#06-07 大峡谷地帯
「それはそうと……、キミもちょっとくらい景色を楽しんだら? 見ている内に慣れるかもしれないし」
プルプルプル ガタガタ……
あらら、ダメみたいね。バスケットの隅っこに小さく丸まって震えながら、小刻みに首を横に振っている。うん、カワイソカワイイ。
どうもこの子は気球がダメみたい。ただ高所恐怖症ってわけじゃないんだよね。高い木の上とか、崖の途中にトランクを魔法で固定させた時とかは別に何ともなかったからね。そもそも高原育ちだし。
たぶんこのふよふよ~っていう浮遊感、地に足が付いてない感覚がダメなんだと思う。山の展望台とか高層ビルとかタワーは大丈夫なのに、飛行機は苦手っていう人いるでしょ? きっとそういう感じ。
それにしてもどうしようかな? そろそろお昼なんだよね。お腹もすいてきたし、ご飯にしたいところなんだけど……
「お昼ご飯、食べられそう?」
ガタガタガタ…… コ、コク、コク プルプルプル……
あはは、そんなに震えてても一応頷くんだ。食い意地が張ってるね~。まあ、この子はそうでなきゃって思うけど、このまま気球でご飯は流石にちょっとね。
どこか着陸できるところは――っと。
バスケットの縁を掴んでちょっと身を乗り出し、降りられそうな手頃なポイントを探す。どうせなら水場と木がある場所がいいかな。ピクニック気分でご飯を食べれば、ちょっとは気分転換になるでしょ、きっと。
――ま、すぐにまた気球の旅になるんだけどね。
どーこーにーにーしーよーうーかーなー……。あ、良さげな場所発見。
階段状になっている山の段の一つで、小さな湖――というか池? いや、沼かな――があって湖畔には木々が生えている。大きな魔物の反応も無いし、条件にピッタリ。ちょっと狭いけど。
ちなみに湖の一部はその段の端から滝となって流れ落ちているんだけど、これは水が湧いてるってことなのかな? ついでにちょっと調べてみよう。
「ごちそうさまでした」「キュキュッ!」
チラッ チラッ
池のほとりでピクニック気分のお昼ご飯を食べたことで、回復したみたいだね。早速おねだりとは流石というかなんというか。
「ハイハイ。じゃあ収穫しといてねー」
トランクから果樹の鉢植えを取り出して並べると、カーバンクルはいそいそと木に登って果実の収穫作業を始める。
割と器用なことが分かってから、果実の収穫作業をカーバンクルに任せてみたら、これがなかなか丁寧な仕事をするんだよね。作業も速いし。
果物が好きみたいだったから、働かざる者食うべからずの精神で収穫を手伝いなさい――って、最初は半分冗談のつもりでやらせてみたんだけどね。妙なところで優秀だ。
ま、最初は調子に乗って食べ過ぎて動けなくなってたから、やっぱりアホっぽいところに変わりはない。それがこの子のアイデンティティー(笑)。
家庭果樹園の方はカーバンクルに任せて、私は一旦トランク内に引っ込んで精霊樹の方に魔力と水を注いでおく。
それにしても未だに芽が出ない。どうなってるのかな?
でも魔力は吸い続けてるしなぁ~。成長はしてるはず、たぶん。
ちなみに外に出さないのは植木鉢が大きすぎてスペースが無いから――ではなく、外界の影響を受けないトランク内で育てた方がいいような気がするから。なんというか外の魔力は雑多というか、混沌としているというか、ノイズが多いんだよね。
まあただの直感なんだけど、少なくとも芽が出て少し成長するくらいまではこのままで行こう。初志貫徹。今更方針転換っていうのもね。
よし。水と魔力遣りはお終いっと。収穫作業はどうなってるかな?
外に出るとカーバンクルはピロールの実を両手に持ってご満悦だった。収穫物は――うん、鉢の傍に積み上げてあるね。ちゃんと熟している実を選別して収穫しているし、本当に学習能力が高い。
コレって魔物全般に言えることなのかな? それともこの子が特殊な個体ってこと?
ああ、でもアンナさんたちの騎獣もかなり利口だったっけ。ってことは、やっぱり人と一緒に居ると自然に学習するってことなのかも? 興味深いね。
そんなことをつらつらと考えつつ、果実と鉢植えをトランクに収納する。
「さて、そろそろ出発したいところ……なんだけど、アレが気になるんだよね」
実はこの池、続きがある。気球から見下ろしてた時には分からなかったんだけど、壁(山肌)の一部が洞窟になってて池の先がその向こうに伸びている。とても緩やかだけど流れもあるから、池じゃなくて川の一部だったとも言えるかもしれない。
洞窟の天井はかなり低い。筏で行くとして普通に座ってたら、確実に頭をぶつける。
洞窟の先はたぶんどこか開けた場所に繋がってるはず。ちょっと気になる大きな魔力反応があるからね。日本に居た頃なら、軽い探検気分で行くのはちょっと危ないかなって(たぶん)考えるんだろうけど――
「筏モード」
大丈夫、問題無い! なにしろ私にはトランクがあるからね!
緩やかだけど流れはあるから、仮に洞窟の天井がめちゃくちゃ低くなってもトランクの中に入れば自然とここに戻って来れるはず。
「キミも空の旅より筏の方がまだましでしょ?」
グッと親指を立てた手を突き出す――のは良いけど、取り敢えずそのピロールは食べちゃいなさい。
では改めまして。洞窟探検と洒落込みましょうか。