黒き魔人
「クソ爺、何処に行ったんだ?」
レイモンドは、ラガスに対して腹を立てていた、ラガスはレイモンドの信頼できる知人であり、彼にとっては頼りになる剣の師匠にような存在だった。しかし、最近は何かしら秘密を隠しているように感じていた。レイモンドはラガスが何か重要な情報を隠しているのではないかと疑っていた。
(俺の知らない所で護衛を雇うなんて)護衛の件はレイモンドの勘違いなのだが、それでもクリシュバナに助けられたのも腹の立つ原因一つみたいだ。
レイモンドは、聖宮ディナールのステージ周辺を徹底的に探し回り、ラガスの姿を求めていた。時間が経つにつれ、彼の心配はますます募り、不安感が頭を支配していった。
やがて、レイモンドはクリシュバナに会うことに決めた。彼はクリシュバナが何か知っているのではないかと考え、真相を聞き出すことが自分の唯一の道だと思った。
クリシュバナが居るであろう聖女が休息をとる場所に向かう途中、レイモンドは心の中で思い返した。ラガスは何度も彼を危険から救ってくれたし、彼の誠実さにも疑いを持ったことはなかった。しかし、最近のラガスの行動には不自然さを感じていた。
そんなことを考えながら歩いていると、目の前にクリシュバナが現れた。
クリシュバナの顔を見た瞬間、レイモンドは自分の中で怒りが爆発しそうになった。それを必死に抑え、何とか冷静な声で話そうとした。だが、その努力は無駄に終わった。
何故なら、クリシュバナがレイモンドに謝罪の言葉を口にしたからだ。
「レイモンド殿済まない、ラガス殿から聖女の命を狙っている者が居るとと聞いてはいたのに、まことにすまない。」
自分の落ち度で、聖女の命の危険を招いたことを深く謝罪したのだ。
そして、今の聖女の状態についても説明を始めた。
クリシュバナの話を聞いていくうちに、徐々に落ち着きを取り戻していくと同時に、今度は罪悪感が湧き上がってきた。自分がラガスのことを信用していなかったせいだと、後悔していた。
しかし、だからといってクリシュバナを責める気はなかった。悪いのは全て自分だと自覚しているからだ。それに、聖女の身に何が起きたのか知ることが出来た。それに関しては感謝しかない。
クリシュバナはレイモンドに対し、聖女の護衛として一緒に付いていってほしいと言った。それは当然のことだった。今の自分はただの足手まといにしかならない。
レイモンドはクリシュバナと共に聖女の下へ向かった。そこには聖女だけではなく、彼女の側近たちや守衛がいた。レイモンドは彼らの目を避けながら、聖女の姿を確認しようとした。
聖女は疲労困憊の表情を浮かべ、その傍らにはラガスの姿があった。彼は緊張した面持ちで、聖女の安全を守るために警戒しているようだった。
レイモンドはその光景を見て、再び罪悪感に襲われた。彼はラガスを信じるべきだったし、彼が何か秘密を抱えていたとしても、それは彼自身が抱えるべき問題であるはずだった。
クリシュバナが彼に優しく微笑みかけると、レイモンドは心の中で彼に感謝の意を示した。
聖女はレイモンドに感謝の気持ちを伝え、彼を信頼していることを示した。その言葉を聞いた瞬間、レイモンドの胸には救われたような感情が湧き上がった。
「貴様のような汚い魔人風情が、聖宮ディナールに入っていいと思ってるのか」
神官の1人がクリシュバナに、罵声を浴びせた。
クリシュバナはそれを無視して歩き始めた。すると、他の者たちも彼の後に続いて歩いて行った。
だが、神官はクリシュバナのそんな態度が気に食わなかった様で?メイスを片手に持ち、振りかぶってクリシュバナの後頭部に向かって打ち付けた。
しかし、メイスは当たらなかった。なぜなら、ラガスが神官の腕を掴み止めたからだ。
ラガスは掴んだ腕を思いっきり握り締めると、骨がきしみ、鈍い音が響いた。
そして痛みに耐えきれずに悲鳴を上げた。
その様子を見た周囲の人間は呆然としていたが、すぐに我に返った。
聖女を守るべく動き出そうとしたが、それよりも早く動いた者がいた。
クリシュバナだ。彼は神官の男の背後に一瞬にして移動し、首筋に手刀を叩き込んだ。
男は気絶し、その場に倒れこんだ。
クリシュバナは倒れた男を担ぎ上げ、聖女に近付いた。
そして一言だけ伝えた。
「アベル様から伝言、旅立ちの日は近い」
聖女は何も言わずに小さく首を縦に振った。クリシュバナはそれで満足したようで、ラガスの方へ視線を向けた。ラガスは少し驚いた様子だったが、直ぐにいつも通りの表情に戻った。
クリシュバナは最後にレイモンドに目を向け、何も言わずに立ち去った。
ラガスは聖女に声を掛け、医務室まで付き添うことにした。
一方ファーラのは、教皇の執務室のある塔に来ていた。
「教皇様、怪我の状態はいかがでしょうか?」
部屋の中には、ファーラとカインとアベルの3人だけなのだが、カインの顔色は優れなかった。
理由は単純だ。アリュカンにつけられた怪我が思っていたより深かったのだ。導守長のローハンの回復魔法で命には別状ないが、完治まで時間がかかるからあと数日は安静にしておくようにと言われたのだ。
アリュカンの、姿が見えなくなり誰もがアリュカンは逃げ出したと誰もが思っていた。
しかし、教皇だけはそう思っていなかった。
(あの時、奴は確かに私に攻撃しようとしていた。だが、何故攻撃を途中で止めて立ち去ろうとした?)
何故、アリュカンが攻撃を仕掛けてきたのかが理解できなかった。
もし、自分の予想通りならば、何故逃げる様な真似をした
深いため息をつきながら、言葉を続けた。「私はアリュカンが何かを探し求めていたのだと思う。彼の行動はただの逃走ではない。もしかしたら、アリュカンは聖宮の中にある何か重要なものに関わっていたのかもしれない。」
ファーラが興味深そうに尋ねた。「何か特定のものですか?」
カインは考え込んだ後、ゆっくりと答えた。「それはわからない。しかし、この聖宮には古代の秘密や遺物が眠っているという伝承がある。もしかしたら、アリュカンがそれに関わる何かを知っていたのかもしれないのだ。」
カインが口を開いた。「もし本当にそうならば、私たちもその秘密を探り、聖宮の安全を確保するべきです。アリュカンが逃げた先を辿れば、何か手掛かりが見つかるかもしれません。」
アベルは頷いて同意した。「確かに、アリュカンの行方を追うことは重要です。彼が何かを知っている可能性がありますし、もし敵勢力が彼に接触した場合、聖女や聖宮への脅威となるかもしれません。」
教皇は苦悩の表情を浮かべながら、彼らの提案に同意した。「では、私たちも行動を起こしましょう。アリュカンの手がかりを探し、彼が辿った道を辿るのです。しかし、この任務は危険を伴います。慎重に行動し、聖宮の秘密が漏れることのないように注意しなければなりません。」
三人は一致団結し、アリュカンの手がかりを探すために行動を開始した。聖宮の内のアリュカンがたどったであろうルートを推測し、彼が何か重要な場所に向かった可能性が高い場所を優先的に調査する人員を割り振る。
一方クリシュバナは、聖宮広場の噴水の緣に座りながら、ラガスたちが来るのを煌玉のライラ弾きながら待っていた。
ラガスたちはクリシュバナの存在に気付いたが、声をかけることはなく、彼の隣を通り過ぎようとした。
クリシュバナはそのことに気付いており、ラガスに声をかけた。
クリシュバナとラガスが話し込んでいると、先程の神官が仲間を引き連れてやってきた。
彼らはクリシュバナに掴みかかろうとするが、ラガスが立ち塞がった。
神官はラガスの姿を見て驚き、動きが止まった。
「ラガス様、元騎士団長であるあなたが魔人族の味方をするなんて何故なんですか!」
神官は、ラガスが魔人族と繋がりを持っていると思い込み、声をあげた。
それに対して、ラガスは何も答えなかった。
すると、神官の仲間の一人がラガスに向かって斬りかかった。
だが、ラガスに傷一つ付けることは出来なかった。
ラガスは神官の剣を掴み取り、奪い取った。
そして、神官の身体を軽く押した。すると、神官は地面に倒れた。
他の神官は武器を構えようとしたが、ラガスの動きの方が早かった。
神官たちの首筋に手刀を叩き込んいくと、全員気絶してしまった。
ラガスは倒れている神官たちを見て、面倒くさそうな表情を浮かべた。
そしてクリシュバナに声を掛けた。
クリシュバナは微笑んで、立ち上がった。
そして二人は、その場から立ち去った。
アベルは、ファーラと共にアリュカンの痕跡を追っていた。
痕跡は聖宮内の様々な場所に残っていた。
特に多かった場所は、宝物庫と聖女の私室だった。
しかし、聖女の部屋からはアリュカンの手掛かりは見つからなかった。
聖女は、アリュカンは聖女の部屋から出ていったと言っていたが、アベルはそれが嘘だと確信していた。
なぜなら、聖女は部屋の鍵を掛けていなかったからだ。アリュカンが何らかの方法で鍵を壊して入った可能性は高いだろう。
また、宝物庫からは何点か貴重な物が無くなっていた。その中には、聖女が持っている杖と同じ形をしたものもあった。
ファーラはアリュカンが盗んだ物が何かまでは分からなかったが、重要な物であることは理解できた。
アベルは確信していた。アリュカンは聖女に何かを伝えようとしていたことを。
彼はアリュカンが何を知っていたのかを知る必要があった。
アベルとファーラは、引き続きアリュカンの痕跡を探っていた。
一方その頃、クリシュバナは、教皇の執務室のある塔の壁面を飛翔の魔法を使い屋上の方に上がっていた。
屋上の先塔部分に、アリュカンの姿があった。
アリュカンは、塔の外壁に寄りかかりながら空を見上げていた。
クリシュバナはアリュカンに近付き、声を掛けた。
「はじめまして、ザルガネスの分身で邪悪の根源よ」
アリュカンは少し驚いた様子だったが、直ぐに落ち着いた声で返した。
「魔王スティーマグナに、造られた木偶の魔人が何の用だ」
クリシュバナはアリュカンの言葉を聞いても動揺しなかった。
彼は既に、自分の出自について把握しており、自分の役割についても理解している。
クリシュバナは自分の役目を果たすため、アリュカンに接触したのだ。
クリシュバナはアリュカンに尋ねた。
「大人しく、この世界から大人しく消えてくれないかな」
アリュカンは、クリシュバナの目的を理解した。
「断る。俺はこの世界で生き続ける。この世界の全てを手に入れてやる」
クリシュバナはアリュカンの返答を聞き、笑みを浮かべた。
「それは無理だよ。君がこの世界に存在し続ける限りゾディアックである、私の力から逃れることは出来ない」
アリュカンはクリシュバナの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「お前は俺を倒せない。だから、その余裕がある。残念だが、この身体は既に神徒ではない。神徒の肉体と、魔獣の魂を持つオルバ型神徒だ」
アリュカンの言葉を、クリシュバナは否定した。
「それは違うね。君は確かに、この世界を支配できる器を持っている。でも、今の君の身体には神徒の力はない」
アリュカンは驚いて、言葉を失った。
そんな彼の様子を見ながら、クリシュバナは話を続けた。
「私の、領域に入った時点でアリュカン、君の命も風前の灯なんだけど。」
アリュカンは怒りの表情を浮かべながら、クリシュバナを睨みつけた。
クリシュバナは、彼に背を向けて歩き出した。
そして、最後に振り返り、アリュカンに言った。
「今度会うときは、もっと強くなっておくことだね。」
アリュカンはクリシュバナの言葉に憤りを感じながらも、彼の背中を見送った。クリシュバナの言葉が頭の中で反響し、彼の存在について深く考えることになった。
アリュカンは自身の力に自信を持っていたが、クリシュバナの言葉は彼に新たな疑問を投げかけた。彼が本当に神徒の力を失っているのか、それとも何か別の力が彼の内に宿っているのか。
その疑問を解くため、アリュカンは創造主たるザルガネスの元へ行き。彼はさらなる知識と力を得るために努力した。
数日が経過し、アリュカンは新たな神徒の身体を取り込み。魔獣の力が融合させるのだった。
強化された力を手に入れたアリュカンは、再びクリシュバナとの対決を望んだ。彼は自身の存在を証明し、クリシュバナとの戦いに決着をつけるために立ち上がった。
アリュカンとクリシュバナの運命の対決は、ダリウスから中大へと続く街道近くの草原で行われることになった。
アベルとファーラは、アリュカンとクリシュバナの決戦が行われる場所から遠く離れた場所で、二人の戦いが始まるのを待っていた。
二人は、アリュカンとクリシュバナの決闘が始まったら、すぐに動けるように準備を整えていた。
アベルは、アリュカンとクリシュバナの勝敗に興味は無かった。
だが、クリシュバナがアリュカンに勝つとは思っていなかった。
アリュカンの力は強大であり、クリシュバナでは太刀打ちできないだろうと考えていた。
しかし、クリシュバナがアリュカンに負けるとは思えないのと同時に、クリシュバナの勝利を信じていた。
なぜなら、クリシュバナが身に纏う魔力の質は、ザルガネスに近いものであったからだ。
アベルは、ザルガネスがクリシュバナに対して特別な感情を抱いているのではないかと思っていた。
だからこそ、クリシュバナに自身の力を授け、彼と共に行動させていたのではないかと。
アリュカンがクリシュバナに敗れれば、アリュカンの持つ邪悪の根源としての力は、完全に消滅することになるだろう。
しかし、アリュカンがクリシュバナに勝利すれば、彼は更なる脅威となる。
アリュカンとクリシュバナが、どのような結末を迎えるのか。
それを見届けるために、アベルとファーラはこの場所にいた。
二人が待つこと数時間、ついにその時が訪れた。
アリュカンとクリシュバナはお互いに距離を取り、対峙していた。
「さぁ、始めようか。木偶の坊」
アリュカンはそう言うと、右手を天に掲げて叫んだ。
「我は汝、神より生まれし、神の分身なり。我が名はアリュカン。神の名のもとに、今こそその身を捧げよ」
すると、アリュカンの身体に変化が現れた。
全身から緑色の光が溢れ出し、その光はアリュカンの身体を包み込んだ。
「神徒化か」
クリシュバナは呟くように言った。
アリュカンはクリシュバナの言葉に答えた。
「そうだ。お前も早く神徒になるといい」
アリュカンの言葉を聞いたクリシュバナは首を横に振った。
「私は魔人族のクリシュバナ、ゾディアックの1人。アスクレピオスの宿命を持ちし者、神徒などの害悪では無い!」
クリシュバナの言葉を聞き、アリュカンは笑みを浮かべた。
「ならば、お前の全てを破壊してやろう」
アリュカンは、クリシュバナに向かって飛び掛かった。
クリシュバナは、アリュカンの拳を避けた。
アリュカンは、続けて蹴りを放った。
クリシュバナは、アリュカンの攻撃を両手で受け止めて防いだ。
「なかなかやるじゃないか」
アリュカンは笑みを浮かべながら、クリシュバナを見た。
「貴様など、私の力で十分だ」
クリシュバナは、アリュカンの言葉を聞き、笑みを浮かべて返した。
「それはどうかな」
クリシュバナは、アリュカンの攻撃を全て避けて見せた。
「どうした?避けるだけじゃ、俺は倒せないぞ」
アリュカンは、クリシュバナの実力を見誤っていた。
「黙れ」
クリシュバナは、アリュカンの攻撃を受け止めた。
「なんだと?」
アリュカンは驚いた様子を見せた。
クリシュバナは彼の攻撃を防ぎながら、冷静に考えていた。
「(この男、まさか)」
クリシュバナは、アリュカンの正体について考えた。
「(魔獣の魂と、神徒の肉体を持つオルバ型の神徒と言ったが、あれは嘘だったのか?)」
クリシュバナは、アリュカンの本当の正体について確信を持った。
そして、クリシュバナはアリュカンの拳を受け流して、彼の腹に一撃を入れた。
アリュカンはその衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされてしまった。
アリュカンは地面に倒れ込み、苦しそうな表情をした。
「ぐっ、何をした」
クリシュバナは、アリュカンの質問に答える代わりに、彼の胸ぐらを掴んだ。
そして、アリュカンを持ち上げ、そのまま彼の顔を殴りつけた。
アリュカンは、クリシュバナの行動に驚きながらも、彼の拳を顔に受けた。
クリシュバナは、アリュカンを掴んでいた手を離した。
アリュカンは、再び地面へ倒れた。
クリシュバナは彼に背を向け、歩き出した。
「待て!まだ勝負は終わっていない!!」
アリュカンは立ち上がり、クリシュバナを呼び止めようとした。
クリシュバナは振り返り、アリュカンを睨んだ。
「命なき影が、生ある者に干渉することは出来ない。」
クリシュバナがそう言うと、アリュカンの身体が透け始めた。
「どういうことだ!?俺はまだ戦える!!何故、消えるんだ!!!」
アリュカンは叫び声を上げた。
クリシュバナは、アリュカンに言い聞かせるように話し始めた。
「お前は、既に死んでいるのだ。お前は、神徒の身体に魔獣の魂を埋め込む実験台として利用された。」
クリシュバナはアリュカンの問いに答えた。
「そんなはずはない!!俺は生きているんだ!!!」
アリュカンは必死に叫んだ。
クリシュバナは、アリュカンの言葉を聞いて悲しげな表情になった。
「もういい、お前の役目は終わった。安らかに眠れ。」
クリシュバナは、アリュカンに別れの言葉を告げると、空へと飛び立った。
「嫌だ、消えたくない。誰か助けてくれぇー!!!!」
アリュカンは、最後に大きな声で叫んだ後、消滅した。
その光景を見たファーラは、戸惑っていた。
「可哀想です」
ファーラは、そう言って涙を流した。
アベルは、ファーラの隣に立ち言った。
彼は、ファーラが涙を流す姿を見て、彼女の頭を撫でた。
アベルとファーラが、その場を去ろうとした時、アリュカンが消えた場所から、ザルガネスが姿を現した。
「みなさん、失敗作をけしかけてすいませんでした。」
ザルガネスは一旦、言葉を句切ると邪悪な笑みを浮かべた。
「次は、もっと面白いものを見せましょう」
そう言うと、虚空に消えるのだった。




