだったのね……」


 ミラは呟きながら、止まった救急車と光太郎の間を歩き、状況を理解した。


「猫を……優しい子」


 その眼差しは普段の彼女からは想像もできないほど冷静で、少し寂しげでもあった。


 ミラの目が一瞬曇る。


(光太郎を……助けたい。でも、今の私には──)


 再び光太郎の止まった顔を見つめる。その顔には、あどけなさと決意の両方が同居していた。


 ミラは、小さく息をついた。


「……『あの御方』はだんまりか……」


 ミラは天を仰ぎ、しばし空を見つめていた。雲間から差し込む微かな光が、彼女の髪を照らす。


(見届けるしかない……)


 ミラは決心したような表情を浮かべた。


「──少年、君にはまだ見てほしいものがたくさんあるの。また、すぐ会えるわ……」


 彼女がそう呟くと、光太郎の額にそっと触れる。


 すると、彼の身体が眩い光に包まれ、次の瞬間には完全に消えてしまった。


「少年、運命なんてものは抗って、抗って、最後になってみないと分からない。私は、期待してるからね……」


 ミラは静かに呟き、微笑みを浮かべた。


 その直後、彼女自身もまた、一瞬でどこかへ消え去った。


 静止した世界に取り残された救急車と黒猫だけが、まるで不思議な夢を見ているかのように静かに佇んでいた。

 読んでいただき、本当にありがとうございます!


 これまでは1話ごとに5000〜7000文字ほどと少し長めになっていましたが、もっと読みやすく感じていただけるように、2000〜3000文字程度に調整しました。他のエピソードも随時調整いたします。


 最後までお付き合いいただけるような物語作りを心がけてまいります。


 もしこの作品が少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークをしていただけると大変励みになります。みなさまの応援が作品を育てる力になりますので、ぜひよろしくお願いいたします!

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