#06-14 カーバンクル、馬車を牽く
――テッ テッ テッ テッ
竜酔蘭の洞窟を出てからはこれといったトラブルもなく、大峡谷地帯を無事通過し、今は再び街道を走っている。会頭さんのところで撮影した地図と地形を照らし合わせると、たぶんこの街道を進んで山を一つ越えれば王都に着くはず。
ちなみに酒酔い寝落ちドラゴンさん(語呂悪っ!)は、忘れずに元の場所へそっと戻しておきました。幸い目を覚まさなかったからバトルになることもなく、悠々洞窟を脱出できた。
寄り道の洞窟探検だったけど、収穫が多かったね。
――誰ですか? 空き巣みたいなんて言った人は? 先生怒らないから、ちょっと手を挙げなさい。
そもそも鱗や角なんかは捨ててあったものだし、竜酔蘭に至ってはただ自然に生育していたものなんだから、咎められるものでもないでしょ。ドラゴンさんも追っかけてこないし、問題は無い。無いったら無い。
――テッ テッ テッ テッ
で、その竜酔蘭だけどだいたい五〇株くらい確保しておいた。土魔法で水槽を作って洞窟の湖から水も汲んで、そこに浮かべた状態でトランクに入っている。
余談だけど、どうやら竜酔蘭は葉を根元から外して水に浮かべておくと、自然に根が生えて新しい株に育っていくみたい。湖にあった成長途中の小さい株を観察すると、そんな感じだった。なので、その推測が正しいか実験も進行中。なおドラゴンさんが意図的に葉をちぎっていたのかは不明。
それはさておき。一つ一つのサイズを考えると結構大量に確保したのには、ちゃんと理由がある。
蜜の確保? それもあります。
そもそも私が竜舌蘭の事を知ってたのは、例の自由研究を纏める時に、他のお酒の原料やら製法やらを調べたからなんだよね。
お米から日本酒。麦やサツマイモから焼酎。サトウキビから泡盛。モルトからウイスキー。トウモロコシからバーボン。ジャガイモからアクアビット。
他にもいろいろあったけど、竜舌蘭もその中の一つ。テキーラっていうメキシコのお酒の原料になる。
――テッ テッ テッ テッ
と、いうわけで。趣味の時間を使って作ってみました!
ただワイン以外の製法はあんまり詳しく調べなかったから、前にドラマで見たウイスキーの製法とほぼ同じにしてしまった。まあ同じ蒸留酒だし、大きく差は無い――よね?
トランクのスロット機能と錬金釜をフル活用して試行錯誤した結果、それらしいものが完成した。ただ蒸留酒だけあってかなりキツイ。香りや風味は良いんだけど、正直そのままで飲む気にはならないかな? この辺はいわゆる“酒呑み”と違うところだと思う。
なのでこのテキーラ(風の蒸留酒)はカクテルにして飲んでいる。生絞りグレープフルーツジュースで割って、そこに竜酔蘭の蜜を加えるとめっちゃ美味しい。
ただアルコール度は高めなのにさっぱりして飲み口が良いから、お酒に弱い人が調子に乗ってゴクゴク飲むと大変危険です。いわゆるレディーキラーの類ね。
カーバンクルもお気に入りで、夜はグラス一杯飲んでそのまま寝てしまうっていうのが、このところの習慣になっている。
「……それにしても」
「キュウ?」
「随分とおっきくなっちゃったねぇ……」
現在、街道を行く馬車モードのトランクはカーバンクルが牽いている。前に伸びた伸縮ハンドル部分を両手で持って走ってるから、馬車っていうより人力車っぽい。
そう、馬車を牽けるくらいに大きくなってしまったんだよね。
テキーラベースのカクテルを毎晩飲むようになって暫くしたある日の朝、いきなり大きくなったカーバンクルが居たものだから、あの時は本当にビックリした。まあ、魔力量と性質が変わってなかったから、この子であることはすぐに分かったんだけどね。
普通に立ってる時の身長が大体私と同じくらいで体型はそのままだから、ボリューム感が凄い。ふかふかの毛皮を全身でモフると、とても心地良い。オススメです。
ただこれ、普通に成長したってわけじゃなくて、一種の魔法――変身魔法なんだよね。だから元のサイズに戻ることもできる。というか、馬車を牽く時と戦闘時以外は小さい姿でいることが多い。たぶんそっちの方が“本来の姿”っていう自己認識なんだろうね。
ちなみに馬車を牽いてるのはあの子自身の希望です。なんか妙に気に入ったらしく、凄く楽しそうに鼻歌まじり――本当にフンフン歌ってる――で走っている。
私の方でも魔力を流せばスピードも上乗せされるし、それは良いんだけど、シュールさがさらに増したような気がするのは気のせい? 人間サイズのカーバンクルがこっちの世界で普通なのかが、境界線かな。
ところでなんで大きくなれるようになったか分かる? やっぱり竜酔蘭の蜜かテキーラが原因?
……じゃあないんだ。ん? そうでもない? え、どっちなの?
えーと、竜酔蘭と水に入ってる……魔力? ああ、ドラゴンの魔力! それを取り込んだことで変身魔法が使えるようになったと。なるほど。じゃあドラゴンも変身できるんだ。ドラゴンは……二足歩行? ああ、人型になれるんだ。へぇー、それは興味深い。
あっちに? 山? ああ、キミが住んでた故郷の事ね。そこに居た頃だったらダメ……、使えなかったと。まああの頃に比べれば、かなり魔法が上手くなってるからね。うん、ホントに。実際、空中ジャンプも一段なら出来るようになったでしょ。
でもそういうことなら私も変身魔法が使えるのかな? ……それは難しい、と。まあそうだろうと思った。
取り込んだドラゴンの魔力に対して、私自身の魔力が大きすぎるんだよね。だから魔法を習得する前に、性質が私の魔力に合わせて変化しちゃう。キミの場合はそうなる前に、晩酌でイイ感じに蓄積したんだろうね。
だったらドラゴンの魔力がなくなっちゃったら、変身できなくなるの? フムフム、なるほどなるほど。もう自分のものにしたから大丈夫。それは良かった。