商人の抜け道
私は、仠无司中大では名前の知られた商人だ。
その私と、付き合いのある役人は多く、そして、この国の現状を憂いている者は数多い。
そんな私が、今更、民の為に何かをしようなどと思ってもいないのだが……。
「しかし、これはいい機会かもしれないな」
私の呟きに、側にいた部下の1人が反応する。
「何か言いましたか?」
どうやら、声に出ていたようだ。
だが、私は気にせず話を続ける。
この国の未来を変える為の話を……
(麿家と東家に軍資金を都合をつけ、恩を売るか……)
私はそう考えながら、今後の予定について考えるのだった。
幾日か経ち、予てから約束のあったパイノーグの司教様が屋敷へとやって来た。
事前に連絡を受けていた通り、彼は3人の供を連れている。
その3人は皆一様にフード付きのローブで身を包んでおり、顔は見えないようになっている。
ただ、その内2人については、以前に会った事があるため、すぐに分かった。
1人は以前、パイノーグの街の教会にいた神官であり、もう1人は白目の部分が黒い男である。
2人とも、何故ここにいるのか分からないけどね。
私は出迎える為に玄関まで行くと、そこには既に父がいた。
私の姿を確認するなり、父は白目が黒く染まり、口元には笑みを浮かべた。
あぁ、この表情は父がよく見せる表情だ。
まるで獲物を見つけた獣のような、そんな顔をしている。
恐らく、これから来る客人に狙いを定めたのだろう。
私は父に声をかける事なく、黙ってその場から立ち去る事にした。
パイノーグの司教が、我が家を訪ねてから数日後の事であった。
父が、商売でパイノーグへと向かうと言うので、私もそれに同行する事にしたのだ。
勿論、護衛役として、冒険者も一緒である。
馬車の中で揺られながら、私は隣に座っている父に話しかける。
ちなみに向かい側には、例の2人組が座っている。
彼等とは、まだ自己紹介すらしていないし、そもそも会話を交わしていない。
それはともかくとして、父の事だ。
私は以前から気になっていた事を質問してみた。
何故、今回のような商談の場へ赴く時に、わざわざ変装をするのか?という疑問である。
普通であれば、普段通りの格好で向かう筈なのだ。
それなのに、どうして今回はこんなにも念入りに変装をしているのか不思議でしょうがない。
私の問いに対し、父は一言だけ答えてくれた。
それは、自分の容姿が目立つからだと言う。
確かに父は、他の同年代の男性と比べると背が高い方だし、髪の色も珍しいものだ。
だけど、それだけで目立つものだろうか? 私が首を傾げていると、今度は逆に父から尋ねられた。
お前なら分かるだろうと言わんばかりの視線と共に……
それに対して、私は素直に答える。
別に嘘をつく理由もない。
すると、父は少し意外そうな顔をした後、納得してくれたようだった。
それから暫くの間、父と世間話をしていたのだが、ふと窓の外を見ると、いつの間にか景色が変化していた。
どうやら関所に着いたようである。御者が扉を開けると、先に降りた父が手を差し出してきたので、その手を掴んで降りることにした。
続いて降りてきたのは、例の冒険者コンビの片割れの男の方である。
彼もまた、慣れない様子ではあったが、無事に地面に足をつける事が出来たようだ。最後に残ったもう片方の女の方が降りる際、足を滑らせて転びそうになったのを、男が咄嵯に手を出して支えてあげていた。
その様子を見ていた父が、何故か満足そうにしている姿が印象的だった。
その後、我々はそのまま関所の中へと入る事になった。
事前に話は通してあるらしく、父と関所の責任者の充が少し言葉を交わすだけで、特に問題もなく通行の許可が出た。
そして、いよいよ出発となった訳だが、こんなにあっさり許可が出るなんて思わなかったよ。
もっと色々と手続きがあると思っていたんだけどな……まぁいいか。
こうして、我々一行はパイノーグの首都ダリウスの街へと向かったのである。
パイノーグ側に来て分かったことは、草原が無く森が広がっていることである。それに、街道を往来するものたちも冒険者を護衛に着けているが中大の街道より人々が多い気がする。
これは何かあるなと思い、街に着く前に情報収集を行うことにした。
まずは街の入口付近にいた商人らしき男を捕まえ、情報を聞き出すことにする。
最初は怪しげな目で見られたものの、こちらの目的を話すと、快く教えてくれることになった。
何でも最近、魔物の被害が増えており、その討伐の為に冒険者たちが集まってきているらしい。
しかも、その依頼料は結構良いようで、腕に覚えのあるものはこぞって参加するそうだ。
その為か、最近は物凄い賑わいを見せているとか……
そんな話を聞いている内に、目的の場所に到着した。
パイノーグの司教クラリオールの邸宅だ、邸宅に着くと護衛の冒険者に依頼完了書を渡し、報酬を支払う。
そして、屋敷の中に案内されると、そこにはパイノーグの街の教会にいる神官達がいた。
どうやら、この神官はパイノーグの街の教会から派遣された神官であり、今回、父との取引相手となるクラリオールの部下である。
お互い挨拶を終えると、クラリオールが待つ応接室に通され、そこで今回の商談が行われる事となった。
部屋に入ると、そこには既にクラリオールはおり、我々の到着を待ってくれていたようだ。
彼は、温厚そうな外見と裏腹にかなりの野心家に見える、いつかクラリオールはクーデターを起こすのだろう。
何故クラリオールがクーデターを起こしそうか分かるのは、中大でクーデター計画を立案している者と付き合いがあり、その日が来るまで、私は彼の手足となって働くつもりであるからよく分かるのだ。
クラリオールとの商談は3日もかかり、ようやく終わった。
その間、私はずっと父の後ろに控えていたので、正直退屈でもあったが、2日目に宴席があり、酒に強いはずの私が泥酔し意識を失い泡を吹いて倒れていたらしく何とか父に助けられ、事なきを得たのだが……
そんな事もあり、今日の夜には帰る予定となっていた。
帰り支度を終え、馬車に乗り込もうと支度をしていると、見送りに来ていたクラリオール司教と部下たちが見えた。
私が、クラリオール司教に挨拶をしようと近ずこうとしたところ、突然、父に肩を押さえられ止められた。
何事かと思って振り返ると、父は険しい表情で私を見つめ、
「わしは、もう少しここに滞在する」
と言い出したのだ。
一体どういうことなのか?と私が尋ねると、父は真剣な表情で答えた。
それは、クラリオール司教が言っていた魔物被害について調べるためだと言う。
確かに、あの時、父は司教に対して何かを尋ねていたが、まさかそれが気になっていたとは思いもしなかった。
私は、父の行動力に関心しつつも、少し呆れてしまった。
しかし、ここで反対しても、無駄だろう。
だから私は、父の好きにさせる事にした。
私は、父から渡された指示書を持って、馬車に乗り込み此処から離れる事にした。
これから、私は父の代理として、色々とやらないとならない、先ずは指示書を読み解く事から始めよう。
そうして私は、父からの指示書を熟読し、今後の計画を立てるのであった。
私が、父から受け取った指示書には、様々な事が書かれていた。
その中でも気になったのは、見世物屋敷に係わる人間や積み荷の動物の手配で、既に動物などを乗せた馬車はダリウスを出て関所で待ち合わせをしているという
。
私は、父からの手紙を読んでみると、どうやら手紙に書いてある人物は、例の2人組の冒険者らしく、彼等は父がダリウスに来る前から、この街に滞在しているらしく、今回はその人物達に私の手伝いをして貰うように頼んであるという。
また、例の見世物屋敷に運び込まれている積荷についての情報が含まれていました。
まず、指示書によれば、見世物屋敷には様々な奇妙な生物や珍品が展示されているとされています。これらの生物や品物は、何らかの手段で入手し、利益を上げるために使用されているようです。これらの展示物がどのように入手されているのか、こと細かくかいてあり次に見世物屋敷に欲しい動物などが書いてある。
また、指示書には店の方針や役人に対しての付け届けの事など、かなり詳しく書かれており、この資料を元に、父がどのような商売をするつもりだったのかがよく分かる。
そして最後に、この仕事が上手くいった暁に、クラリオール司教に褒美を与えると約束していたらしく、それについても書かれてあった。
どうやら、今回の件が成功したら、クラリオール司教に何かしらの褒章を与え、クーデター計画に加担させるつもりのようである。
恐らく、クラリオールは今回の事で、かなりの利益を得る事が出来、更にクーデターに加われば、莫大な富を手にする事になり、クーデター後には国を治める立場になるのは間違いないだろう。
私は、御者に馬車を早く関所に向かわせるように伝え、読み始めた本を開く。
この本は、クラリオール司教が持っていたもので、どうやら有名な作家が書いたものらしく、内容は、パイノーグの街で流行っている娯楽小説のようだ。
パラパラとページを捲りながら、内容を確認していく。その本の中身は、主人公の男が、旅の途中で出会った女性と一緒になり、幸せに暮らすという内容だった。
私は、その本を閉じ、カバンに戻す。
何故なら、その物語の結末に納得がいかなかったからだ。
その物語は、男と女の間に子供が生まれ、その子が大きくなって父親と同じ道を歩むというものなのだ。
だが、その物語では、その子供は男の血を引いているのは確かなのだが、その容姿はどう見ても女のものだったのだ。
それに、その子供の父親は誰なのか、はっきりしていない。
これは、明らかに作者の意図が感じられる。まぁ私には関係ないものだ。
馬車は3日かけて関所に辿り着く。
そして、そこで待っていた見世物屋敷のの集団と合流し、最初の興行場所の津苦の町へ行く事になったのだが、先ずは中大側の責任者の充に挨拶に行くことにした。
何故、挨拶に向かうかというと、この一座の責任者である座長のセビーロという人物が、今回の仕事を快く思っていないようで、中大側に挨拶に来た際、こちらの担当者である充に文句を言いまくったそうだ。
その為、中大側からは、あまり良い印象を持たれていないので、一応挨拶をしておく必要があると思ったからである。
私は、その事を思い出している内に、中大側にある出口が見えてきた。
中大側は、パイノーグ側とはまるで違っており、街の入口からして違う。
何故ならば、中大側には壁があり、街をぐるりと囲んでいるのだ。
その壁には、大きな門があり、そこには衛兵が立っていて通行人をチェックしている。
我々も、馬車を止め、身分証を提示し、問題なく通ることが出来た。
しかし、我々はそのまま素通りする訳にもいかず、一旦、見世物小屋の馬車を預けてから、徒歩で向かう事にした。
見世物屋敷の馬車は、特殊な作りになっており、普通の馬で引いて移動することが出来ないようになっているのだ。
なので、その馬車は、特別な方法で移動させなくてはならない。
それは、馬の代わりにタイトングースという巨大な獣に引いて貰うのだ。
そのタイトンは、全身が黒く毛むくじゃらの巨体をしており、見た目はかなり不気味なのだが、性格は比較的穏やかで、大人しい生き物だ。
ただ、気性が激しく、暴れだすと手がつけられないらしい。
しかし、調教師の言うことは良く聞くので、扱いさえ間違えなければ大丈夫だと言う。
そんなこんなで、我々の車列は関所を抜けようとした時だった、普段ダリウスの街の中大公使館に務めている兵士が、息絶え絶えになっている馬を乗り捨てる様に関所に駆け込んできた。
「大変だ!パイノーグの司教クラリオールがクーデター失敗で死亡!」
兵士はそう叫び、その場に倒れ込んだ。
私は、慌てて馬車から降りて、倒れた兵士に近寄り声をかける。
すると、兵士は苦しそうにしながらも、何とか立ち上がり、「クラリオール司教は、邸宅にて捕らえられ、処刑された!」
そう言って、再び地面に突っ伏し気絶してしまった。
一体何が起こったのか? 私は、急いで馬車に戻り、ダリウスへと向かおうと御者に指示を出すが、馬車は動こうとしない。どうやら、馬が怯えている様で、なかなか進まないのであった。
結局、馬車が動けるようになるまで1時間程かかり、その間にも次々と情報が入ってくる。どうやら、クーデターに失敗したクラリオールは、オルバ種になっており邸宅に居た者は兵士だけでなく使用人や客人まで皆殺しにされたらしく、生き残った人間は一人として居なかったようだ。
また、そのクーデターの首謀者達は、全員が処刑され、その中にはクラリオールは勿論の事、あの2人組の冒険者も含まれており、彼等は最後まで抵抗したためその場で殺されたという。
そして、私の父も殺されてしまったようだ。
それと、クラリオールと接触の会った人間に追っ手が差し向けられているらしい。
私は大慌てで、充の元へ行き幾ばくかの金品を渡すとおっても足止めをお願いするのであった。
関所を出て4日ほど経ち、見世物屋敷の興行予定の津苦の町に辿り着いていた。
この町は、人口3000人ほどの小さな町であり、主な産業は農業と林業である。
この町の特徴は、山に面している為、新鮮な肉料理が有名なのだ。
私は、町の入口に馬車を止めると、馬車を降りた。
馬車を降りると、御者に宿を探すように指示をし私は、見世物屋敷の面々と設営の準備をする。
まず、テントを張る作業を行いながら、今回の興行の内容について考える。
今回の興行内容は、今までとは少し趣向を変えて行うつもりである。
その趣旨は、動物を使った芸ではなく、人間の技を披露するというもので、具体的には、玉乗りや空中ハシゴなどを見せるつもりである。
テントの入口から町を見回すと喋る虎を連れている青年と視線が合う。
その青年は、こちらに気付くと近づいてきた。
私はこれはチャンスと思い、
「珍しい虎ですね、是非とも譲って下さい」
と頼むと、その青年は、 その言葉を聞いた途端、怒り出し、 私の胸ぐらを掴むと、 怒鳴ってきた。
どうやら、この男は、津苦の町の一員らしく、 今回の興行内容に不満があるようだ。
「私に、こんな事してただで済むと思うなよ!」
私は怒りに震えながら、男を睨みつける。
すると、どこからか声が聞こえた。
それは、紛れもなく先程まで聞いていたあの虎の声だった。
しかし、その言葉の意味を理解することはできなかった。
ただ、本能的に恐怖を感じて逃げ出そうとしたその時だった。
いつの間にか、私の後ろには二人の人影がいた。
その二人を見た瞬間、私は狼狽えてしまう。
そこにいたのは、パイノーグの冒険者だった。
冒険者は、私に向かって告げる。
「妖精の不当な売買と所持をパイノーグの教皇の代理として捕縛に来た。」




