ラガス
雪が舞う荒れた街道を1台の馬車が走っていた。
「この辺りは、本当に寒いのう」
御者台に座るラガスの口から白い息が漏れる。
「もうすぐ冬ですからね」
荷台から顔を出したレイモンドも同意する。
ふたりがいるのはダリウスから離れた北海沿いの漁村の近くだ。
ラガスは、若い頃はパイノーグ大教会皇国の聖堂騎士団の一員に選ばれるほどの腕前だった。
しかし現在は現役を引退し、自由気ままに旅をしながら暮らしている。
レイモンドは、ラガスが旅の最中に見つけた狩人で何を思ったか2ヶ月後にダリウスで行われるレイノス教主催の勇者選定の儀に参加するつもりなのだ。
そのためには、まずレイモンドとラガスはダリウスにたどり着かなければならない。
「なあ、レイ君」
「なんでしょうか」
「ぬしは、狩人としての力量はどの様なものだろう?」
「えっと…」
「まあ、ぬしのことだから、どれほどの力を持っていてもそれを隠していそうだがな」
「ラガス殿は、俺のことをよくご存じですね」
「ああ」
ラガスはレイモンドと見つけた時のことを思い出す。
レイモンドがまだ十歳にも満たない頃に見つけたのだ。
その時からレイモンドは狩人の才能があった。
だが、その才能があるにもかかわらず、狩人の技術や知識を学んでいなかった。
ただ、狩りが好きだというだけで日々を過ごしてきたのだ。
そしてそれは今も変わらない。
レイモンドにとっての狩人は、獲物を見つけて狩ることだけなのだ。
ラガスはその事を見抜き、自分と共に行動することで狩人としての技術を身に付けさせようと考えた。
(ぬしには悪いが、私が見込んだ男だ。絶対に強くなる)
レイモンドという男は、狩人として一流になる素質を持っていると確信している。
だからこそ、自分が持っている技術を全て教え込もうと決めた。
それに…………
(もし仮に、勇者として選ばれたとしても、今のぬしでは魔王を倒すことは不可能に近いだろうからな)
ラガスの表情からは、一切感情を読み取ることは出来ない。
しかしレイモンドにはラガスが何を考え、何を感じているのか解っていた。
そしてそれを口に出すことはしなかった。
何故なら、ラガスがそう考えているということは、自分も同じことを考えているということだからだ。
「そろそろ日が落ちますよ」
「うむ、今日はこの辺りで野営するとしよう」
レイモンドは馬を操りながら野営に適した場所を探す。
それから数時間後、野営の準備を終え夕食を食べ終えた二人は焚き火の前でくつろいで会話をしていた。
「ラガス殿は、これからどうするつもりですか?」
「わしか? わしはなぁ…………正直言って決めていない」
元々、自分は自由に生きようと決めていた。
なので、今後のことを深く考えていなかったのだ。
別にこのまま旅を続けても構わないと思っているのだが、それはそれで何か物足りないと感じてしまうかもしれない。
そんな思いもあるため、レイモンドと一緒に旅をするというのも悪くないと思っていたりもする。
だが、やはりまだ一緒に行動するというのは決めかねる部分もあったりする。
なので今は、とりあえずレイモンドの旅に同行しようと考えている。
ラガスの考えを聞いたレイモンドは少し驚いたような顔をした。
それも当然である。
これまで多くの人と出会ってきたが、自分の人生に付いて来ようとする者は一人も居なかった。
勿論、旅の途中で出会った人たちの中には何人かついて行きたいと言ってくれた人もいたが、それでもすぐに別れることになった。
なので今回も、長く続くことはないと考えていた。
それがまさか、自分よりもずっと年上の男性が自分の人生を共に歩もうとしているとは思わなかった。
「まあ、こればかりはぬしの気持ち次第だがな」
「はい!」
(ラガス殿と旅をするというのも面白いかもしれませんね)
レイモンドは、ラガスが旅を続ける意思があると知り、心の中で笑みを浮かべながら答える。
……しかし、そんなラガスの考えを知る由もなく、レイモンドは内心笑みを浮かべるだけだった。
◇◆◇
「うーん、今日は天気がいいな」
翌朝、日が昇ると同時にレイモンドは目を覚ました。
ラガスの横に寝そべりながら、朝日を浴びながら空を見上げる。そんなレイモンドを見たラガスは、まるで子供みたいだと微笑ましく思った。
その後、朝食を済ませた二人はダリウスに向かうために再び馬車を走らせた。
道中は特に問題が起きることなく進み続け、ついにダリウスに到着した。
ラガスたちはダリウスにある宿に泊まることにした。
その宿に泊まっている客の大半はレイノス教関係者だ。
(やはり、今回の天命の儀はレイノス教の主導の茶番に近いのう、子飼いの騎士を勇者として認めさせようとしているようだが……果たしてどうなることやら)
ラガスは、レイノス教幹部達の腐敗ぶりを再確認すると酒場に向かって行った。
レイモンドは部屋に戻るとベッドに横になり、ラガスが来るまで仮眠をとることにした。
そしてラガスが部屋に戻ってきた時には既に昼前だった。
「随分と早いお目覚めじゃな」
「おはようございます。」
「ああ、レイモンド君。起きて早々悪いが、わしはちょっと出てくるぞ」
「分かりました。では、俺はもう少しだけ休ませてもらいます」
「うむ、それが良いだろう」
そうしてラガスは再び外に出た。
レイモンドは窓から見える景色を見ながら、ラガスのことを思っていた。(ラガスさんの強さは、底が見えませんでしたからね。おそらく俺なんかより強いんでしょうけど……でも、本当に凄いな。俺みたいな人間にも優しく接してくれるし、それに俺の目的を聞いても馬鹿にするどころか、協力したいって言ってくれて……ラガスさんには感謝してもしきれない恩があるな。いつか必ずこの借りは返さないと……あっ!!)
そこまで考えると、あることを思い出した。
(そうだ! ラガスさんの目的を聞くのを忘れてた。ラガスさんがどんな人なのか、全く知らないままだ。……よしっ、決めた。ラガスさんの目的を達成したら、その時はちゃんとお礼を言いつつラガスさんの旅について行こう)
レイモンドは自分が強くなるための決意を固めた。
そして、ラガスはというと……
(さ~て、まずは情報集めから始めるかのう)
ラガスはダリウスの大通りを歩きながら情報屋を探していた。
しかし中々見つからず、気付けば裏路地に入ってしまった。
すると……
ガシャンッ!!! 突然大きな音が聞こえてきたので、そちらの方に行ってみるとそこには一人の男が五人の男に囲まれていた。
ラガスはその光景を見て一瞬で状況を理解した。
(はぁ……ったく、面倒事に巻き込まれるのは勘弁してほしいんだがなぁ。まっ、そういう訳にはいかないよな)
ラガスは気配を完全に消しながら、男たちの背後に回り込む。
そして一番後ろに居る男の肩に手を置いた。
いきなり背後に現れたラガスに驚き、男は振り返ろうとするが、それよりも早くラガスの手刀が首筋に入り、男は意識を失った。
他の四人は一斉に後ろを振り向いたが、ラガスは既に次の行動に移っていた。
手始めに近くにいた二人の顎先に掌打を放ち、脳震盪を起こす。
残りの二人は懐に飛び込んで腹パンを食らわせ、そのまま鳩尾を殴り続ける。
数分後、立っているのはラガス一人だけだった。
気絶した五人を壁際に寄せ、ラガスは倒れている男に近づく。
その男は吟遊詩人のようで、淡い輝きを放つ竪琴を所持しており、その弦は切れていた。
ラガスはしゃがみ込み、男の容態を確認する。
特に目立った外傷はなく、呼吸も安定していた。
ラガスは男を起こし、事情を聴くことにした。
あまりの出来事に男は青褪めている。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。助けて頂きありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
「それは、そうかもしれませんが、自分のような者に助太刀して頂き恐縮しております」
「気にしないで下さい。それより、あなたは何者なんですか?」
男はラガスの問いに答えずに、質問を返す。
「わしは、ラガスという年寄りじゃ!ちと探し物をしておるのじゃが、そなたに用があって来たわけじゃない。ただの偶然で、たまたま居合わせてしもうた」
「偶然ですか? なら、何故こんな所にいるのでしょうか?」
ラガスの言葉に疑問を感じた男は尋ねる。
しかし、ラガスは答えるつもりはなかった。
そもそも、ここにいる理由を話す義理はないと思っているからだ。
だが、このままでは話が進まないと思ったラガスは少しだけ話す。
といっても、大雑把な内容だが……
「昔馴染みの情報屋を探しておってのう、ダリウというんじゃが..吟遊詩人のぬしじゃったら分からんかのう?」
その言葉を聞いた瞬間、男の表情が変わった。
まさか自分の知り合いの名前が出てくるとは思わなかったのだ。
しかし、すぐに冷静になるとラガスに頭を下げた。
いきなり頭を下げられたので、ラガスは困惑してしまった。
顔を上げた男は真剣な眼差しを向けながら話し始める。
どうやらこの男、名はクリシュバナといい、ラガスが探しているダリウが切り盛りしている酒場で詩わしてもらっているらしい者であることを知った。
「ダリウがのう、酒場のオヤジとはのう。ちと冷やかしがてら行くかのう」
ラガスは笑いながらそう言った。
そしてクリシュバナを立ち上がらせ酒場へと案内させた。
ラガスとクリシュバナがダリウスにある酒を飲み屋に向かって歩いている時、クリシュバナはある疑問を抱いていた。
(……本当にこの人、何歳なんだ?)
見た目は50代後半にしか見えないが、
その身から漂う雰囲気が年齢を感じさせない。
しかし、喋り方はかなりの年配の感じがしてくる。
(いったい、幾つなんだろう……)
そんなことを考えていると、目的地に到着した。
店の前には客が並んでおり、繁盛していることが伺える。
列の後ろに並び、順番を待つこと数分、ようやくラガス達の番が回ってきた。
店に入るとカウンターにはダリウがおり、その隣には、モンティーヌが座っていた。
モンティーヌはラガスを見ると、ニヤリと笑った。
「久しぶりだね、ラガス」
「ああ、モンティーヌ」
ラガスは苦笑気味に答える。
すると、クリシュバナは二人のやり取りを見て、目を細めながら言った。
「もしかして、2人は、知り合いなのかい?」
モンティーヌは軽い感じで答える。
「そうね、もう20年振りぐらいかしら。こうして、顔を合わせるのは」
ラガスは軽く溜息をつく。
そして……
ダリウは奇妙な縁を感じながらも、ラガスに尋ねた。
一体今日は何をしに来たのか、と。
それに対してラガスは……
勇者について聞きたいことがあると言った。
ラガスの口から出てきた言葉を聞いて、ダリウは驚いた、というよりは戸惑ってしまった。
なぜなら、今の時代において最も興味を持たれている人物だからである。
それ故に、情報を集めている者もかなり多いはずだ。
しかし、その情報の中に自分が知り得る情報は無かった。
なので正直に知らないと答えた。
そしてラガスは質問を変えた。
魔王について何か知っていることはないか、と。
今度は答えられた。
というよりも、答えられる者がほとんどいないであろう情報だった。
それは、魔王が既に死んでいることを知っているかどうかということであった。
その答えに対してラガスは満足したように、口角を上げる。
しかし、ここで一つ問題が発生した。
ラガスは魔王が死んだことを知らなかったのだ。
そこで、ラガスはもう一度ダリウに尋ねようとした。
その時……
突然、ラガスの視界に白い文字が現れた。
そこにはこう書かれていた。
・魔王は死んだ そう書かれた文字を見たラガスは一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、直ぐに平静に戻った。
そして、改めてダリウ達に問う。
再び問われたダリウ達は、首を横に振った。
これ以上の情報は無いようだ。
ラガスは少し残念そうな表情を見せたが、次の質問に移った。
次の質問は、天命の儀とはどういうものなのか、ということだ。
これについては答えられなかった。
そもそも、説明できる者がいなかったからだ。
ラガスは予想通りの答えが返ってきて、納得したような顔をする。しかし、最後の質問に移る前にラガスは懐から銀貨を取り出し、カウンターに置いた。
これは情報提供料だと、ラガスは言った。
そして、最後にラガスは尋ねた。
神は存在すると思うか? この問いに、二人は答えることができなかった。
ただ、ラガスの眼光は二人を射抜くほど鋭かった。
ラガスは二人の返事を待たずに踵を返し、店を出た。
ラガスは店を出て、街を歩いていた。
先程までの鋭い目つきではなく、いつも通りに戻っていた。
ラガスは歩きながら、考えていた。あの二人が嘘をついているとは思えなかった。
ならば、やはり天命の儀とはそういうものだと認識しておくべきなのだろうか。
しかし、まだラガスには引っかかっていることがあった。
(……どうして、あんなタイミングで俺の前に表示されたんだ?)
もし仮に、あの場で勇者の情報を得ることができていたら、ラガスは確実にその情報を手に入れようとしていただろう。
だが、実際には手に入れることはできなかった。
だが、得られたかもしれない情報をみすみす逃してしまったことに後悔はない。
それよりも気になるのは、何故あの場面で自分に情報が提示されたのか、ということだ。
考えられる理由としては、自分にとって有益となる行動を取るように導くため。
もしくは、ただ単に偶然自分の求めている情報を持っていた、という可能性もある。
しかし、前者の可能性は低いと思っている。
まず、自分の考えを他人に伝えることはしない。
しかし、後者なら有り得ないことではない。
どちらにせよ、今考えても意味がないと思い、考えるのをやめる。
(さて、これからどうするか……とりあえず、宿に戻るか)
そう思いながら、ラガスは再び歩みを進めるのであった。




