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スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「雪明」
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「雪明」(5)

 風にさらわれた枯れ葉たちが、アスファルトを細かく引っ掻いていた。


 タクシーの助手席から、ジェイスにカップのコーヒーを手渡したのはネイだ。目覚ましのため、無糖を選んである。


 音もなくコーヒーをすすると、ネイは話を切り出した。


「アーモンドアイどもが〝人を着る〟事件……エワイオ空軍基地の追求も、ようやく一段落ついたと思った矢先だ。春夏秋冬、犯罪の種は収穫に困らん」


「…………」


 ハンドルに突っ伏したまま、ジェイスは無言だった。


 代わりに助手席のネイが、銀色の腕時計から空中へ広げたのは証拠品の画像だ。空軍基地の地球儀に突き刺さった状態で発見された悪趣味な毒サソリのナイフと、まだ一部にしか公開していない再生したての写真が数点ある。


 それらを一瞥し、ジェイスはつぶやいた。


「スコーピオン」


 軍の関係者とおぼしき面々のなんらかの取引の模様を、写真は克明に捉えていた。


 ひときわ異彩を放つのは、包帯にまんべんなく全身を覆った男だ。


 彼を最初に〝スコーピオン〟と呼んだのは誰だったろう。


 その存在が神々しいテロリストの代名詞に祭り上げられるまでに、時間はかからなかった。なにしろ異星人が絡むと考えられる事件を掘り下げれば、必ずと言っていいほどこの怪人の足跡が出てくる。まるで、パズルの欠片かなにかのように。


 はっきりしているのは、その未知のパズルはまだ穴だらけで、手がかりの欠片を残す行為を、スコーピオン自身が楽しんでいるということだ。このテロリストは間違いなく地球人の裏切り者の筆頭に位置し、異星人にシェルター都市の秘密を逐一知らせている。


 年齢不明、性別不明、出自不明、不明、不明、不明……ときおり今回のように撮影される包帯人間さえ、本当に以前のスコーピオンと同一人物なのかもわからない。謎と狂気をカクテルしたそのステータスは、むしろ闇の諜報機関〝ファイア〟の性質と似てすらいる。


 一方、写真の中、怪しいアタッシュケースをスコーピオンに手渡すのは、エワイオ空軍基地の高官だ。彼、アンドリュー・マイルズ大佐が、戦闘機の燃料漏れに起因する火災事故で殉職を遂げたニュースは、世間の記憶にも新しい。


 画像データをジェイスの腕時計へ転送し、ネイは険しい声で指摘した。


「問題はそれだ。人間に擬態した兵士たちが、後生大事に警護するそのケースの中身にある。フォーリングに撃墜される間際まで、UFOは経路上の人間を慎重に駆除しながらケースを運搬した。そんな扱いの代物が、ひと山数千万フールの麻薬や、小型の気象兵器等という甘っちょろい品とは考えにくい。導き出される最悪の想定はひとつ……それは〝ダリオン〟を運ぶ植木鉢だよ」


 ダリオン?


 その次の写真を見よ。


 遠目から明らかに、スコーピオンはカメラマンへVサインを送っているではないか。隠し撮りがばれたらしい。


 続く写真は、夜の草むらだった。カメラマンが逃げる途中、誤って撮影したのだ。


 だが次の写真では、スコーピオンがこちらに両手を広げた状態でどアップになった。最後はでたらめにシャッターを切ったらしき、ぶれた写真だけが連続している。


 一大スクープを求めてYNKニュース社から送り込まれた撮影者のフランク・ソロムコは、のちにエワイオ空軍基地の片隅で発見されることになった。放射性物質たっぷりの宇宙の業火にあぶられ、こんがり黒焦げのバーベキューの有様でだ。


 ネイは告げた。


「先だってバナンの廃墟で確認された爆発だが……エージェント・シヨ。マタドールシステム・タイプBの固有信号が途絶える寸前、やはり腕時計に自爆コードを打ち込んだ痕跡があったよ。残念だ」


 地獄の戦場からジェイスを逃がしたアンドロイドの女弁護士は、なんらかの事情で自爆した。


「…………」


 カップに満たされた漆黒の液体だけが、ジェイスの無表情を揺らしていた。結局、最後まで手がつけられずに終わるコーヒーだ。


「シヨの爆心地の近辺から、なにかの運び出された形跡がある」


 目頭を揉んで、ネイはささやいた。


「きみしか知らない極秘事項、生きたダリオンを何者かが回収したらしい。奇跡的に息を吹き返したダリオンも、きみたちの決死の行動によって全滅したはずだが……近いうちに組織は、ショの絶対領域ブラックボックスを探す捜索隊をバナンへ派遣する予定だ。彼女の倒したダリオンの量と、組織の把握するその個体数を一致させるためにな。そしてもしダリオンの回収が事実であれば、さっきの写真と符合して、生体はここサーコアに運び込まれた」


 助手席のシートに目を落とすと、ネイは微苦笑した。穏やかでいて、どこか諦めたような表情だ。


「ダリオンまでもが敵の手中に落ちたとすれば、人類にはもう打つ手がないのかもしれん……ところでこのタクシー、新車かね?」


 ネイの質問に、ジェイスは助手席側のドアを開くことで答えた。出ていけ、の合図だ。


 肩をすくめて、ネイはタクシーの戸口をくぐった。


「助かる。ちょうど本部に戻って、最近の私の主要業務……どこぞのダメ神父がしでかした始末書の山に、えんえん確認印を押す作業につこうと思っていたところだ」


 けたたましい笑い声が、スラム街の向こうからこだましたのはそのときだった。


「笑え笑え! おまえらも! ぎゃ~はははは!」


 常軌を逸した高笑いは、麻薬中毒者のそれかなにかだろう。ドラム缶の奥底にくすぶる熱源の炎を、垢じみた毛布にくるまって凝視する住所不特定者たちも顔をあげない。


 廃屋の隙間から見える空を、どこか憎々しげに睨みながらネイは悪態をついた。


「あの破戒僧が、珍しく始末書の提出期限を守った。真に神の啓示でも受信したか、私怨からくる嫌がらせか。引き続き、ジェイスよ。フォーリングの監視と、アーモンドアイの探索は頼んだぞ」


 唐突な銃声に、ネイはふたたび身を低めることになった。


「まさに西部劇の無法地帯だ」


 毒づいたネイが耳をすます先、やけに路地裏は騒々しい。


 かすかに響くのは、猛スピードのタイヤの擦過音だ。それを追うかのごとく、銃声は連続している。


「ならこれは、保安官けいさつの管轄だな。さて、ミミズの這ったような人間電磁加速砲の反省文の解読中、眼精疲労で失明するのが先か、判の押し過ぎで腱鞘炎になった腕がもげるのが先か……」


 ネイの愚痴の念仏は無視し、ジェイスはアイマスクで目を閉店した。


 道路の鳩が、いっせいに飛び立つ。そのあとにネイの姿はない。


 また銃声は轟いた。

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