暗い森
以前違うサイトに載せてたものを再度推敲して投稿しました。
アタシがその人に会ったのは、アタシがまだ物心つくかつかないかの頃。
アタシの記憶の中の彼は常に笑っていたけれど、どこか疲れた表情をしていたのを子供ながらに憶えている。
「もう行くのか?」
「あぁ。あまり長居するとよくないからな」
その男はいつも真っ黒な格好をしていた。頭巾付の大きな黒いマントを羽織り、暖炉に立て掛けてあった長い木の杖を手にとった。
「……おじさん、もう行っちゃうの?」
まだ小さかったアタシは、彼が背負っているものの大きさをよく理解していなかった。
すると、おじさんは困ったような表情を浮かべた。
「あぁ、そうだよ。おじさんはね、長く留まっていたら駄目なんだ」
「どうして? おじさん、町の人たちに嫌われているの?」
幼かったアタシの質問に、彼は目を細めて笑いそしてしゃがみこんだ。
アタシの目の高さまで彼の真っ黒な瞳が降りてきた。
「ノデリ。君は、私のような周りの人に迷惑をかける大人になってはいけないよ」
「そうなの……? あ! でもノデリね、町のおそうじをいつも頑張ってやっているんだよ!」
他にもねいーっぱい町のためにやっているの、と言ったアタシの台詞に、彼は柔らかく笑ってアタシの頭に手をのせた。そのおじさんの手は、大きくて骨ばっていてごつごつしていたけれど、何よりも人としての温もりを感じることができた。
「……やっぱり、やめないか? それはお前が背負うべきものではないだろう?」
それにお前には大切なものがあるじゃないか、と頭上から悲愴な叫びともとれる声が降ってきた。
「……良いんだ。これは私が決めたことなのだから。それに、今更なかったことにすることなど出来ないだろう」
言うと、おじさんは腰に巻いた縄にさしてあった何かを抜いてそれをアタシの首にかけてくれた。――その何かは、西欧の教会で一般に用いられている十字架だった。蔦が絡みついたような複雑な模様が彫られ、銀色に光を放っている。
「おじさん。これ、くれるの?」
「あぁ」
おじさんは目を細めて柔らかく微笑んでいる。「この十字架はね、ノデリと私が他人ではない証だよ」
その言葉に、おそらくアタシは目を見開いたのだと思う。
「……じゃあ、おじさんとまた会える?」
期待と希望とでおそらく目を輝かせたアタシに、
「あぁ。きっとまた会える。……それは、おじさんとの約束だ」
そうしてもう一度アタシの頭を撫でてくれると、彼は静かに立ち上がった。
「じゃあ、頼んだぞ。フィル」
「あぁ、任せてくれ。……ありがとうな」
言って、二人の男は二言三言何か言葉を交えた後、互いにひしと抱きしめあう。
そして彼はもう一度アタシを見て微笑んでそれから目を上げ、
「……じゃあな」
それだけ言うと、彼はくるりと向きを変えそのまま戸口へと向かっていく。
「おじさんっ……!」
けれどその先の言葉が上手く紡げない。
一方のおじさんは、軽く片手を挙げると、そのまま戸口の先に広がる真っ暗な穴へと消えていってしまった。
そこから先の記憶は眠気のせいか途切れてしまって空白となってしまったが、アタシがあのおじさんに関して憶えていることがもう一つあった。
――あのおじさんは、いつでもお酒の香りをさせていたんだ。




