伝えられる悲劇
仠无司は、パイノーグの兵と冒険者に捕らえられ力なく項垂れていた。仠无司は、妖精が見世物屋敷で扱う以前に一般人が連れていては、いけないものだとは知らなかった。はじめて知った事実に打ちひしがれそうになるのを堪え再起を図るべく頭を回転させる。
まず、自分の状況を確認する。手には魔力封じの手錠がかけられている。それ以外は別に問題は無い、私は父とは違いクラリオールのクーデターに関わりは無いのだ。
「おい!お前ら私を解放しろ!」
しかし、誰も私の言うことを聞いていないようだ。
すると一人の冒険者がこちらに近づいてくる。冒険者は私の前で立ち止まると懐からナイフを取り出した。そしてその刃先を私の喉元に向けると神妙な顔をしながら口を開いた。
「静かにしろ、聖銀のナイフを使って貴様を調べているだけだ。」
この男の言葉を聞き背筋が凍りついた。聖銀とは魔族や魔物に対して絶大な効果を発揮する金属だ。そんなもので傷つけられた日にはどんな呪いを受けるかわからない。
男は私が大人しくなったことを確認して話を続ける。
「クラリオールの家ではアンデットがてんこ盛りだったぞ?あそこで暮らしていたんだろう?」
やはりそうか、あの時感じたのは間違いではなかったのか……。
「さぁな、俺も詳しくは知らんよ。それより質問があるなら答えてやるぜ?」
だが、何故だろう?それならばおかしいではないか、あの時に多くのアンデットがいたとすれば今に私はアンデットの呪いにかかっているのではなかろうか?
どうするべきか?いや……まだ諦めるのは早いはずだ。何か方法があるはずなのだ。
「ああ、そうだな。じゃあお前の目的を教えてもらおうじゃないか?」
(ベタな質問だな。)
「俺はただの雇われだよ。雇い主の目的は知らないね。」
(嘘をつくときは真実の中に少しだけ混ぜるといいらしいがこれは本当なのか?ってな具合いに。)
「ふんっ!まあいいだろ。次は俺からの質問だ。お前たちは一体何者なんだ?」
冒険者なのだろうが聞いてみる。
「俺たちは冒険者でパーティ『龍鱗』って言えばわかるかな?」
(よりによって....。)
「ああ、知ってるとも。クラリオールを倒した英雄たちだろ?」
(父親の仇が!)
「英雄ねぇ……」
(クーデター起こそうとしていたのか本当に?)
「それで?他には何を聞きたいんだい?」
(.....)
「そうだな、例えばどうしてこんなことをしたとかだな。」
(....)
「それは言えない決まりなんでね。すまないけど教えられないんだよ。」
(……)
「あなたの父親があなたに宛てた手紙があるのですが。」
沈黙が流れる中、エドがおもむろに口を開く。
すると、周りにいたもの達の態度が急に慌ただしくなる。
皆がざわつきはじめる中で一人の兵士が声を上げる。
「あの手紙ですか!奴隷と物資のことが書かれていたやつ。」
兵士の声はよく通り、辺り一帯によく響いた。
兵士たちの視線が集まる中、エドはゆっくりと立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。
兵士達はエドのために道を開ける。
エドが目の前まで来ると、私を見下ろしながら話しかけてきた。
身長差がありすぎて見下されている感が強い。
私はエドの顔を見ると何故かゾッとした。
まるで蛇に見込まれた蛙のような気分になる。
本能的に恐怖を感じてしまうのだ。
そのせいだろうか?つい余計なことを口にしてしまった。
自分でもよくわからなかったのだが、気がつくとこう言っていた。
「まだ、切り札はあるさ。今頃は聖宮ディナール血のう...」
無意識のうちに身体が動いていたようだった。
そして次の瞬間には視界いっぱいに広がる天井があった。
殴られたようだ。それも思いっきり。
痛む頬を押さえながら起き上がると、周りの者たちが驚いている様子が見えた。しかし、一番驚いた顔をしているのはこの男だった。
その表情を見て確信する。
この男が殴ったのだと。
怒りで頭に血が上りそうになるのを必死に抑え冷静になろうとする。
しかし、この男の行動がそれを許さなかった。
この男は私の胸ぐらを掴むと再び殴りかかって来たからだ。
咄嵯の出来事で反応が遅れてしまった。
避ける間もなく拳が顔面に迫る。
しかし、その拳が届くことはなかった。
いつの間にか近づいてきていた、もう一人の男により止められてしまっていたからであった。
その男は、私の顔を見るなり悲しそうな顔をしながら呟くように言った。
「哀れな人ですね。」
その言葉を聞いて、私の心の中で何かが壊れるような音が聞こえた気がした。そして急な眠気により意識が遠のいていくのだった。
一方、我羅京へと続く街道を進んでいるアルドとレイナは、順調に進んでいるとは言えなかった。アルドは怠け癖はあるが決して方向音痴ではない。
しかし、今はどうだ? 迷っている。完全に。
何故なら、地図が役に立たないからである。
この世界では紙はまだ高級品であり、平民の間では羊皮紙の巻物が一般的に使われている。
そのため、旅をする際には目的地までの大まかな距離や方角がわかるような簡単な地図しか作られていない。
しかも、地図を作るための測量技術も発展途上であるために、正確性に欠ける部分がある。
つまり、現在位置の把握が難しいということだ。
そこで、二人は街を出る前に道具屋で方位磁石を買っておいた。
これで、正確な現在地を知ることができると思っていたのだが、ここで問題が発生した。
まず、コンパスが全く機能しなかった。
針がグルグル回るばかりで、北を指し示すことがない。
次にレイナだ、彼女はことある事に森に入ったり草原をかけずり回って遊んでいた。
その結果、彼女も見事に迷子になってしまったのだった。
二人とも途方に暮れていたが、やがてアルドが口を開いた。
彼は、何かを決意した様子だったが、それが何なのかはわからない。
そして、アルドが発した一言によって、事態は大きく動くことになる。
それは、
「レイラ、何か嫌な予感しかしない。早くローレンに戻ろう。」
というものだった。
アルドの勘はよく当たる、だからレイラはいつも彼に振り回されていた。
でも、この時ばかりはアルドの言葉を信じることができなかった。
何故なら、レイラも何かを感じていたから。
何かがおかしい。
そう思っていた。
「えっ?何を言っているの?まだ、何もしていないじゃない!」
今回ばかりは譲れない。そう思ったレイラは強い口調で言う。
すると、アルドもそれに応えるかのように語調を強めて言う。
「ローレンがヤバいんだよ!」
だが、それでもレイラは引き下がらない。
すると、遂に痺れを切らしたのか、 アルドはレイラに背を向けると歩き出してしまう。
レイラは慌てて追いかけようとするが、足がもつれて転んでしまった。
急いで立ち上がろうとするが、上手くいかない。
その間にも、アルドはどんどん先に進んでしまう。
何とか立ち上がり走り出そうとするが、膝が笑っていてうまく走ることができない。
ようやく追いついた時には、既に街の門が閉まりかけていた。レイラは、そのまま門の前まで行き、力一杯叫んだ。
すると、一人の兵士が出てきてくれた。
レイラは、その兵士に向かって少年が来なかったか尋ねてみるが、時すでに遅くアルドは反対側の門からローレンに向けて出た後であった。(どうして、こんなことに……。)
レイラは自分の不甲斐なさに腹を立てていた。
しかし、そんなことをしても意味がないと思い直し、すぐに気持ちを切り換えることにする。
(とにかく、今できることをしましょう!)
そう思い立つと、兵士にお礼を言いその場を離れようとした。
すると、兵士はレイラを呼び止めてきた。
「お嬢ちゃん一緒に遊ばないか?」
兵士はニヤつきながら話しかけてくる。
その目を見て、レイラはすぐに察した。
(この人、私に変なことするつもりなんだわ!)
しかし、このまま放っておくわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、 急に強い力で腕を引っ張られた。
驚いて振り返るとそこには先程の兵士が倒れていた。
一体誰が? 疑問に思っていると、今度は後ろから声をかけられた。
その人物はフードを被っており、顔がよく見えないが、声で女性だとわかった。
その女性は、倒れた兵士に近づくと、おもむろにナイフを取り出した。そして、その刃を男の喉元に当てたかと思うと、一気に引いた。
次の瞬間、噴水のように血が吹き出した。
あまりの光景に立ち尽くしていると、女性がこちらを振り向いた。
その顔を見て、レイラは息を呑んだ。
(もしかして私も殺されるの?どうすればいいの?)
しかし、彼女の予想に反して、 女は何も言わずに去っていった。
レイラはその背中を呆然と見つめることしかできなかった。
一方、その頃アルドはと言うと、 アルドの直感が正しかったことが証明された瞬間であった。
何故なら、アルドが津苦の町に着いた時にローレンからの早馬が来たのだ。
「アルド様、お父上が殺されました。ローレンの民も大量虐殺されました」
アルドは、それを聞くなりすぐにローレンに戻ろうとした。
しかし、早馬で追いついて来たレイナそれを許さなかった。
「待ってアルド、今行ってはダメよ。皇帝が暗殺されて、国軍や反乱軍が中大中で衝突して危ないの!」
レイナはアルドの腕を掴み必死に引き留めた。
アルドは、レイナを説得するため必死に言葉をかけたが、 彼女は聞く耳を持たなかった。アルドは、レイナの手を引き剥がすと、 ローレンへと続く道を走り出す。
レイナはそれを追いかけるが、アルドとの距離は開くばかりだった。そして、とうとう見えなくなってしまった。
アルドがローレンに戻った頃には、もう夜になっていた。
町は混乱しており、至る所で火の手が上がっていた。
アルドは町の様子を見て、愕然として言葉を失っていた。
すると、アルドの背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。
アルドが振り替えると、そこに立っていたのはレイナだった。
レイナの顔を見たアルドは安心した表情を浮かべたが、それも束の間のことだった。
レイナの目には涙が浮かんでおり、頬は赤く腫れあがっていた。
アルドは、慌ててレイナの元に駆け寄る。
すると、レイナが突然抱きついてきて言った。
アルドは戸惑いながらも、優しく頭を撫でてあげる。しばらくそうしていたが、落ち着いたのかレイナが離れていった。
そして、アルドを見据えて口を開いた。
その口調は、いつものレイラのものに戻っていたが、アルドは気づかない。
レイラは、アルドに自分の考えを伝えた。
アルドは、レイラの話を聞き終わると言った。
そして、レイラを抱き締めてこう告げる。
レイラは、その言葉を噛みしめるように受け止めるのであった。
レイラは、アルドの温もりを感じながら思った。
(俺は幸せ者だな。)
と。
こうして、二人は無事に再会することができた。
しかし、二人の旅はまだ始まったばかりである。
これからどんな困難が待ち受けているのか、今の二人に知る由もなかった。
アルドとレイナは津苦の町を抜けてローレンへと続く街道に出ることができた。
アルド達は、道中モンスターに襲われることなく順調に進むことができていた。
しかし、ローレンに近づくにつれて、辺りは暗くなっていき、遂には真っ暗になってしまった。
そこで、アルドは夜営をすることにした。
レイラは、アルドの提案に賛成したが、一つだけ条件を出した。
それは、アルド達と同じ様に津苦から来たであろうグループと一緒に夜営をするというものだった。
アルドは最初反対したが、レイラも一歩も引かなかった。
結局、アルドが折れる形で一緒に夜営することになった。
レイラも、さすがに一人で眠るのは不安だったので、アルドが承諾してくれたことは嬉しかった。
そして、アルドとレイラは交代で見張りをしながら朝まで休むことにした。
最初にアルドが見張りをすることになり、次にレイラが見張ることになった。
アルドは、焚き火の前に座り剣を抱え込むようにして眠った。一方、レイラはというと……。
実は、眠れなかったのだ。
(どうしよう……。全然寝れないわ……。)
レイラは、テントの中で寝返りを打ちながら悩んでいた。
(やっぱり、一人だと心細い……。)
そう思いながら、ため息をつく。
(でも、仕方ないもの……。)
レイラは自分に言い聞かせるかのように呟くと、再び深い眠りに落ちていくのであった。
一方、その頃アルドは……。
アルドは、夢を見ていた。
そこには、幼い自分とレイラがいた。
どうやら、レイラと二人で遊んでいるようだ。
アルドとレイラは楽しそうな笑顔で走り回っている。
しかし、次の瞬間、場面が変わったかと思うと、そこは戦場となっていた。
周りでは、兵士達が戦っている。
そして、その中心に立っているのはアルドとレイラだった。
アルドは、レイラを守るように前に出ている。
その背中からは、強い意志を感じる。
一方のレイラは、恐怖からか震えていた。そして、その瞳から大粒の涙を流していた。
すると、次の瞬間目の前が光に包まれたかと思うと、そこにはレイラの姿があった。
レイラは、泣き崩れて言う。
その目には絶望の色が広がっていた。
そして、その口から発せられた言葉は、アルドにとって信じられないものだった。
レイラは、アルドに向かって別れの言葉を告げると、そのままどこかへ消えてしまった。
アルドは、必死になってレイラの名前を呼ぶが返事はない。
アルドは、レイラの消えた方角を見ながら立ち尽くすことしかできなかった。
その時、アルドの頬を一筋の涙が伝う。
(レイラ……どこに行ってしまったんだ?俺が弱いせいでお前を守れなかったのか?)
アルドは、自問する。
(いや、違う!俺は強くなる。誰よりも強くなってレイラを見つけ出すんだ。そして、今度こそ守る。絶対に。)
アルドは、決意を新たにした。
そして、ゆっくりと目を開くのであった。
「夢か....、良かった....」




