「雪明」(8)
圧倒的な集中砲火は、獲物のレストランを無残に彫刻していった。
「楽ちい! ホントに!」
大笑いするスコーピオンの口から、よだれが飛び散った。でたらめに回転しながら、44口径の回転式拳銃を撃つ。社交ダンスの姿勢で仰け反りつつ、もう一発。もとに戻って狂喜とともに撃つ、撃つ、撃つ。
一方、スコーピオンの周囲で閃光を放つ火器たちは、そんな短小ではない。人喰鮫を思わせる未来のデザインの重機関銃は、電柱を引っこ抜いてきたかのような巨大さだ。
撃つ、撃つ、撃ちまくる。
「ぎゃはははは!」
銃火を反射して、球状の巨体は小刻みに明滅していた。
射撃強化型ジュズ〝スペルヴィア〟の数は、合計で四体にものぼる。地球外の重火器がなだれを打って噴き出す排薬莢は、すでにジュズたちの足もとで山盛りだ。
足を大きく左右へ広げると、スコーピオンはだしぬけに片腕を天へ掲げた。決めポーズのまま頭上に絶叫する。
「ミュージック・チェンジ!」
スコーピオンの指示を受け、銃声は鮮やかに止まった。長くこだまする余韻の中、降参とばかりに道路へ跳ねたのはサービスエリアの看板だ。
よく示し合わせた動きで、ジュズたちの手は背後へ回った。これまた旋回した電話ボックスより大きな別の物体を、風鳴りとともに肩へかつぐ。
ミサイル砲だ。
空はよく晴れていた。
うまそうに葉巻の紫煙を吐き、合図したのはスコーピオンだ。
「愛しちゃいなさい♪」
スコーピオンの背後で、鋭い射出音は連続した。破壊の煙で真っ白になったレストランの廃墟へ、燃えるミサイルの輝き四発が蛇のように吸い込まれる。
レストランの中から響いたのは、なにかを弾き返す音だった。
次の瞬間には、ミサイルの数々はスコーピオンめがけて反転している。きっちり四発ぶんの後炎が、もと来た弾道を逆戻りしてこちらへ返ってきたのだ。
唖然とスコーピオンはつぶやいた。
「カサ貸して」
爆光……
激しい煙を突き破り、奇妙な包帯人間はどこかへ飛んでいった。ボロ雑巾のようにアスファルトを二転三転。大の字になって止まり、ようやく静かになる。さすがに死んだろうか。
「……!」
スコーピオンの悲劇を見守っていたジュズたちの視線は、急に戻された。
靴音が聞こえてきたのだ。
濃い霧の向こうから、何者かが歩いてくる。ガラスの破片を踏みしめ、悠然と。まさかこいつが、なんらかの方法で単独で、いまの砲撃を受け流したというのか。
渇いた金属音が鳴って初めて、ジェイスは立ち止まった。
見よ。まっすぐ前を向くジェイスの頭を、左右からジュズの銃口が狙って止めている。
間の抜けた拍手が響いた。手を叩くのは、仰向けに倒れたスコーピオンだ。
「一杯どうだい〝ファイア〟?」
ジュズたちに肩を借りて起き上がった包帯の姿は、すでに埃まみれだった。銃で脅されて直立不動のジェイスを目の当たりにし、もともと丸い瞳がなお剥き出しになる。
唇をにやつかせて、スコーピオンはささやいた。
「おいおい、思ったとおり、なつかしい顔じゃねえか。暗殺者のスティーブ・ジェイスと言やあ、裏業界じゃもはや伝説だぜ。昔にくたばったって聞いてたが、やっぱりタクシーを運転してたのは俺の見間違いじゃなかったな」
紳士の動きで、スコーピオンは襟に香水を振った。突然それを顔に吹きかけられたジュズは、迷惑げに首をそむけている。
スーツの汚れを払いつつ、スコーピオンは続けた。
「なんでも組織の捜査官になんか落ち着く前、デカい悪党の勢力いくつかを、たったひとりで〝暗殺〟しちゃったんだって? 金か? 女絡みかい? いずれにせよこっち側の人間さ、おまえは」
手首のスナップだけで、スコーピオンは44マグナムの輪胴を引き出した。
足もとに鈴音を散らしたのは、空薬莢のきらめきだ。新たな弾丸を一発ずつ弾倉へ込めながら、スコーピオンは凍結したジェイスにふらふらと近づいて告げた。
「じゃあ似た者同士、積もる話といこうや。まず、俺が暗殺者をやめた理由だが……おっとそれより」
持ち上げた銃口で、スコーピオンはジェイスの顎をゆっくり押した。撃鉄のあがる響きがこだまする。
「それより最近、バナンの廃墟から入荷した〝ダリオン〟の話がお好みかい?」
その単語が引き金だったらしい。
根元から千切れ飛んだ44マグナムの銃身を、スコーピオンはぽかんと眺めた。左右のジュズたちのぶんも合わせて計三つ、瞬間的な超高熱を浴びて焼き切られている。
鋭い音がした。炎の円を描いて一回転したジェイスの両手が、左右のジュズの胸部装甲を神速で貫いたのだ。手刀が通り抜けた背中から、ジュズの鮮血は赤く灼けた雨と化して道路を叩いた。必殺の貫手が引き抜かれるや、ジュズどもは道路に倒れて派手な炎上を遂げている。
残るジュズたちの重機関銃がひるがえった先、ジェイスは煙を引いて旋回した。重心を低く落とすや、右腕を思いきり後ろへ引き絞って構える。
ジェイスの右肘は、複雑な金属音を奏でた。ワイシャツの袖を裂いていきなり現れたロケットブースターが、荷電粒子の凄まじい業火を吐いたではないか。
エージェント・ジェイスもまた、闇の特務機関の強化人間なのだ。異星人に対抗するため、最先端の推進加速機構を人型に凝縮したのが彼の特殊能力に他ならない。
プラズマ燃料を全身に充填するその様相は、まさしく発射寸前のミサイルだった。驚きに口を開けたままのスコーピオンの表情も、火の粉の混じった陽炎に歪んでいる。
火炎に包まれたまま、ジェイスは答えた。
「聞こう」
双方向から、ジュズ二体の重機関銃は吼えた。
だが、特大の火線にえぐられた場所にジェイスの姿はない。代わりに残るのは、美しい紅蓮の足跡だけだ。
吹き飛ばされたジュズの背中は、もよりの壁に衝撃で深い亀裂をうがった。真っ赤な光芒を放つのは、その顔面を鷲掴みにして運んだジェイスの掌だ。砕かれた頭部を始点に煉獄の荷電粒子を流し込まれ、ジュズの巨体はたちまち火だるまと化して溶ける。
慌ててミサイル砲をもたげると、最後のジュズは銃爪を引いた。
そのときには、ジェイスという火の玉はジュズの眼前に現れている。正面に掲げた両の掌、さらには両足の膝を割って牙を剥いた追加のブースターを、炎のタクシードライバーは瞬時に逆噴射したのだ。しかしジェイスの猛加速の急接近より、ミサイルの発射は紙一重だけ素早い。
「!?」
ジュズは声なき悲鳴を漏らした。
ジェイスの手に挟まれて悔しげに悶えるのは、たったいま砲門を飛び出したばかりのミサイルだ。全身の推進装置から赤熱を羽広げ、そのまま回転。むりやりジェイスに進路を捻じ曲げられた爆弾の弾頭は、ジュズの額に触れた。
大爆発……
体のそこかしこから白煙をこぼし、ジェイスは道路をこすって着地した。




