元聖堂騎士団長ラガス
ラガスが準備を整え訓練所へと向かうと野次馬たちが冷やかす声が聞こえてくる。
そこには、多くの観客が集まっていた。
その中には、当然アベルやモンティーヌの姿もあった。
二人は、真剣な表情でラガスのことを見ていた。
そして、ラガスの相手として選ばれた男も姿を現した。
その男は、背が高く筋肉質な体つきをしている。
顔立ちはとても整っており、まるでモデルのようだ。
髪の色は黒で、瞳の色も黒い。
(あれが、ザックスか。確か、年齢は二十歳って言ってたっけ?)
ラガスは、ザックスのことを知っている訳ではない。
だが、アベルの話によるとかなりの実力者らしい。
そんな彼と戦うのは少し緊張するが、そんなことは関係ない。
(俺の力を示す為の舞台としては最高じゃないか)
ザックスは、自分の強さに自信を持っていた。
そして、そんな自分を倒せる人間がいるはずがないと思っていた。
しかし、今目の前に立っている老人は違う。
明らかに強者のオーラを纏っている。
それに、見た目はただの老人にしか見えない。
(だが、油断はしない)
ザックスは、この場で自分が負ける筈がないと確信していた。
だが、それでも万が一ということはある。それを頭に入れながら、ラガスに向かって構えをとる。
それに対してラガスは、自然体のままだった。
その様子は、どこか余裕を感じさせるものだった。
(この爺さん、本当に強いのか?)
そう思ったが、直ぐに考えを改めた。
(いや、きっと強いんだろう。でも、それでも勝てる)
そう思いながらも、警戒を怠らない。
そんな二人の様子を、モンティーヌはハラハラしながら見守っている。
そして、アベルはラガスの実力を信じているので、心配はしていない。
ただ、自分の友人が勝つと信じて、じっと見つめている。
そして、審判役を務めるカインは、二人の様子を見てから試合開始の合図を出した。
それと同時に、ラガスは地面を思いっきり蹴った。
その速度は、常人では目で追うことができない程だった。
しかし、ザックスは動じることなく、冷静にラガスの動きを見極めた。
ラガスは、拳を振り上げようとした瞬間、右脚に重心を傾けた。
そして、ザックスに近づき右手に持っている剣に魔力を流し込み、そのまま横に薙ぎ払った。
その攻撃に対し、ザックスは咄嵯に後ろへ飛び回避するが回避しきれず、頬から血が流れた。
(なんて速さだ!!)
予想外の速さと、威力に驚いたが直ぐに気持ちを切り替える。
「どうした? まさかもう終わりじゃないだろう」
「あぁ、勿論だとも!!」
今度はザックスの方から仕掛けた。若いといっても現役の騎士団の副団長だけあって、動きには無駄が無い。
だが、それでもまだ遅い。
ラガスはザックスの攻撃を簡単に避け、掌底を放つ。
ザックスはギリギリ反応することができ、防御することができた。
だが、衝撃を殺すことはできず後ろに飛ばされてしまう。
(なんだ今の!? 掌底なのか!?)
スピードもそうだが、何よりあの一撃の重さが異常だった。
自分はそれなりに力がある方だと思っている。
なので、今まで多くの魔物を倒してきた。
しかし、目の前にいる老人からは自分よりも格上の相手だということを感じ取った。
だが、それはそれで構わない。
(上等じゃないか。それならこっちだって本気で行くまでだ!!!!)
それからもラガスの攻撃は続くが、ザックスは全て避けるか防ぐことに成功していた。
しかし、少しずつだがザックスの顔色が悪くなっていく。
その理由は、体力面ではなく精神面の疲労が大きいからだ。
ラガスは攻撃する時以外、殆どその場を動かず攻撃を仕掛けてくる。
なのにザックスは自分の方が息切れしているのだ。
だが、それでもザックスは諦めなかった。
そして、とうとうその時が来た。
ザックスの足がもつれてしまい、転んでしまった。
そこに、ラガスが容赦なく襲い掛かる。
振り下ろされた刃は……ザックスの首元ギリギリで止まった。
そこでようやく試合終了の声が出た。
観客たちは、大きな歓声を上げた。
ラガスは表情を変えることなく、手を差し伸べて立ち上がれるように促す。
ザックスは一瞬躊躇ったが、素直に手を取り立ち上がった。
そして二人は観客たちにお辞儀をし、闘技場から出た。
その後、ラガスはアベル達と合流し一緒に昼食を食べようと誘われたが断った。
理由は単純に疲れたので、ゆっくり休みたいと思ったからだった。
しかし、そんな理由で断るとは思っていなかったので、アベル達は困惑していた。
そんな彼らに、明日また会おうと言って別れた。
宿に戻ると、部屋の中にはモンティーヌがいた。
彼女はベッドの上で座っていたので、俺も向かい合うように座り、話を始めた。
「ラガス、あんたは手加減しまっくてたでしょ!」
何故か、モンティーヌに問い詰められている。
「わしが、本気出したら彼奴は死んどるぞい。」
彼は強い。おそらく、俺と同世代の中ではトップクラスに強い。
ただ、それだけだった。
もっと何か特別な才能を持っていると思っていたが……そうではなかった。
そのことに少しガッカリしたが、だからといって失望はしなかった。
寧ろ、好感を持てたぐらいだ。
それに、彼のような実力者と戦えたことは幸運と言えるかもしれない。
戦いを通して感じたことは……彼もレイモンドと同じ天才だということだ。
戦闘センスもそうだが、技術もかなりのレベルにある。
だが、それでもまだ足りない。
俺のレベルには届いてない。
まだまだ強くなる余地はある。
まぁ、それはこれから次第ってことだ。
「あんたが、何を考えているか知らないけど、ほどほどにしときなよ。」
どうやら顔に出ていたらしい。
確かに、程々にしておくべきだろう。
でも、それでも彼奴は強くなった方が良いと思うんじゃがな。
次の日の朝、別の宿に泊まっているレイモンドに会いに行こうとしたが、何やら得体の知れない集団が取り囲むかのように着いてくる。
面倒くさいと思いながらも、気にせず進むことにした。
すると、その集団の中から一人出てきた。
その男は、如何にもラガスを殺すという雰囲気を纏っている。
そして、その男の後ろには数十人の同じ格好をした男たちがいる。
その光景を見たラガスは、心の中でため息を吐いた。
(やっぱりこうなるのか……本当に鬱陶しい連中だ)
ただでさえ朝っぱらだというのに、更に気分を悪くさせてくれる。
そのせいか、自然と殺気が漏れてしまった。
ラガスが殺気が漏れたせいか、辺りが静かになる一部を除いて。
「おいおい、こんなジジィ相手にビビッてんのか? 情けねぇー」
「馬鹿野郎!! お前だって震えてるじゃねーか!!」
「うっせぇ!!俺は武者震いだ!!」
「うるさいわ!! 静かにせんい!!」
後ろの三人が小声で話し合っているのを聞いて、思わず怒鳴ってしまった。
だが、それが逆に良かったらしく、後ろのラガスは冷静になったようだ。
ラガスは後ろの三人の雑魚に感謝した。そして、目の前の男に対してどう対処するかを考える。
(さっきからずっと黙ったままだが…こやつ、強そうだ)
見た目からして、かなり鍛えていることが分かる。
実力は昨日のザックスよりも上だろう。
ザックスよりも冷静で。そして、ザックスよりも頭が回る。
(これは、厄介だのう)
ラガスは決して頭が悪い訳では無いが、目の前にいる男が持っている賢さは暗殺者としてのだ。
だからこそ、ラガスは慎重に動く必要がある。
しかし、ラガスもただ突っ込んでくるだけの猪突猛進タイプではない。
相手の出方を見て、自分の動きを決める。
まず、ラガスが仕掛けたのは、魔力を込めた拳による突きだった。
だが、それを簡単に避けられてしまう。
だが、それは予想通りであり、狙い通りの展開でもある。
ザックスの本命は、この一撃ではなく、次に来る蹴りだった。
ラガスが繰り出した蹴りは、相手の顎を狙ったものだった。
相手はそれを何とか腕で防ぐことに成功したが、衝撃を殺しきれず後ろに飛ばされてしまう。
ラガスは直ぐに追撃を仕掛けようとするが、仲間と思われる者たちがラガスの前に立ち塞がる。そして、ラガスは思った。
こいつらは、誰に雇われたんだと。正直、心当たりが多すぎて分からない。
ラガスは、自分が思っている以上に恨みを買っていると思っているからだ。
だが、今ここでそんなことを考えていても仕方が無い。
今は、目の前のことに集中するだけだ。
ラガスは改めて構え直し、再び攻撃を開始した。
ラガスは戦いながら、どうやって勝つかを必死に考えた。
しかし、その答えは一向に出てこない。
それどころか、段々と追い詰められていく一方だ。
ラガスは、戦いの最中に何度も疑問に思うことがあった。
それは、何故こいつらは自分を殺そうとしているのかということだ。
確かに自分は元騎士団長ではあるが、そこまで恨まれるようなことをしてきたかと、自分に問いかけるが、やはり思い当たる節がない。
ラガスは考えるのを止めて、戦うことに集中しようとしたが、それも無駄に終わった。
ラガスが考え事をしていた隙に、男はラガスの懐に入り込み、心臓目掛けてナイフを突き刺そうとした。
ラガスはギリギリのところで気づき、体を捻って避けた。
男は舌打ちをして、もう一度ラガスに攻撃を仕掛ける。
今度はラガスも避けるだけではなく、反撃に出た。
男の腹に向かって、強烈な回し蹴りを放った。
男は咄嵯の判断で両腕をクロスさせてガードしたが、ブーツの踵に仕込んだスパイクが見事に決まり、骨が折れる音が聞こえてきた。
ラガスは、これで勝負が決まったと思ったが……
なんと男は、痛みを感じていないかのように笑みを浮かべていた。
その表情を見た瞬間、ゾクッと背筋に悪寒が走った。
ラガスは急いで距離を取ろうとしたが、男の方が早かった。
ラガスの左腕を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
そして、右腕に持っていた短剣を振り下ろしたが、その刃がラガスの腕に届くことは無かった。
黄金色の煌めきが目の前を通りぬけ、男の手にあったはずの短剣が宙に浮かんでいた。
そして、次の刹那には男の首が胴体から離れてしまった。
ラガスは立ち上がり、男の後ろに立っていた人物を見る。
そこには、金毛の牡羊とアベルがいた。
ラガスはアベルに感謝の言葉を伝えようとした。
だが、その前にアベルはその場から去ってしまった。
ラガスは、アベルの行動に疑問を抱いたが、直ぐに頭の片隅に追いやった。
それよりも、もっと重要なことがある。
ラガスは先程まで戦っていた場所に視線を向けると、ラガスを取り囲んでいた集団は既に全滅しており、死体だけが残っていた。
(……これ程の実力者たちが、全員殺られているとはな)
ラガスは驚きを隠せなかった。
恐らく、全員がかなりの手練れであったはずだ。
それを、たった数分で皆殺しにしたのだ。
ラガスは、アベルの行動を訝しげに感じながらも、レイモンドの泊まっている宿屋へと辺りを警戒しながら向かった。
ラガスは宿の受付でレイモンドに伝言を残し、これからどうするのかを話し合う為に酒場に向かった。そこで、今回の襲撃について、ラガスとモンティーヌそしてダリウの3人で話し合いが行われた。
まず、誰がラガスを狙う依頼したのかだ。
だが、これは既に分かっている事だ。
この国で、貴族にあたる枢機卿の誰かだと。
しかし、証拠がないので問い詰めることは出来無い。
それに、もし問い詰めたとしても、シラを切るだろう。
そして、もう一つ分かった事がある。
それは、勇者が狙われているということだ。
この黒幕は、ラガスが元騎士だという事は知っている。
ただ、ラガスが現役だった頃を知っている者はいないので、正体までは知られていないだろうと思っていた。
しかし、それは大きな間違いだった。
黒幕はラガスの正体が元団長だということを知っていたのだ。
何故、黒幕がラガスが元騎士団長であることを知った理由は簡単だった。
それは、ザックスがラガスのことを話してしまったからだ。
ザックスはラガスが騎士団長を辞めた後も、何度か会っており、その時に自分の強さや功績を自慢気にラガスに語っていたのだ。
それを聞いた者が、枢機卿の一人にラガスが騎士団長だった時のことを教えた。そうすれば、ラガスの弱みや性格などを色々と調べられる。
だが、ラガスはそこまでショックを受けていなかった。
自分が元騎士であることは事実だし、隠したい過去でもない。
寧ろ、堂々と名乗れるぐらいだ。
だが、ラガスは怒りを覚えた。自分のことを勝手に広めたザックスに対してではなく、自分に恨みを抱いている者に対してだ。
そして、ラガスは決意を固めた。
必ず、黒幕を殺すと。
その日の夜、アベルからの使いがラガスのいる宿に天命の儀の日時を伝えるのだった




