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妖精の靴屋

村の中心にある小さな靴屋、その店主の名はトーマス。彼の手によって作られる靴は品質は良いのだが、何せデザインが少々古風で、村人たちの興味を引くには至っていなかった。日々の売り上げは、やっとのことで店の維持費をまかなう程度。

「このままじゃ、店を閉じなくてはならないかもしれないな…」と彼はつぶやいた。彼の手元には、一足の未完成の靴があった。その靴を眺めながら、「いつか、自分の靴で誰かの人生を変えたい。そんな靴を作りたいんだ」と心に誓った。しかし、その思いが実現する手段は見つからなかった。


---


突如、店の扉が開く音が響き渡った。閑散とした店内に風が吹き込み、トーマスは驚いて顔を上げた。そこには見慣れない少女が立っていた。

「あの、失礼ですが…」トーマスは首をかしげた。


少女はにっこりと微笑みながら、「トーマス、覚えてないの?」と尋ねた。彼女の声は優しく、かつどこか懐かしげだった。トーマスは混乱した表情で彼女を見つめたが、それでも記憶は戻らなかった。


そして少女―リリアは、じっとトーマスの反応を見守りつつ、手に握っていた特別な素材をテーブルの上に置いた。

「これは何だ?」とトーマスが素材を眺めた。

リリアは静かに「フェアリウッド」と答えた。


トーマスの目には驚きと共に新たな希望の光が灯った。そして、彼はリリアの正体に気づく。「それなら…もしかして、あの時の―」リリアは笑みを浮かべ、頷いた。「そう、私よ。トーマス。久しぶりね」


---


リリアは、村はずれの森に住んでいた。

その森は、妖精の森と呼ばれて不思議な植物や魔術を帯びた生き物が住んでいると噂されていた。


ある日、人の住む村に興味を持ったリリアは森から出ると、初めて見る光景に好奇心を刺激されていた。しかし、そこは彼女が普段暮らす森とは全く異なる場所で、森のルールが通用しないことを彼女はすぐに思い知った。


彼女の足元を意地悪な蛇が横切り、リリアは驚いて足を滑らせ、裸足のまま足の裏を切ってしまった。

「ああ、痛い…」とリリアは嘆き、痛みで動けなくなってしまった。


その時、トーマスが通りかかった。

「大丈夫か?何があったんだ?」

彼はリリアに駆け寄り、足の怪我を見つけた。そこでトーマスは、自分が履いていた手作りの靴を脱ぎ、その場でリリアの足に合わせて手直しし、リリアに履かせてあげた。


リリアは驚きながらも、靴の内側が暖かくて安心感があった。

「ありがとう、あなたの名前は?」とリリアが訊くと、

「トーマスだ。君は?」とトーマスが答えた。

「私の名前はリリア。私は妖精の森に住んでいるの」と彼女は答え、ありがとうと言いながら森へと戻っていった。

それが二人の最初の出会いだった。


---


リリアはトーマスからもらった靴を履き、森の奥深くへと向かった。その靴の暖かさとフィット感が彼女の足元に力を与えてくれた。

「トーマスのために何かお礼をしなきゃ」と彼女は独り言を言いながら、森を彷徨った。


妖精の森は古くから数多くの魔法的な生物や素材が存在すると言われていた。リリアは特別な木を探して歩き続けた。それは神秘的な泉のほとりに生えているという、特殊な樹液を持つ木だった。


ついにリリアは泉を見つけ、その周りに生えている木々を一つ一つ確かめた。そして、一本の木から美しい光を放つ樹を見つける。「これがフェアリウッドの樹…!」と彼女は心から驚きと喜びを感じた。


リリアはその樹から丁寧に樹皮を集め、フェアリウッドを作るための魔法をかけた。そしてその素材を手に、「これでトーマスに感謝の気持ちを伝えられるわ」と心から安堵の表情を浮かべた。


---


トーマスはリリアから渡されたフェアリウッドを見つめ、新たな靴を作る決意を固めた。素材は美しい光を放ち、その触感は他のどの素材とも異なるものだった。彼のワクワクした気持ちは彼の創造力を刺激し、手に職人の道具を取る手が震えていた。


彼はまず、フェアリウッドを靴の形に加工するため、精密な計測と試行錯誤を繰り返した。フェアリウッドは革よりも固く、普通の道具ではなかなか加工できなかったが、トーマスは諦めずに彫刻刀を手に取り続けた。


次に彼は、フェアリウッドを熱して柔らかくし、靴の形状に合わせて曲げた。革よりも一層細心の注意が必要で、彼の額には集中の汗が滲んだ。


最後に、靴底にフェアリウッドを縫い付ける作業が待っていた。それは一般的な靴作りと同じだが、素材の特性上、より緻密な作業が求められた。


何時間もかけて一足の靴が完成したとき、トーマスは達成感と興奮でいっぱいだった。

「これがフェアリウッドの靴か…」と彼はつぶやき、手にした靴を優しく撫でた。


---


トーマスの店の前に並ぶ新しい靴が、村人たちの目を引いた。それらの靴は美しい輝きを放ち、革の靴とは一線を画す存在感を放っていた。


最初にその靴を試したのは、老舗のパン屋であるミケルだった。「ほれ、トーマス。君の新しい靴、履いてみるよ」と彼は言いながら、フェアリウッドの靴を足に滑り込ませた。


「おお…これは!」

ミケルの驚きの声が店内に響き渡った。彼はその場で踏み鳴らし、足元の感触を確かめた。

「なんて心地良いんだ。軽くて、足が痛くない…」

「これなら立ち仕事も全然苦じゃないな」


ミケルの評価は村中に広まり、トーマスの店はすぐに大繁盛となった。村人たちはフェアリウッドの靴を一足ずつ試し、その快適さに感動した。

「とても歩くのが楽になる!」

「足が疲れない!」

村人たちは口々に絶賛した。


フェアリウッドの靴は村の新たな話題となり、トーマスの店は行列が絶えない人気店となった。そしてそれはトーマスとリリアの友情の証ともなり、二人は村で名を馳せることとなった。


それからトーマスの生活は、一変した。彼の店は行列が絶えず、彼の作る靴は村の誇りとなり、遠くの町からも人々がその靴を求めてやって来るようになった。


---


ある晩、星空の下でリリアが微笑みながら言った。

「靴って、すごいわね。小さな一歩だけど、人々を前へ進ませる力がある。そして、私たちも、その小さな一歩から、こんなに遠くまで来られたんだもの」


トーマスはリリアを見つめ、静かに頷いた。

「うん、それは君のおかげだよ、リリア。君が教えてくれたフェアリウッドと、その使い方。そして、森という新たな世界。これからも、新しい靴を作り続けよう。それが、僕たちの新しい一歩だ」


妖精の森の奥深くで見つけた素材と、二人の絆から生まれる靴は、村人たちの生活を豊かにし、彼らの世界を広げ続けた。


リリアとトーマスの物語は、靴という小さな一歩から始まった。だけどその一歩は、彼らにとって大きな跳躍であり、長く続く友情の始まりだった。



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