忍び寄るオルバ
ミューラの放った精霊術は、何故か見当違いの方向へ飛んでいく。
マチルダに見えた何かと、男の顔に無数の皺が浮かび上がっていた。
(なるほどね。そういうことなのね)
ミューラは、襲ってくる相手は勇者や聖女が相当邪魔だと思い行動したと推論していた。しかし実際は違ったのだ。この男はただ、自分が助かりたいからミューラを襲っただけなのだ、主であるザルガネスにミューラ達を素材として献上する為に。
だがそれは悪手でしか無いことを彼は知らない。
何故なら、酒場から宿の自室まで鼻歌を歌いながらラガスが付いて来ていたからだ。そして今、目の前でミューラを殺そうとしている男がどうなっているのかもしっかりと見ている。
自分の命欲しさに、人を殺す。
それは別に悪いことでは無いし、仕方の無いことだと思っている。
ただ、ラガスはそういった自分勝手で他人の命を奪う奴等を絶対に許さない。
そして、その感情をぶつけるには絶好の機会だと思った。
男の身体に浮かんだ無数の赤い線。
それが一瞬にして増えていく。
それを見た男は恐怖を覚えて逃げようとするが、もう遅い。
ラガスは既に終わらせている。首元から血が大量に噴き出し、そのまま倒れた。
マチルダに見えた何かはそれを見て驚愕するが、直ぐに我を取り戻して攻撃を再開しようとする。
だが、既に遅かった。
今度は彼女の全身が真っ赤に染まり、膝をつく。
何が起きたのか理解出来ないまま、彼女は絶命してしまった様に思えた。
だが、まだ生きている。
心臓は動いているし、呼吸だってちゃんとしている。
ただし、脳みそは壊れてしまったかもしれない。
先程まではマチルダにしか見えなかったものが、今はハッキリと見える。
そして感じることが出来る。
ザルガネスによって造られた神徒の証の瞳に変化していく、白目の部分が黒く染まり紅い瞳孔を輝かせている。
その視線を受けただけで、本能的に解ってしまう。
目の前の存在こそが、オルバ種だということを、そして自分達では到底敵わない存在であるということを。
神徒という存在は、基本的に魔王と同格とされている。
そんな存在を相手に、たった一人で挑むなど自殺行為に等しい。
例え相手が新造神徒のオルバだったとしても、それは変わらないだろう。
しかしそれでも、逃げる訳にはいかない。仲間の為にも、ここで死ぬわけにはいかない。
そう思い立ち向かった瞬間、彼の意識は途絶えた。
「・・・・・・これで終わりか」
部屋の中で立っているのはラガスのみとなり、静寂に包まれた。
マチルダに化けていたオルバ種は確かに強かった。
わしじゃなければ殺られていた可能性は高いだろう。
けど、それだけだ。
結局こいつは最後まで何もしなかった。
戦いが始まってからもずっと、部屋の外で待機していただけだ。
だからこいつからは殆ど情報を得ることが出来なかった。
まぁ、少しぐらいなら得られたものはあるけどな。
まず一つ目、このマチルダに化けていたオルバ種がザルガネスに造られて新しい神徒だという事。
二つ目に、このマチルダに化けていたオルバ種はそこまで強くないという事。
三つ目は、オルバ種の固有能力は視界に映った相手の容姿を完全にコピーするという能力を持っているということ。
四つ目が、このオルバ種は恐らくザルガネスの指示を受けて動いていたという事。
五つ目が、これは推測だけど、ザルガネスはこのマチルダに化けていたオルバ種を造る過程で失敗作が出来てしまい、それを処分しようと思っていたら俺達がここに来たってところかな。
もしそうだとしたら、ちょっと可哀想だよな。
造られて直ぐに殺されそうになるなんてさ。
「おい、嬢ちゃん方やケガ人もいることぢゃし、近くの教会に行くぞい」
「分かりました。それと、一応確認しておきますが……そちらの方々を殺したのは貴方ですか?」
あ~~、やっぱりそうなるか。
そりゃこんな場所で人が死んでいたら、そういう結論になるよな。
「いいや、違うわい。そこに転がっている男に殺されたんじゃろう」
嘘は言っていない。
ただ、死体を作ったのが自分だとは言わないだけ。
わしがやったと言えば、確実に面倒事になるからな。
それに、わしはこいつらを絶対に許せない。
オルバ種かなにか知らんが気色の悪い見た目をしとるわ。
教会の中に入り、司祭に事情を説明する。
「ちとすまんが、オルバ種に襲われたケガ人を
連れて来たんじゃが、後オルバ腫の死体もぢゃ」
勿論殺したのがオルバ種なのもしっかりと伝える。
治癒術師の連中には感謝されたが、冒険者達には睨まれた。
特に女剣士の奴はかなり怒っておる。
気持ちは分かるが、あまり興奮するでないぞ。
治療を終えた後に、もう一度同じ説明をする。
今度はしっかりと聞いてくれたが、やはり納得はしていない様だ。
当然といえば当然だが、それで済ませるつもりはない。
オルバ種共は、絶対に許さん。
必ず報いを受けさせてやるぞい。
「ラガス、熱くなるのはいいのですが、
夜中なのでもう少し静かにお願いします」
司祭は、苦笑いをしながらラガスを注意した。
「悪かったぞい、じゃがのうオルバ種の
ことは早めにたのむぞい。」
その言葉を聞いたラガスは直ぐに頭を下げて謝る。
流石に迷惑を掛けている自覚はあるようだ。
だが、その表情には焦りが浮かんでいる。
「オルバ種の事は、冒険者に聖堂騎士団まで使いをお願いしますね」
司祭は仕方が無いと思い、話を進める。
ラガスが殺したオルバ種を含めなくても、オルバ種による被害が増加している。
既に何体か討伐されているものの、被害の数は減らないどころか増え続けている。それに、オルバ種にされている者達が、スラムに住んでいる者や、クラリオールに捕らわれていた者が多いのだ。
このままでは、近いうちに大きな争いが起きるかもしれない。そう思ったアンジェロは、すぐにでも動きたかった。
だが、神徒の狙いが何なのか解らなかった為、動けなかった。
そこで、ギルドマスターであるセフィリアに相談し、神徒の情報収集を頼んでいたりもした。
そしてその情報が今、ラガスが怪我をした聖女候補を、治療させる為に連れて来たことによって、ここに届いたのだった。その情報の中には、オルバ種がマチルダに化けていたという情報もあったので、直ぐに教皇に連絡をさせた。
そしてその結果、聖女達は直ぐに行動に移った。
神徒からの防衛は、聖堂騎士達に任せることにして、自分達はオルバ種の捜索に専念することにしたのだった。
ゴタゴタに巻き込まれてしまって、酔いの醒めたラガスは、警備隊詰所横の屋台で軽く安ワインを煽るように飲んだ。
「ああ、これは美味い」
自分に酔ったことなど、人生で数えるほどしかないラガスだが、今夜のワインは今まで味わったものの中でも、格別に美味かった。
(天命の儀まで、レイモンドの存在を誰にも気付かれてはならぬ)
今夜の行動は、ラガスにとっては、一種の賭けだった。
(レイモンドが、勇者に選ばれるのであれば、きっとわしらも安全に生活ができるはずだ)
ラガスが考える安全とは、自分の家族が危険に晒されないということ。
(そういえば、あいつらは元気にしているだろうか?)
ラガスが思い出したのは、自分がまだ十歳の少年の頃に出会った、三人の少女。
彼女たちも、今では立派な老女になっているだろう。
そんなことを思いながら、ラガスは宿のある通りを歩く。ふいに店のガラスに映る自分の顔を見る。そこには昔、神徒によって失った右眼隠す傷だらけの男の面影があった。
「……そうか、あいつらは、あの時死んだんじゃったな」
そう呟き、ラガスは宿に向かって再び歩き出す。
(わしは、まだ雪辱を果していない。ならば、もう一回だけチャンスが欲しい)ラガスは、心の中で強く願う。
「…………明日は、必ず勝つぞ」
ラガスは、誰に言うわけでもなく決意を口に出し、部屋に戻った。
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その頃、宿屋の一室で、二人の男が酒を飲んでいた。一人は、黒いローブを着た男。
もう一人は、金髪の髪を短く刈り込んだ男。
二人とも年齢は二十代半ばといったところだ。
黒髪の男は、酒を飲み干すと、おもむろに口を開く。
その口調は、とても軽薄なものだ。黒髪の男の名は、レイ・ブラッドベル。
もう一人の金髪の男は、ザックス・アルボー。
二人は、この世界において、知らない人はいないほどの有名人だ。
何故なら、彼らは過去に一度、神徒と戦ったことがあるからだ。
それも、圧倒的な力の差を見せつけられながらも、奇跡的に生還することができた。
しかし、それはあくまでも、過去の話。
今の彼らからは、当時の片鱗すら感じられない。
ザックスは、グラスに残った最後の一滴まで飲み干し、つぶやくように言った。
彼の声は、震えていた。
まるで、怯えているかのように。ザックスは、もう一度同じ言葉を吐く。
今度は、力強く。
その瞳には、確かな意思が込められていた。
そして、その言葉は、決して冗談などではない。
本気の言葉なのだ。
彼は、もう一度戦うことを決意したのだ。
今度は、神徒とではなく、人間と。
神徒は、確かに強大だ。
一人で一国を滅ぼすことができるほどに。
だが、神徒には弱点がある。
それを知っているからこそ、ザックスは再び戦おうと決めたのだ。
その弱点を突けば、勝機が見えるかもしれないと思ったから。
「……けど、あいつらに勝てるのか?」
レイは、自分の右腕に視線を向ける。
そこには、黒曜石に似たような色の刀が握られていた。その刃は鋭く研ぎ澄まされ、見るもの全てを魅了するほど美しい。だが、その美しさは同時に、恐怖をも与えてくる。
それほどまでに、禍々しい気配を放っているのだ。
レイはその腕を見つめながら、自問する。
(俺は、本当にあいつらと戦えるのか? いや、そもそも俺にあいつらと戦う資格はあるのか? いや、あるに決まっている。俺は、一度は負けた相手なのだからな)
そう思い、自らの左腕を見る。
そこには、酒の表面に映る自分に問う。
「けど、それが俺にやれるんだろうか」
レイは、そう呟く。
すると、酒の表面の自分は大きく笑った。
そして、はっきりとした声でこう答えた。
ーーお前が、弱いままでいいはずがないだろ! その一言が、レイの心に響いた。
そして、レイの表情が引き締まる。そして、覚悟を決めた表情で、自分の中の弱さを吐き出すように叫ぶ。
その叫び声は、夜の街へと消えていった。
翌朝、ラガス達は朝食を食べ終えると、直ぐに街の外れにある百人長屋へと向かった。そこで、モンティーヌに事情を話し、アベルからの情報が欲しい事を頼んだ。
すると彼女は、直ぐにアベルの元へ案内してくれた。
そこでラガスは、昨日のオルバ種との戦闘について報告をした。
そして、オルバ種の討伐依頼がギルドに出ていたことも伝えた。
アベルは、ラガスの報告を聞き、オルバ種の件に関しては納得したが、もう一つの情報に関して、疑問を抱いた。
何故なら、ラガス達が倒したオルバ種は、偽物とはいえマチルダの姿に化けていたという。
(マチルダが、オルバ種の変装に気付けなかったってことか?)
マチルダは、この世界で五本の指に入る実力者だ。
そんな彼女が気付かなかったということに、驚きを隠せなかった。
それに、ラガス達の戦い方についても気になった。
(戦い方は、かなり荒削りだったみたいだけど、それでも十分すぎるくらい強かった)
ラガス達の実力は、恐らくAランク冒険者と同等かそれ以上だ。
それを見抜けないほど、自分は落ちぶれてはいない。
そう思ったのだが、やはり違和感を感じずにはいられなかった。
そして、最後にラガスが怪我をしたという事を聞いて、ますます混乱してしまった。
(どういうことだ? ラガスは、一体何と戦っていたんだよ)
しかし、いくら考えても結論が出ないので、とりあえずはラガスが言っていたように、教皇に報告をすることに決めたそして、その日の昼頃。
教会本部で、ラガスとアベルは昼食をとっていた。
そして、聖女との面会の日時が決まったことを伝えられた。
ラガスは、すぐにでも会いたかったが、こちらにも都合があるので仕方ないと諦めた。
ただ、その時のアベルの顔はどこか嬉しそうな顔をしていた。
その理由は、分からない。
だが、なんとなくだが、自分がこれからどうなるのかを理解しているような気がした。
その日の夜。
ラガスは、いつも通り酒場で夕食をとった。
食事中は、他愛のない会話をして過ごした。
しかし、心の中ではずっと考えていた。
自分の目的の為には、どうしても必要なものがある。
それは、金だ。
金さえあれば、大抵のものは手に入る。
それは、権力も同じだ、だが権力には興味が無い。なので今回は必要無いだろう。
しかし、金を手に入れる為にはある程度の地位が必要だ。
それは、どんなものでもいいというわけではない。
ある程度の財力を持ち、発言力もある。
そして、自分より上の身分の者と繋がりがある。
そういった人物と、仲良くなりたいのだ。そして、今回のように面倒ごとが起きた時に、力を貸してくれる存在が必要なのだ。
その為には、まずは地位を手に入れなければならない。
そして、その方法も既に考えている。
後は、行動に移すだけだ。
翌日、朝から教会に向かい、教皇と対面した。
場所は、応接室のような部屋だ。
そこにラガスとアベル?が向かい合って座っている。
教皇カインと会うのは初めてだが、とても穏やかな雰囲気を持っていると感じた。
そして、目の前にいる人物は、間違いなく只者では無いと確信できるほどの威圧感を放っている。
これが、教会のトップなのかと思った。
だが、そんなことを考えている余裕などはない。
ラガスはすぐに要件を言った。内容は簡単だ。
自分の力を試してほしい。
それだけだ。
だが、その言葉の意味を理解できないほど、アベルは馬鹿ではない。
そして、彼が何をしようとしているのかを察することができた。
だからこそ、彼はその申し出を受け入れた。
ラガスの提案に、彼は笑顔で答えた。
ただし、条件として一つだけ条件を出された。
それは、全力を出すということだ。
相手が本気で挑んでくるのであれば、こちらもそれ相応の態度で応える必要がある。
それが、礼儀だからだ。
そう言われたので、ラガスは直ぐに了承した。それから直ぐに訓練場に移動した。




