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ファミレスによく出没する可愛すぎる女性

作者: 墨江夢

 自宅の近所にある、某ファミレスチェーン店。安い・早い・美味いが売りのこの店を、俺・北村広高(きたむらひろたか)は毎日のように利用している。


 一人暮らしで夕食を作るのが億劫だというのもあるが、一番の理由は、やはりこのファミレスの居心地が良いからで。

 従業員は皆仲が良いし、それ故にとても雰囲気が良い。

 店長の方針なのか常連を大切にするらしく、俺は従業員から「北さん」という愛称で呼ばれていた。


 今夜も俺は、いつも通りファミレスに入店する。

「いらっしゃいませ!」と、明るい声と笑顔で出迎えてくれるのはバイトの女子高生だ。


「北さん! 今日も来てくれたんですね!」

「俺の体の三分の一は、この店の料理で出来ているようなものだからな」

「アハハ! 何ですか、それ?」


 軽く会話をした後で、俺は毎日座っている席に向かう。

 厨房に最も近い、2人掛けの席。ここが俺の特等席なのだ。


 歩き始めたところで、バイト生が「北さん!」と俺を呼び止める、


「今日は別の席で良いですか? いつも北さんが座っている席には、先約がいまして……」

「そうなのか。別に、構わないよ」


 バイト生に案内されたのは、いつも座っている席の隣だった。

 腰掛ける直前、チラッと隣席を一瞥する。

 俺の特等席に座っていたのは……20歳前後の女性だった。


 思わず二度見してしまうくらいの美人だ。それにそこらのモデルなら尻尾を巻いて逃げ出すくらい、スタイルが良い。

 それだけでも十分注目を浴びるだろうけど、彼女に関してはそれ以上に目を見張るものがあった。


 ムシャムシャムシャムシャ…………。モグモグモグモグ…………。


 隣席の美女の辞書に、「食休み」という言葉はない。

 息継ぎをする猶予さえないくらいの勢いで、彼女はひたすら食事を続けていた。


 ステーキにパスタに、カレーにミネストローネに。様々なメニューの様々な皿が、美女の周りに重ねられている。

 これらの料理は一体彼女の細い体の、どこにいっているのだろうか?

 

「……隣の人、凄いな」


 呟くと、バイト生が「ですよね」と苦笑で返した。


「お陰で今日はかなりの売上になりそうです。……北さんも、対抗してみますか?」

「生憎俺はあんなに大食いじゃないんでな。……ナポリタンを頼む」

「かしこまりました!」


 ナポリタンを待っている間、俺は隣席の美女をさり気なく見ていた。


 ……しかし、本当に美味しそうに食べるよな。

 お腹に余裕さえあれば、ステーキやカレーも食べたいくらいだ。

 

 20分後。

 ナポリタンを食べ終えると、ようやく隣席の美女も食事を終えたようで。俺の前に、会計をしようとしていた。

 

「5万2000円になります」


 一人ファミレスで5万円も使うだなんて……そんな人間、初めて見た。

 俺が驚いて美女を見ていると、どういうわけか彼女はそれ以上に驚いていた。


 驚くと同時に、焦り始める。

「どうかしましたか?」とバイト生が尋ねると、美女は申し訳なさそうに答えるのだった。


「……お財布、忘れちゃいました」


 5万円もの料理を食べて、まさかの財布忘れ。営業スマイルを得意としているバイト生も、流石に唖然としていた。


「どうしたら良いですかね!?」

「えぇ……。私にそんなこと聞かれましても……」


 そりゃあ、困っちまうわな。


 気付くと俺の後ろにも数人並んでおり、会計待ちの列が出来てしまっている。

 バイト生も困り果てているし……仕方ない。ここは俺が一肌脱ぐとするか。


「あのー、すみません」


 俺は美女とバイト生の間に、割って入る。


「北さん。すみませ、お待たせしてしまって」

「いや、それは全然構わないんだけど。……彼女の食事代、俺が払いますよ」


 気持ちの良い食べっぷりを、あんなに近くで見せて貰ったんだ。これくらい親切をしても、バチは当たらないだろう。





 ファミレスを出るなり、美女は俺にお礼を言ってきた。


「本当にありがとうございました! えーと……北さん?」

「本名は北村だが……まぁ、北さんで良い」

「わかりました。あっ、私は佐々木(ささき)って言います」

「佐々木さんね。……家は近所なの? 電車賃とか、大丈夫?」

「徒歩圏内ですので、問題ありません」


 自宅の方向が同じだったこともあり、俺たちは途中まで一緒に帰ることにした。


「佐々木さん、よく食べるよね」

「はい! 私、何よりも美味しいものを食べるのが好きなんです! あのファミレスには初めて行きましたが、すぐにお気に入りになりました。じゅるり」

「おいおい。あれだけ食ったのに、まだ食欲があるのかよ?」

「美味しいもののことを考えると、食欲は自然と湧いてくるのです。コンビニで何か買って帰ろうかな?」

「お財布ないんじゃなかったっけ?」

「そうだった! あちゃー!」


「しまった」という感じで額をペシンと叩く佐々木さん。……うん、可愛い。

 

「佐々木さんって、好き嫌いとかあるのか? さっきの食べっぷりを見た感じだと、何でも食べられそうな気がするんだけど」

「失礼な! 私にだって、食べられないものくらいありますよ!」


 そうだよな。俺も焼き魚が苦手だし、佐々木さんにも同様に苦手なものくらいあるよな。

 そう思っていると、佐々木さんは徐ろにコンクリート塀を指差した。


「コンクリートとかは、流石に無理ですね……」

「いや、それは誰でも食べられないから」


「食べられない」ものって、あくまで好き嫌いの話であって、可能か不可能かの話ではない。


「アイスの棒程度だったら、ひと口くらいならなんとかアリかも」


 なしだよ。そんなことしたら、人として普通にアウトだよ。

 

 帰路の途中だったこともあり、結局俺は佐々木さんを自宅まで送り届けた。


「北さん、今日は本当にありがとうございました!」


 最後にもう一度お礼を言ってから、佐々木さんは自宅に入っていく。

 玄関ドアが閉まるやいなや、中から「あー! お腹減ったぁ!」という声が聞こえた気がしたのだが……うん、気のせいだよな。





 三日後の夜。

 今日も今日とてファミレスに足を運ぶと、俺の特等席が埋まっていた。


 特等席には、最新式掃除機も顔負けな吸引力で料理を平らげていく美女が一人。そう、佐々木さんだ。


 前は隣席に腰掛けたけど、今夜の俺は違う。なんたって、俺はもう佐々木さんの顔見知りなのだ。

「相席良いか?」。俺は佐々木さんに尋ねた。


「あっ、北さん! 先日はどうも!」

「何度目のお礼だよ。もういいって」

「そうですか。でしたら、ご馳走になります」

「いや、今日は出すつもりないから」


 毎度毎度5万円も支払ってられるか。安月給ナメんな。


「冗談ですよ。寧ろ今夜は、先日のお礼に私がご馳走します」

「本当か? それはありがたい」

「いえいえ。で、何と何と何と何にします?」


 ……俺はそんなに胃袋が大きくない。


 遠慮してあんまり安価なものを注文するのは、かえって失礼だ。俺はメニューの中では比較的高めのステーキを注文した。


「ここのステーキ、美味しいですよね。でも、前菜だけで良いんですか?」


 ステーキは前菜じゃねぇ。


「俺はお前程大食いじゃないんだよ」

「そうなんですね。……なんだか一人だけバクバク食べているのは、恥ずかしいです」


 佐々木さんは、何を今更と思うような羞恥心を口にする。

 心なしか、食べるペースが少し落ちたような気がした。


 他の何よりも、食べることが大好き。そう公言していた佐々木さんが、ほんの少しでも食事のペースを落とすなんて……違和感があるというか、なんだか寂しい気がした。

 だから俺は、そのことをそれとなく彼女に伝える。


「そうか? 美味しそうに食事している佐々木さんは、良いと思うぞ? 見てて気持ち良いっていうか、可愛いっていうか」

「可愛っ……」


 恐らくファミレスに来て初めて、佐々木さんは食事をする手を止めた。

 それどころか、持っていたフォークをテーブルの上に落とす。


「……佐々木さん?」

「いえ……何でもありません」


 佐々木の顔が赤いけど……そのペペロンチーノ、そんなに辛かったのかな?



 


 それから1ヶ月、佐々木さんはほとんど毎日ファミレスに来ていた。

 

 佐々木さんのいる時は、基本一緒に食事をしている。従業員もそのことを把握しているので、


「北さん、いらっしゃいませ! 佐々木さんなら、もう来てますよ!」


 何を言わずとも、佐々木さんの座る特等席に案内されるのだった。


 今夜の佐々木さんも、相変わらず豪快な食べっぷりだ。

 お腹いっぱい食べている佐々木さんは幸せで、それを見ている俺も幸せな気持ちになって、ついでに売上の増加するファミレスも幸せになる。

 まさにwin-winの関係だ。


 しかし今夜の佐々木さんは、いつもと違った。

 具体的に何が違うのかというと……彼女の周囲に積み重ねられている皿の数が、明らかに少ないのだ。


 体調でも悪いのだろうか? 俺は心配になる。


「なぁ、佐々木さん。どうかしたのか?」

「えっ? 何がですか?」

「いや、いつもよりその……食べる量が少ないと思って」

「…………そんなこと、ないですよ」


 ヒューヒューと、佐々木さんは明後日の方を向きながら口笛(音が出ていないけど)を吹く。

 ……怪しい。


 ジーッと、俺が佐々木さんを凝視していると、彼女は観念したように両手を上げた。


「……白状しますよ。そうです、私は意図的に食事の量をセーブしていました」

「何でそんなことを?」


 ダイエット……は、あり得ないな。佐々木さんのスタイルは抜群だし。


「だって……一般的に女の子は、いっぱい食べない方が可愛いって言うから」


 どうやら佐々木さんは、周囲の目を気にして大食いを封印していたようだ。


 ……いや、それは違うな。

 周囲の目を気にしているのなら、今までだってあんな膨大な量を食べたりしない筈だ。

 つまり気にしているのは、周囲ではなく俺の目。それって、つまり……


 俺は自分の顔が、熱を帯びるのを実感した。


 もし俺の希望的観測が合っていて、仮に佐々木さんが俺に好意を抱いてくれているのだとしたら……大食いをやめる必要なんて、どこにもない。

 その理由は、前にも一度言っている筈だ。


「俺はいっぱい食べている佐々木さんが大好きだよ」

「……本当ですか?」

「嘘だったら、こうやって毎晩一緒に食事していないって」


 俺からの言質を得た佐々木さんの顔が、パーッと明るくなる。

 そして今まで我慢していた分を取り戻すように、怒涛の勢いで注文し始めた。


 脇目も振らず食事を進める佐々木さんを見て、俺は微笑む。本当、美味しそうに食べるよな。


「でも、世界で一番食べることが好きな佐々木さんが、周りの目を気にするなんてな。正直意外だった」

「それは違いますよ」


 佐々木さんは食指の手を止めると、俺に微笑を返す。


「私が世界で一番、何よりも大好きなのは――北さんです」

 

 その年のクリスマス、佐々木さんに「プレゼントは何が良い?」と尋ねてみた。

 ホールケーキやローストチキンだと思っていた俺の予想は、見事に外れる。


「私、ペアのアクセサリーが欲しいです」


 本当、ファミレスによく出没する佐々木さんは、世界で一番可愛すぎる。

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