#06-21 フサフサも正義。或いは好奇心と探求心の暴走
「で、ココですか?」
「ああ、何かおかしいか?」
コダンさんの案内でやって来たのは、一般人が泊まる質素な宿とは一線を画す、立派な店構えの高級ホテルだ。クラス的にはたぶん上の下ってとこかな。ロビーに居る人達はどの人も裕福そうだからね。
物々しい装備のコダンさんたちと全身ローブの私は、ぶっちゃけ浮きまくっている。
「あ、この子は大丈夫なんですか?」
「そのサイズなら問題無いはずだ。お気に入りのペットを連れてる客も結構いるしな。それにしても便利だな、その騎獣は……」
「キュッ!」
ちゃっかりトランクに乗っているカーバンクルがピッと手を挙げる。
便利っていうのは小動物サイズにもなれる――本当はこっちが素なんだけど――ことに関してね。休憩の時に小さくなったらコダンさんはギョッとして、シェットさんとティーニさんはカワイイとちやほやしてた。
姿を変える魔物は居ないことはないけど、高い魔力量と繊細な制御能力が必要だから、かなりレアらしい。大きさを変えるだけとは言え、カーバンクルが出来るというのは聞いたことがない――って、コダンさんは大層驚いていた。
まあこの子は私と一緒に旅をしたことで、かな~り特殊な成長をしたみたいだからね。模擬戦とかしてみる? ビックリすると思うよ。
なんてことを考えつつチェックインを待ってるんだけど……、なんかフロントで揉めてる?
やっぱり護衛装備ではドレスコードに引っかかって――じゃあないのか。どうも私の素性が怪しいから、ホテル側が渋ってるらしい。まあ貴族も泊まるクラスのホテルなら、セキュリティ上不審人物は止められないか。
――ここはアレだね。印籠を使う時かな?
目立つから止めた方がいいんじゃって? いやいや、折角あるんだから使ってみたいでしょ。未開地踏破ルートを通ったせいで、そういう機会が全く無かったからね。
という訳でスルッとコダンさんの隣へ。
フロントさんに声をかけて、コダンさんからはローブの影になるように隠しつつ、ミクワィア商会の身分証を見せる。
「――っ! これは失礼致しました」
フロントさんは深々とお辞儀をすると、態度を一変させて粛々とチェックイン手続きをしてくれた。
「レイナ殿、君は一体……」
「うーん、ちょっとコネがあるだけで、私自身はただの旅人ですよ」
というか、それはどっちかというと私の台詞でしょ。こんな高級宿に物騒な格好で入っても制止されることもなく、普通に泊まれるなんて、ねえ?
ま、詮索はしないよ。なんせ私たちは――以下略(笑)。
「――それにしても、旅をしているというのにレイナさんは髪も肌も綺麗ですね。羨ましいです」
「あぁっ、それ、私も気になってたんですよ! 王都の中央区でもなかなか見ないくらい、手入れが行き届いてますよねー」
そうかな? 肌のケアは日本から持ち込んだ化粧水と乳液、髪はシャンプーとコンディショナーを使ってるけど、どれも別に高級品じゃないんだけど。
ただ今、シェットさんとティーニさん二人と裸のお付き合い中。――なんて言うとちょっと色っぽい? ま、お風呂に来ただけです。
そう、流石は高級なお宿なだけあって、お風呂設備完備だったんだよね。
とは言っても日本の温泉宿の大浴場みたいに、大きな湯船にのんびり浸かるって感じじゃなくて、サウナがメインの施設ね。ちなみにシャワーもあるし、一〇人くらいは入れる浴槽(冷水と温水の二つ)もあるから、普通のお風呂としても利用できる。でも、大半の利用客はサウナがお目当てだ。
ちなみに私が取った部屋には、洗面所とトイレはあったけどシャワーは無かった。スイートだとサウナも含めてお風呂設備完備らしい。
それはさておき、石鹸・化粧品類も特殊スロットの機能で毎日増やしてるから、在庫に余裕はある。ちょっと分けてあげるくらい全然問題ない。
チラリ
二人の濡れてペタンコになってる耳と尻尾が目に入る。
ふむ、折角だから交換条件といこうじゃあありませんか!
その時、怜那の瞳に怪しい光が揺らめいたのを、シェットとティーニは目撃した――かもしれない(笑)。
「せっかくだから私の使ってる石鹸をちょっと使ってみますか? その代わり――」
「そう言えばシェットさん、昨夜の話をもうちょっと詳しく教えてもらえませんか?」
「昨夜……ふゃんっ! な、なんの……んっ! 話、でした……っけ?」
「幻の屋台がどうとかっていう」
「あ、ああ……ぁんっ! その話、ハァ……ハァ……、です、か……」
息も絶え絶えなシェットさんが、頑張って説明してくれた話によると。
半月ほど前、南西地区にとても美味しい料理を出す屋台が突如出現したらしい。毎日出店しているわけじゃなく、しかも出店すればすぐに売り切れ。結果的に営業時間がとても短い、幻の屋台として巷で話題になった。
話題になれば当然人が集まり、屋台街は大賑わい。周囲もその屋台に触発されて、調理法や値段で差別化を図る等の工夫を凝らし始め、瞬く間に屋台ブームとなった。
一方西地区はもともと王都の食文化の中心だったが、どちらかと言えば高級志向。いかに美味しいと言っても所詮は屋台――と当初はタカを括っていた。
しかし庶民ばかりか食の流行に敏感な人たちまでもが、徐々に南西地区の方に流れていく状況を深刻に見て方針を転換。安価なランチ営業を始めたり、若干お高めな屋台の営業を始めるなどの策を打ち出す。
「そんな、感じでっ……っ! 現在、あの界隈は、ひゃん! 大層賑わっている、そう、なんです……。はぁ……はぁ……っ! ふぅんっ!」
くてんと私の腕の中に倒れ込んで荒く熱い吐息を零すシェットさんを抱き上げて、長椅子の上にそっと横たえる。
――なんて言うと、何か色っぽい展開を想像しちゃったかな? 答えはノー! お風呂上りのシェットさんに、ドライヤー(魔法で再現)を掛けながらブラッシングしていただけだよ。
主に耳と尻尾を念入りにね!(キュピーン☆)
いや~、なかなか敏感に反応してくれるものだから、なんかちょっとイケナイ気分になるところだったよ。こう自分の中のドSな部分が目覚めそうというか――そういう感じ?
もちろん無理矢理ではありません。シャンプー類を分けてあげる対価として、耳と尻尾を含めたブラッシング権を貰ったからね。
ついでに言えば、先にカーバンクルにドライヤー&ブラッシングをして見せて、こんな風なんだけど大丈夫? って確認を取ってOKしてくれたから、十分な説明に基づく同意もバッチリ。二重の意味で問題無い。
え? そんなことを言ってる時点で、疚しい気持ちがあるんじゃないかって?
――うん、まあ、耳や尻尾にスルッと柔らかく手櫛を通すとか、ふかふかになった毛並みを撫でるように整えるとかはしたけど、何もおかしなことはない。
さてさて、お次は猫ちゃんの番ですねっ!(キュピーン★)
「そんな、待って、まだ心の準備が……。レイナさん、えっ……、あ……あ……、ダ、ダメッ……っ! ひゃぁ~~んっ!!」
…………
結論。尻尾も耳も良いものでした。それはもう、とってもね♪
念の為に補足です。
これは浮気ではありません。浮気では無いのです。大切な事なので――(以下略)。
あくまでも学術的な好奇心と探求心の発露であり、何も問題はありません。
――ただ、たぶん怜那から舞依に話すことはないでしょう(汗)。
これにて第六章本編は終了。閑話を二つ挟んで第七章となります。