ケモノたち
「嗚呼だるいー」
そう言って俺は、叢に寝転がった。歩いても歩いても全く目的地に着かない津苦って何処なんだよ。
「なぁ、レイラどっかで時間を潰して帰らない?もう俺疲れたよ……」
そう言うと、彼女は少し考えてから口を開いた。
そして、その言葉は意外なものだった。
「いいですよ、お独りで帰られるんでしたら!」
えっ……
何それ。
まさかの見捨てられ宣言!? てっきり一緒に帰ってくれると思ったんだけど……。
でもまあ、仕方ないか! 一人で帰るとするかな〜。
そう思って立ち上がろうとした時だった。
突然彼女が俺の腕を掴んできたのだ。
「はい、槍です。どうぞお帰りください。」
俺に、槍を渡すと街道を歩きはじめた。
あれれぇー? なんかおかしくないですかね。
普通こういう時は、一緒についてくるものじゃないんですかね? そんな事を考えながら、彼女の後ろ姿を見つめていた。
すると、彼女はこちらを振り向きこう言った。
「1人で帰られますと、地獄の修行コース1週間が待っていますよ!」
レイラの言葉を聞き、俺の脳内時間が加速を始める。
1日1時間しか使えない能力だが、今なら5分くらいまで使える気がするぜ!! しかし、いくら思考速度が上がってもこの状況を変える事は出来なかった。
結局、地獄コースを回避すべく彼女と一緒に歩く事にしたのだが……
やっぱりこの人怖いわ!!! さっきからずっと無言だし、一体何を考えているのか分からないし。
そもそも、なんでこんな事になったんだろう? 確か、オヤジに修行かお使いが良いか聞かれて、お使いを選んだら何故か急にレイラが現れて、そのままここまで来たような…………ん? ちょっと待てよ。
よく考えたらこれ全部あのクソ親父のせいじゃねーか!!! よし決めた。帰ったら一発ぶん殴ってやる!! それからしばらく歩いていると、街道の端に草むらにボロボロになった毛の塊を発見した。レイラは近寄ると毛の塊を持ち上げて毛の塊が何か確認する。
「オオカミの赤ちゃんだー。」
確かに、微かに呼吸音が聞こえるものの弱々しい感じがしていた。
「オオカミは、家畜の敵だこのまま見殺しにしても良いんだ!」
俺は遊牧民にとっての当たり前を言ってみる。
「このまま放っとけないわ、連れていく!私が面倒をみる。」
彼女はそう言い切ると、優しくオオカミを抱き上げた。
うむぅ……これは困ったことになったぞ。
だって、これから行くところって多分アレだよな。
俺達は、あと少しで津苦の町に着く所まで来ているわけで。
つまり、この先に待っているのは間違いなく……
奴隷商人もいるということだ。
「アルド、町の中に入るのが怖いの?」
レイラが心配そうな顔をしながら聞いてきた。
正直言うと、かなり不安である。
何故なら、今までの人生の中で一度も町に入ったことがないからだ。
だからと言ってここで怖じ気づいて引き返す訳にもいかないし……よしっ!腹くくろうか。
覚悟を決めた俺は、門番をしている兵士に声をかけた。
すると、彼は驚いた顔をしてすぐに敬礼をした。
どうやら、俺達の事を不審者だと疑っていたようだ。
まあ当然の反応だろうけどな。
とりあえず、身分証明書を見せるとあっさり通してくれた。
津苦の町に入るとそこには活気溢れる町並みが広がっていた。
色とりどりの看板が立ち並び、多くの人達が行き交っている。
その光景を見て思わず圧倒されてしまった。
そして、ふと思う。
あれ?俺ってもしかして世間知らずなのか……と。
そんな事を考えながら歩いていたその時だった。一頭の虎が目の前に現れたのだ。
しかも普通のサイズではなく、明らかに大型犬と同じくらいの大きさがある。
俺達の姿を見ると、突然襲いかかってきたのだ。
レイラはすぐに反応すると、剣を抜き斬りかかった。
だが、相手も素早くなかなか攻撃を当てられないでいる。
すると突然、虎の動きが変わったのだ、明らかに手を抜いていますというような行動に出たのだ。
こちらの攻撃を見切りかわし続けているのだ、それでいてこちらに攻撃はして来ないのだ。
虎は急に距離をとりこちらの様子を伺い始めたのだ。
どうやらこちらの力を見極めようとしているらしい。
だが、俺には分かる。こいつはただ遊んでいるだけだと。
それに気づいたレイラも同じように思ったらしく、今度は思い切り自分から仕掛けようとした時。
「やれやれ、困った子供達だねぇ!私に用事だったんじゃないのかい?」
突然、虎が人語を喋ったのだ。(オヤジ、都会の虎は喋るみたいです)レイラもその事に驚いて動きを止めてしまった。
すると次の瞬間、虎はくつろぐ体勢に入ろうとしたのだ。
それを見たレイラは、何を思ったか剣を振りかぶり虎に攻撃を加えようとしてきた。
おい、ちょっと待ってくれよ!いくらなんでもそれはマズイだろ!! 俺が慌てて止めようとすると、虎はそれを待っていたかのようにレイラの攻撃を軽々と避けたのだ。
すると、レイラの体が宙を舞った。
え? 何が起きたんだ?
「母ちゃんに何をするんだ!」
どうやら、レイラは上半身裸の男に蹴り飛ばされたようだ。
しかし、これではっきりした。一見マトモに見えるレイラは、俺より残念な脳筋思考のようだ。
そう思っていると、虎が話しかけてきた
「何だい、私が話を聞こうとしているのに無粋なことをして。」
虎はレイラを睨んだ後、横に立つ男の足をしっぽで叩くと
「それとフーガル、私はあんなヘナチョコ攻撃当たりはしないよ。」
フーガルは、レイラに駆け寄り抱き起こした。
「ゴメンな、お前が母ちゃん攻撃しようとするからつい……」
それを聞いていたレイラの顔に青筋が入りはじめた。
ヤバイ、このままでは本当にレイラが爆発してしまう!! 俺は、急いで2人の間に割って入った。
「ちょっと待って下さい!レイラは悪気があった訳じゃないんです!!」
すると、レイラの怒りオーラが消えていった。
良かった、何とか怒りを収めてくれたようだ。
「ところで、蒼き疾風のローレンは私に何をさせたいんだい?」
ん? どういう意味なんだ? すると、後ろの方から声が聞こえた。
振り向くと、そこにはオヤジが立っていたのだ。
どうやらいつまで経っても現れない俺達に痺れを切らしてやって来たようだ。
すると、オヤジは虎に向かって口を開いた。
「お久しぶりですサルマ殿、10年振りぐらいですかね?」
ん? 今このおっさんなんて言った? 10年振りの再会がこんな感じになるのかよ! マジあり得ねーだろ! 俺は心の中で絶叫していた。
しかし、当の本人達はまるで気にしていない様子だ。
そして、お互いの近況報告などを始めた。
「この坊やが鼻たれ小僧のアルドなのかい!随分大きくなったじゃないか!」
どうやら、俺の事を覚えていてくれたようだ。しかし、今はそれよりも聞きたいことがある。
俺は、さっきの話について尋ねた。
すると、レイラが説明してくれた。
何でもこの虎の名前はサルマと言うらしいのだが、昔この辺り一帯の盗賊が根城にしていた森に突如現れて、あっという間に壊滅させてしまったそうだ。
それからというもの、その近辺の町や村が安全になった事から、人々から崇められる存在となったらしい。
その為、今では町で暮らしても誰も文句言う人間は居ないそうだ、フーガルに関しては両親を盗賊に殺され孤児になったところを、サルマに拾われたらしい。
そんな経緯もあってか、今でもサルマのことを母親のように慕っており、彼女の頼みならどんな事でも聞くようになっているらしい。
また、彼女は俺達の目的地でもある、この津苦の町に住んでいるらしい。
なので、もし何かあれば頼ると良いと言ってくれた。
ちなみに、フーガルを育てるのに野生の雌の水牛を捕まえたり、鹿を狩ったりして来たらしい。
そして、たまに他の獣を狩りに行ったりして生活しているとのことだった。
だからだろうか、彼が着ている服は所々破れていたりする。
そんな話を聞いているうちに日も暮れてきてしまった。
そろそろ宿を探した方が良いだろうと思い、オヤジに声をかける。
すると、オヤジは既に用意してあると言った。
そして、俺達はサルマに別れを告げるとオヤジの後を追いかけた。
町の中をしばらく歩くと一軒の宿屋の前にたどり着いた。
看板には〔兎亭〕と書かれている。
中に入ると、カウンターの奥に居る主人らしき男に部屋が空いているかを尋ねてみた。
幸いにも空きがあるということで、すぐに案内してくれることになった。
部屋に荷物を置くと夕食を食べに行くことにした。
店に向かう途中、ふと疑問に思ったことがあって、オヤジに聞いてみることにした。
それは、この町に来てから一度も奴隷商人を見ていないからだ。
普通こういった大きな町ならば、必ず1人や2人は見かける筈なのだが……
まさか、この国には奴隷制度がないとか!? だとしたら、俺達ってかなり面倒な状況にあるんじゃないのか? そんな事を考えていた時、オヤジが答えを教えてくれた。
なんでも、この国では奴隷は禁止されていて、その代わりとして身分証を発行する事で、一定額の税金を納めれば自由民として扱うことになっているらしいのだ。
さらに、犯罪を犯した者については、奴隷落ちではなく犯罪者用の収容所に収容される事になるそうだ。
その為、俺達が奴隷売買をしていると勘違いされることは無いということだった。
それを聞いた俺はホッとした。
しかし、そうなってくると別の問題が出てくる。
何故、オヤジはこの街に俺達を来させたのだろう? そんな事を考えていると、目の前に食事が置かれた。
見ると、肉料理がメインになっている。
早速食べようとした時、オヤジが話し掛けてきた。
内容は、明日の予定についてだった。
それによると、まずは都である我羅京に向かうことになるとのことだった。
理由は、俺達の修行らしい。
本来であれば、もう少し後にするつもりだったが、俺が魔法を覚えたことで方針を変える事にしたようだ。
その理由としては、この先旅を続けていく上で、どうしても戦闘が発生する可能性がある為だという。
確かに、俺達は今まで魔物との戦闘経験が無い。
それに、レイラに至っては武器すらまともに扱ったことがない。
そこで、俺達に実戦の経験を積んで貰おうと考えたようだ。
まあ、レイラはともかく俺は戦いたくないんだけどなぁ。
そう思いながらも、俺は出された食事を平らげた。
翌日、朝食を終えると早々にオヤジと別れて出発した。
道中、変わった事が起きるか分からないが、警戒だけは怠らないようにしよう。
そう心に決めながら、俺は率先して歩き始めた。
街を出てから数時間後、特に何事も起きないまま順調に進んでいたのだが、突然レイラが歩みを止めたので、俺は振り返った。
するとレイラが、ある方向を見ながら固まっていたのだ。よく見たらレイラの後ろをヨチヨチとオオカミの赤ん坊が歩いていたのだ。
どうやらレイラを親と思い込んでるみたいだ。
すると、レイラが目で連れて行動していいかを訴えている様だ。
俺は仕方ないとばかりに、溜息をつくと許可を出した。
すると、嬉しくなったのか満面の笑みを浮かべ名前を"ロンド"と勝手に決めていた。
しかし、どうしたものかな。このまま放置する訳にもいかないし……。
考え込んでいると、オヤジが俺に話した内容をおもいだした。
オヤジ曰く、この辺りの街道は比較的安全なので小型の獣やモンスターしか出ないみたいだ。
ただ、それでも危険であることに変わりはない。
なので、レイラに言い聞かせるように注意をした。すると、彼女は素直に了承してくれた。
その後、再び進み始めると俺はレイラに気になっていたことを尋ねた。
それは、昨日サルマと話していた時に言っていた言葉の意味だ。
サルマの話では、この辺りの盗賊を一掃したのは10何年前と言っていた。しかし、オヤジの話によれば、つい最近まで盗賊がいたみたいな口ぶりだった。
一体どういうことなんだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか森に入っていた。
しかも、かなりの深部に入ったようで、道も細くなってきている。
これはマズイと思った俺達は、一旦引き返すことにした。
来た道を戻っている途中、何かの気配を感じた。
俺はすぐに立ち止まると、背中にある槍を手に取り周囲を見渡す。
そして、茂みの中から飛び出して来たものを見て、一瞬だけ思考が停止した。
何故なら、そこには体長3mはあるであろう巨大な熊が現れたからだ! 咄嵯に身構えると、相手の様子を伺う。
すると、俺達に気付いたのか、こちらに向かって突進してきた。
それを合図と言わんばかりに俺も走り出す。
そして、お互いの距離が無くなると、そのまま衝突した。
だが、俺は吹き飛ばされる事無く相手の勢いを利用して投げ飛ばした。
すると、巨体が宙に舞い、地面に叩きつけられた。
しかし、まだ生きているらしく立ち上がると、雄叫びを上げている。
そして、また俺の方へ突っ込んできた。
今度は横に避けてかわすと、すれ違いざまに腹を切り裂く。
その瞬間、血飛沫が上がるが、致命傷には至らなかったようだ。
それどころか、怒り狂って更に凶暴化してしまった。
それからというもの、何度も攻撃を避けたり受け流したりしているうちに、徐々に体力を消耗していく。
一方、俺の攻撃は相手に有効打を与えられず、次第に焦りが出始めていた。
その時、背後から声が聞こえた。
振り向くとレイラが立っていたのだ。
彼女を見た俺は、すぐに逃げろと言った。
しかし、俺の言葉を無視してレイラは剣を抜くと、オオカミの獣人の戦闘スタイルになった。
その姿は、まさに戦乙女と呼ぶに相応しい姿だった。
レイラは持っていた剣を構えると、俺の隣に立った。
彼女の顔を見ると覚悟を決めた表情をしていた。
俺はそれを確認すると、無言で首を縦に振った。
それが何を意味するのか理解したのか、レイラは力強く返事をする。
それを確認した俺は、改めて目の前の敵に集中する。
すると、俺達の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、相手が威嚇を始めた。
俺はそれを無視すると、静かに呼吸を整える。
レイラは目を閉じて精神統一をしている。
次の瞬間、俺達と敵の姿が消えた……いや、正確には俺だけが加速していた。
俺は一気に間合いを詰めると、渾身の一撃を放つ。
すると、俺の攻撃を受けた熊は、口から大量の血液を吹き出し倒れた。
それとほぼ同時に、俺達の戦いは終わった。戦いが終わると、俺はすぐに倒した熊の元へ向かった。
見ると、既に息絶えていた。
念の為、心臓付近に手を当てると鼓動は止まっていた。
どうやら死んでしまったようだ。
しかし、疑問が残る。
何故、急に襲ってきたのだろう? いくらなんでも、こんな場所で遭遇するのは不自然すぎる。
そう思っていると、レイラが俺の元へやってきた。
見ると、いつもの状態に戻っていた。
どうやら、元に戻ったようだ。
俺は彼女に尋ねると、どうやらさっきの熊には、野生を感じなかったらしい。
その為、彼女は違和感を覚えたようだ。
そこで、彼女が推測したことを教えてくれた。
それによると、あの熊は本来、この辺りに生息していない種類だという。
つまり、誰かが意図的に連れてきた可能性が高いということだ。
そうなってくると、考えられることは2つ。
1つは、この辺りの動物や魔物を狩る為に、この辺りに生息する魔物を別の場所へ移動させたということ。
もう1つが、俺達の実力を測る為だということだ。
もし、後者だとしたら、かなり厄介なことになる。
なぜなら、この辺りにいるということは、それだけ強い可能性があるからだ。
俺は嫌な予感がしながらも、先に進むことにした。
しかし、この選択が後に後悔することになるとは思いもしなかった。




