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スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「雪球」
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「雪球」(8)

 長い滑走路を高みから見下ろす建物は、エワイオ空軍基地の司令塔だ。


 司令塔のどこかには、広々とした応接室がしつらえられている。


 その薄暗い室内に、ふたつの人影があった。


 ふたりのうち片方の男は、年配で恰幅がいい。数多くの勲章が輝く制服は、彼が軍の高官であることを明らかにしている。


 アンドリュー・マイルズ大佐……


 彼がまだ〝人間だったころ〟の名前だ。ここエワイオ空軍基地の指揮官について、もう長い。


 応接室の窓からは、ロックとウォルターのやりとりしていた場所がよく見える。黒服の怪しい神父は一目散に去り、中年の刑事はひとり取り残された状態だ。マイルズ大佐の放った警備兵たちに、ウォルターはいまも身振り手振りで何事か弁解していた。


 マイルズ大佐の目に映る情報は、それだけではない。


 それは、この惑星の住人に見えるものとはやや違う。


 ウォルターの身長、体重、声の波形、心臓の鼓動のパターン、はてはその左脇に隠された警察仕様の拳銃の詳細等々を、マイルズ大佐は事細かに見透かしていた。サーコア市警察の記録を検索すると、捜査の手口は多少強引ではあるが、多くの難事件を解決へ導いた刑事の経歴までうかがい知れる。


 さらには、もうひとりの外敵についてだ。たったいまウォルターの束縛から脱し、丘の向こうへ消えた男……ロック・フォーリングのほうは、生半可ではない。異常な分析結果の数々は、洪水のごとくマイルズ大佐の視界を埋め尽くしている。


 なぜかまばたきひとつせず、マイルズ大佐は独白した。


「神経系統に編み込まれた高度な発電組織と、それを操る常識離れした身体構造……これらの情報が確かであれば、エージェント・フォーリングの能力は人類の限界をはるかに超えています。このような非現実的な人体の調整は、四半世紀前の戦争の時期にさえ見たことがありません。この技術は、絶滅したはずの〝呪力〟に酷似しています。これは少々厄介ですな、スコーピオン?」


「〝酷似〟ねえ。それはあれかい。あんたらアーモンドアイみたいに、不安定で不自然で不完全な代物、ってことか。あ、べつに嫌味じゃないからね。ぶっ飛んでるって言いたいだけさ、ロック・フォーリングが」


 くつくつ笑いながら答えたのは、マイルズ大佐の隣にたたずむスーツの人影だった。


 その〝スコーピオン〟という呼び名以上に、彼もあらゆる点でおかしい。


 この姿はなんだろう。痩せた手足と顔をまんべんなく覆うのは、真っ白な布切れだ。医療用の包帯と思われる。


 ハロウィンはまだ先のことだが、スコーピオンと呼称される人物は、どう見ても包帯人間だった。目に見えるだけでもここまで包帯だらけなのだから、スーツの中身はもっとぐるぐる巻きに違いない。大ヤケド? 変装? 趣味?


 それでも、素顔を隠す包帯の隙間、真ん丸な瞳は、いまも肉食獣のそれに似た好奇の光を漏らしている。マイルズ大佐と同じガラス張りの景色を眺めながら、包帯の怪人はたずねた。 


「特集情報捜査執行局の強化人間、ロック・フォーリング。今度のこいつは、どんな愉快な宴会芸を披露してくれる?」


「仮に組織ファイアの技術が完成されていた場合、理論上は単体で千メガジュールを超える電磁波の生成も可能です。ただ放出するだけならまだしも、エージェント・フォーリングの特異性はおそらく、展開した強磁場領域を、指向性を持たせてコントロールする点にあります」


「なるほどなるほど」


 ボブルヘッドのようにかくかく頷き、スコーピオンは言い放った。


「なんのことかチンプンカンプンだ。できたら地球語でよろしく♪」


「言うなればエージェント・フォーリングは人間サイズの電磁加速砲です。ふだんは大型の戦艦等に搭載されるはずのそれが、足を生やして歩いて走り、飛行機に乗って自動車まで運転する。驚異、の一言です。そして超小型とはいえ、ローレンツ力……レールガンの原理を応用すれば、拳銃一挺で我々の〝船〟を撃ち落とすことすらも容易いでしょう」


 機械的に説明するマイルズ大佐を横目に、スコーピオンは眉をひそめたようだった。


 しかし包帯のせいで、眉毛があるかどうかもわからない。スコーピオンの手は、これも包帯に包まれた喉を小刻みに叩いて振動させた。


「我々ハ、宇宙人ダ」


「いえ、スコーピオン。正確に言うとあなたは……」


「宇宙には週休二日ってもんがないのかい? あんた絶対、疲れてる。ここまでしても顔のスジひとつ動かさないとは。あれだろ? 三月七日の夜、UFOを射抜いて、その直線上の防壁にめり込んだ銃弾。あれも人間レールガンの仕業だな。見つかった半樹脂製の弾丸に、速度表皮効果の跡があったんでピンときたよ」


「そこまで知っていましたか。それでいてなお道化を貫くとは、やはり誇張ではないらしいですね。あなたが、人類史上まれに見る異常な〝裏切り者〟であるとの触れ込みは」


「おいおい、心外だな。俺はただ、他の連中とちょっとばかり発想が違うだけさ。ピエロ? サイコ野郎? そんなもんじゃ、人類の裏切り者なんざとても務まらねえ。じつはこう見えても、元科学者でね。あんたらアーモンドアイがそうやって、人間の皮を着るための手順だって知ってる」


 嘲笑げに、スコーピオンの唇は曲がった。


 それを見返すマイルズ大佐の瞳には、珍しく不快な色がある。吊り目(アーモンドアイ)……人類が地球外知的生命体を、たっぷりの差別と皮肉をこめて蔑称する呼び名だ。宇宙の知性そのものである彼らにも矜持の観念があるのか、あるいは、害虫と認める地球人の外観へ擬態することに嫌悪感を覚えているのか。


 そう。だれもがマイルズ大佐の姿形に見誤る彼の中身は、すでに全く別のものへ入れ替わっていた。より効率的に、アーモンドアイが人類の掃討を進めるための最新技術だ。それこそは、宇宙人の人体への寄生に他ならない。


 マイルズ大佐の殺気を、スコーピオンは手でなだめた。


「怒るな怒るなって。あんたとはいい飲み友達になれそうなんだ。街角に〝ベタートゥモロー〟っつう小洒落たバーがあってだな。知りたいだろ、俺が科学者を辞めたわけを?」


「のちほど。いまは邪魔者の処理が先決です」


「邪魔者、か。邪魔と言や今回もまた、ずいぶん大勢の人間をさらったもんだな。こないだの〝見ちまった〟カメラマンのフランク・ソロムコは別として、ヒノラ森林公園のまわりだけでも二十五人だっけ? 戦後最大ってやつじゃん♪ たかだか〝花〟一本、この基地に運ぶのを見られるのがそんなに恥ずかしいのかい?」


 花……その単語がスコーピオンの口からこぼれた途端、マイルズ大佐の目の色は変わった。


 本当に変わったのだ。瞳孔と白目をふくめて、すべてが塗り替わったではないか。あたかも眼窩に、タールを流し込んだかのような一面の漆黒にだ。


 光を照り返すこの暗黒の瞳こそが、彼らアーモンドアイのトレードマークだった。もはやマイルズ大佐は、ただの操り人形にしかすぎない。そんな不気味な眼差しにさえ小揺るぎもしないスコーピオンへ、マイルズ大佐は硬い声でつぶやいた。


「花……〝ダリオン〟のことをそう形容しますか。スコーピオン、やはりあなたは狂っている。花とは元来、土に根付いて風に揺れ、ただひっそりと人の目を潤す存在です。しかしアレは違う。合っているとすれば、ダリオンが、宇宙のあらゆる場所に絶滅をまき散らす種子であることぐらいです」


「だからいいんじゃねえかよ。どう考えたって俺は正常だし、花だって美しく見えてしょうがない。俺らの宿題である人類の滅亡の最中に、ぜんぶ終わったあとの静かな庭に、きっと綺麗に咲いてくれるさ。悲鳴と絶望と、食い破られた臓物を栄養源にして、な」


「研究用のダリオンが無事にこの基地へ到着したのも、我々があらかじめ輸送経路の人間を〝伐採〟しておいたおかげです。ヒノラ森林公園に差し掛かった帰還途中の船が、あの晩、エージェント・フォーリングと接触したのは計算外でしたが。それが運び込みの完了後だった分、よしとしましょう」


「よしとされる可哀想なあんたの部下たち、ご冥福をお祈りするぜ。なにせあのとき、俺の忠告も聞かず、ちょっかいを掛けちまったもんなァ。組織ファイアの捜査官がふたりも乗ったタクシーに。ん? そう言えば、UFOを操縦してたパイロットのひとりが生きてるって話はホントか? 地球での名前はたしか、バーニー・ジョンストン?」


 バーニー・ジョンストンだと?


 あの認識票ドッグタグに記された行方不明の軍人と同じ呼称なのは、偶然ではない。スコーピオンとマイルズ大佐は知っている。目障りな神父と刑事の話題の焦点が、いままでジョンストン少尉の焼死体にあったことを。


 続くマイルズ大佐の回答は、おそるべきものだった。


「本来であれば警察に潜入し、破壊工作をさせる計画でしたが、嬉しい誤算です。ついさっき強奪のうえ組織ファイアの施設に運び込まれたと、ジョンストン自身から報告がありました」


「じゃ、目覚めの合図はロック・フォーリングだな。あいつは必ず擬態したジョンストンに会いにいく。ところで大佐。いま言ってた〝伐採〟ってのは? ヒノラ森林公園でさらった人間のこと?」


「ええ。それぞれの個体差には手を焼きましたが、二十五名すべて、衣装としての調整は完了しています。あなたの言う、人間の皮を完璧に着こなした状態ですな。今夜にでもシェルター都市じゅうに解き放てます」


「ぎゃはは! パーティのニオイがするよ!」


 スコーピオンは興奮した。


 ふと気づけば、包帯まみれの指先には鋭い輝きが現れている。その名にふさわしく、精緻な毒サソリが彫刻されたナイフだ。手品のように空中でナイフを回転させるスコーピオンへ、マイルズ大佐は水を差した。


「ウォルター・ウィルソン警部には、どういった処置を?」


「う~ん、そうだなァ。人の格好をした兵隊は二十五人もいるけど、お巡りさんが入ったらもっと心強いねェ。よし、決めた!」


 瞬間的に、スコーピオンの片手はかき消えた。広い応接室のもっとも端で、小気味よい音が鳴る。音の鳴った方向を見もせず、スコーピオンは告げた。


「着ちゃえ、ありがたく♪」


 サソリのナイフが突き刺さった衝撃で、壁際の地球儀は大きく揺れていた。


 氷河期に覆われ、限りなく白一色に近い雪球が。

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