ずるいひと
「お前が別れたいんだったら、別れるよ」
ずるい人。少し前から私に冷めていたくせに。
気づいていたけど、馬鹿な振りをしていた私もずるい人。
別れたくない、好きだもの。
そう言うと、彼はじっと私を見つめて手を握る。
ゆっくりと顔を近づけ、軽いキスをする。
恋人ができたのも、キスをするのも彼が初めてだった。
何度かキスを重ねたあと、彼の部屋へと移動する。
ベッドに押し倒されもう一度キスをする。
キャミワンピースの肩紐に手をかけ、その先をしようとしたところで彼の家族が帰ってきた。年の離れた弟だ。
何事も無かったのかのように私のそばから離れ、
リビングにいる弟に
「ちょっと今友達来てるから。俺の部屋には入らないでね」
そう伝える声が聞こえ、すぐに彼は戻ってきた。
「弟も帰ってきたし、また今度」
そう言ってもう一度キスをした。
「さっき言ったことは……よく考えてみてほしい。
俺はお前のこと好きだけど、今はほら進路もあるし忙しくて、さ」
はっきり言えばいいのに。
もう興味がない、と。
次の日私はLINEで別れを告げた。
案の定二つ返事で彼は了承した。
虚しさと怒りが湧き上がり、その夜は声を押し殺しながら泣いた。
最初はずっと自分を責めていた。
私が可愛くなかったから?女の子らしくない声で、体型で、性格で、趣味で。
あなたはよく、こうしたらもっと可愛い、女の子らしいと言っていた。
よくその言葉に違和感を感じていたのにあなたは気がついていなかったでしょう。
その日からメイクを変えた。
甘いピンクのリップから薄いオレンジのリップへ、
垂れ目で男心をくすぐるアイラインは意思を持った切れ長アイラインで、幼さと可愛さを兼ね備えた困り眉は上がり眉に。肩まで伸びていた髪もバッサリ切り、
男の子と間違えられるくらいのショートになった。
それから約半年後、彼は地元の専門学生、私は地元の社会人となった。
彼は私と別れたあとにすぐ新しい彼女ができたそうだ。
小学の頃から『親友』の友人からその話を聞いた。
「あいつの彼女私と同じ高校でさ、紹介したら付き合っちゃったって感じで笑 結構メンヘラなとこあって大分束縛激しいらしいけど、なんか幸せそうだわ笑」
この『親友』は彼と同じでよく異性にモテていて、恋人が途切れない。
つまり選べる立場の人間であり、いくらでも男はいると言い切るほどだ。
知りたくもない彼のインスタのアカウントを教えられ、見なきゃいいのに私は彼のインスタを覗いてしまう。幸せそうなストーリーが毎日のように流れてくるたび、私の心は擦り減っていく。
新しい彼女はアパレルの店員で、『親友』の友達だけあって可愛い。綺麗で可愛くて細くて女の子らしい彼女。すぐに私はインスタのアプリごと消した。
ほんとうに、最後までずるい人だったなあ。
決して自分からは言わない。自分を悪者にしない。
あくまで彼女から『フラれた』という事実を作り
傷つかないようにしている、本当に本当にずるい人。
そして未だに彼のLINEを持って、連絡が来るのを
待っている私も本当に本当にずるい人。