天命の儀 選定
その日、レイモンドはラガスの使いという男から天命の儀の日時を聞かされる。
そして自分がどういった道を歩むのかが解ったような気がした。
「……そうか、ラガスが俺をダリウスまでの道程で鍛ていたのはこの日の為だったんだな」
「.......」
使いの男は何も言わない。ここ数日レイモンドはラガスと、顔を合わせていない。だがレイモンドの中で、ラガスという人物像は大きく変わっていた。
(ラガスには感謝してもしきれないな……それに、精霊にも)
今度会ったら何か礼をしなければと考えながら、レイモンドは天命の儀を受ける準備を始めた。
そして運命の日が訪れる。
「よし、忘れ物は無いよな?」
久々に会った、ラガスは俺に確認してくる。
「問題ないです!」
俺は、そうそうそう答えると、肩に掛けている鞄を軽く叩く。
「じゃったら、心配無用じゃな。」
今日はいよいよ天命の儀が行われる日であり、俺達は宿の前で合流し儀式の行われる聖宮広場へと向かって歩き出し始めた。
道中、特に何もなく無事に目的地の聖宮広場に着いたのだが、広場には一目でも勇者の誕生を見ようという人が凄く多く 集まっており、中には貴族や商人といった裕福な人の姿もあった。
しかしそんな人達も俺達が通れば道を開けてくれる。
流石にこんな場所で絡まれる事はないとは思っていたけど、実際にこうやって見ると安心するね。
暫く歩くと、大きな建物が見えてきた。
恐らくこれは、天命の儀が行われる聖宮ディナールの本殿だろう。その建物は荘厳であり、壮麗な装飾が施されていた。レイモンドは心が躍るのを感じながら、ラガスと共に本殿の前へと進んでいった。
本殿の入口には厳かな雰囲気が漂っていた。護衛兵たちが厳重な警備を行っており、通り過ぎる者は厳格な目で見られる。レイモンドは身を引き締め、護衛兵たちに頭を下げながら進んでいった。
本殿の中は広々としていて、天井は高くそびえ立ち、柱や壁には美しい絵画や彫刻が施されていた。中央には儀式が執り行われるための特別なステージが設けられていた。
レイモンドは他の参加者たちと一緒に、待機エリアに案内された。そこでは神官たちが参加者たちの名前や出身地を確認していた。レイモンドは自分の名前を告げ、神官たちが記録を確認すると、彼に一つの紋章を手渡した。
その紋章は鮮やかな青と金色で輝いていた。レイモンドはそれを手に取り、心を落ち着けながら身につけた。この紋章は彼が天命の儀の参加者であることを示すものであり、彼の一歩目を示すものでもあった。
しばらくの間、参加者たちは待機エリアで緊張感に包まれながら時間を過ごした。やがて神官たちが参加者たちをステージに案内し始めた。レイモンドは他の参加者たちと共にステージへと進み、緊張と期待が入り混じった気持ちで立ち並ぶ列に加わった。
ステージ上には高位の神官が控えており、彼らが天命の儀の執行役となる。儀式は厳粛な雰囲気の中で進められ、参加者たちは一人ずつ順番にステージに上がり、神官たちの質問に答えながら自己紹介を行っていく。
レイモンドは自分以外の参加者の名前をしっかりと覚えようとしながら順番を待っていた。
ついに自分の番となり、彼はステージの上に上がった。そこには穏やかな表情を浮かべている神官がおり、他の参加者たちと同じような質問が行われた。
「あなたは勇者ですか?」
「私は、狩人です!」
神官からの問いに対して、レイモンドははっきりとそう答えた。すると、会場からどよめきが起こった。
それはそうだ。何故なら勇者というのは生まれた時から決まっているようなものだからだ。
「……もう一度お聞きします。あなたの職業は何でしょうか?」
「私の職業は狩人で間違いありません!」再度の問いかけに対しても、レイモンドはきっぱりとそう言った。
すると、先程よりも大きな歓声が上がった。勇者ではなくとも狩人は珍しいものなのだ。ましてやそれが平民ならば尚更だった。
その後も次々と参加者の職業が発表されていき、勇者候補の中でも1番との噂になっている、狆 鋒吼の出番となった。
「狆 鋒吼様ですね? それでは、どうぞステージへ上がってください」
司会役の神官の言葉に従い、青年はステージの上へと上がった。そして他の参加者と同じように質問を受けていった。そして最後に、神官たちから最も注目された言葉が発せられた。
―――あなたには勇者としての資質があると思いますか?この言葉を聞いた瞬間、会場中の視線が全て壇上の彼に集まった。
そして、その言葉を向けられた当の本人は、堂々とこう言い放った。
――はい! 僕は勇者として選ばれました!! 勇者に選ばれたという言葉を聞いて、更に大きな歓声が巻き起こった。そして勇者を輩出したという栄誉を求めて、多くの貴族たちが名乗りを上げた。
勇者の卵を見つけたという功績を欲して、商人たちも挙って名乗りを上げ始めた。
そんな中、ラガスはただ黙ったまま、じっと彼を見つめていた。そして彼の姿を見た時に、ふとある考えが浮かんだ。
(……彼奴は、勇者じゃないのう...中大の連中も懲りん連中じゃのう)
ラガスは勇者ではないと確信していた。
しかし、だからといって別に落胆することはなかった。
確かに狆 鋒吼は素晴らしい才能を持っているかもしれない。だが、必ずしも勇者になるとは限らないのだ。
それに勇者にならなかったとしても、全く問題はない。
何故なら、勇者にならずとも英雄になれるからだ。
レイモンドはステージから下りると、心にほどけた笑顔を浮かべた。彼は勇者候補として選ばれなかったことに失望することなく、むしろ自分の本当の道を歩むことができることに喜びを感じていた。
周囲の人々は彼の姿に驚きながらも、彼の決断に敬意を払っていた。ラガスも満足そうに頷いた。彼はレイモンドの選択に賛同し、彼が狩人としての道を歩むことを支持していたのだ。
天命の儀が進行する中、勇者候補として選ばれた者たちが神聖な使命を受け、彼らを取り巻く期待と重責を背負っていく。一方、レイモンドは自身の狩人としての道に向かって歩み始めたかのように思われたその時だった、神官の1人の両肩からはえた蟹のハサミのような物が、勇者候補の1人の腕を切り落とすという事態が発生した。
切り落とされた腕は、まるで血の塊のように宙を舞った。突然の出来事によって、周囲は騒然となり、恐怖に包まれた。
ラガスはその光景を見て、怒りで体を震わせた。
そして同時に、ある確信を得た。
「……やはり、そういうことか……」
「どういうことだ?」
「まぁ、すぐに分かるさ」
「?」
疑問符を浮かべるザックスに対し、ラガスは落ち着いた様子でステージの方を見続けていた。
「うわああああっ!!」
ステージ上では、悲鳴が響き渡っていた。勇者候補の1人のノリク・ローザンは、蟹のハサミを生やした神官に両腕を切り落とされてしまった。
彼の傷口からは大量の血液が流れ出し、床に赤い水溜りを作っていった。彼の顔は苦痛に染まっており、あまりの激痛に意識を失いかけていた。
「なっ!? 何をしている!! 今すぐ治療師を呼びなさい!!!!」神官たちは慌てふためき、治癒魔法に長けた神官たちを集めようとした。
しかし、それは間に合わなかった。
「ぎゃあああっ!! 俺の腕が……」
今度は別の候補者の右腕が切断された。その少年は絶叫し、必死になって止血を試みようとしていた。
その様子を見た神官たちは、自分たちがどうすれば良いのか分からず、ただ狼慄するだけだった。
そんな状況の中、ラガスは冷静に事態を分析、把握しようとしていた。
(……あれは、オルバ種だな。恐らく寄生型の新種だろう。神官の体の中で羽化することで、勇者候補を襲っている。あの感じだと、あと一人ぐらいは犠牲が出るかもな)
ラガスの予想通り、三人目は左腕を切断され、四人目は両足を切断されてしまった。
「嫌だああ!!! 死にたくないいいぃ!!!」
五人目の犠牲者は泣き叫びながら助けを求めるが、誰も彼に手を差し伸べようとはしなかった。
それどころか、彼らは五人目の勇者候補に罵声を浴びせた。
「このクズが!! お前のせいで俺たちまで殺されるぞ!!!!」
「早くここから出て行けよ!! 疫病神め!!」
会場中の参加者たちから非難を浴び、罵倒される勇者候補の青年。
彼は涙を流しながら、無我夢中で会場から逃げ出した。
それを切っ掛けにして、他の参加者たちも会場から逃げ出し始めた。
その中には、狆 鋒吼の姿もあった。
彼は会場から抜け出すと、直ぐに会場から離れ、人気のない路地裏へと逃げ込んだ。
そして彼は地面に膝をつくと、そのまま嘔吐してしまった。
自分が勇者として選ばれなかっただけでなく、多くの人々に迷惑をかけ、殺させてしまうかもしれないという罪悪感と絶望が彼を襲った。
彼は自分の愚かさを呪い、どさくさに紛れに手に入れた神器を握りしめながら涙を流すことしかできなかった。
そして数分後、会場は混乱を極めていた。
会場にいたほとんどの者が、恐怖に支配されていた。
そんな中、ラガスは落ち着き払った様子でその場を後にしようとした。
すると、レイモンドが彼に声をかけてきた。
ラガスは彼の方を振り向くと、ニヤリと笑みを浮かべた。
そして一言だけこう言った。
――ようこそ、こちら側へ ラガスの言葉の意味を理解していないレイモンドは、不思議そうな表情を浮かべていた。
ラガスがレイモンドに対して行ったことは簡単だった。
まずは彼が持っている武器を全て名工の物と取り替えてやったのだ。そして、彼の職業も偽って登録しておいた。
これにより、レイモンドは狩人ではなく戦士として扱われることになったのだ。
レイモンドには、既に勇者候補としての資格は無くなっていたのだ。彼は勇者候補ではなく勇者そのものと確信してはいたが、一応形式上の為に彼を勇者候補から外すことにしたのだ。
しかしレイモンド自身は、自分の身に何が起きたのか理解できていなかった。彼は自分の身に起きたことを話してもらおうとしたが、ラガスはそれを拒んだ。
ラガスはレイモンドの気持ちを察していたが、それでも敢えて話すことをしなかった。
そして、レイモンドの前に背中から蠍の尾っぽを持つ冒険者が姿を現した。
「おい、ガキ。お前、勇者になりたかったんだろ? なら、俺が勇者になる為の手助けをしてやるぜ」
男は下衆いえみを浮かべながらレイモンドに斬りかかってきた。
(……はぁ、本当に馬鹿な奴らばかりだな。まぁ、こいつらも運がなかったと思って諦めてもらうしかないな)
男の一撃目をレイモンドは余裕を持ってけんを避ける。
(クソガキが、避けるんじゃねーよ)
男は蠍の尾っぽでレイモンドを貫こうと繰り出すが、それも避けられる。
その後も男の攻撃は何度も繰り出されるが、その全てを簡単に避け続けるレイモンド。その光景を見た周囲の人々は驚きの声を上げた。
しかしラガスだけは驚きもせず、寧ろ当然の結果だと言わんばかりの態度だった。
それから数分間、男は攻撃を続けたが、全く当たる気配が無かった。
次第に焦り始め、動きに粗が目立ち始めたその時、レイモンドの反撃が始まった。
彼の拳に魔力が纏われ、それが放たれると男の腹部に直撃した。
その瞬間、男はあまりの激痛に悶絶した。
(ザルガネス様、力の解放するのをお許しを....)
男はザルガネスに許しを乞うと、レイモンドを睨みつける。
「クソガキ、大人しく殺されろよ…」
レイモンドが蠍の冒険者と対峙している頃、ラガスの方はというと悲鳴が響く中、ステージに飛び出した。彼は素早く剣を抜き、蟹のハサミを生やした神官に向かって突進した。その姿はまるで疾風のようだった。
「この野郎がっ!勇者候補を傷つけるなど許せん!!」
ラガスの剣は神官の身体を斬りつけ、血しぶきが舞い散った。神官は苦悶の表情を浮かべながら倒れ込んだ。彼の姿はまるで鮮血に染まった美術品のようだった。
周囲の人々は混乱し、恐怖に囚われたまま動けなかった。しかし、その混乱も束の間、他の神官たちが駆け寄ってきた。
「なんてことを!お前、神官を斬るなど罪深き者め!」
神官たちはラガスに向かって剣を振りかざし、彼を取り囲んだ。しかし、ラガスは動じることなく立ち向かった。
「私はこの男が勇者候補を傷つけたことを許せん!」
ラガスの声は力強く響き渡り、彼の眼差しは決然としていた。彼は自らの信念に基づき、勇者候補たちを守るために立ち上がったのだ。




