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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第五章 暴走の爪痕>
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#05-17 閑話 やっちゃったのは誰だったのか?




 ――それは凄いことです。凄い爆弾発言です。


 もちろん怜那は「どんなことでもできる」などとは言っていません。


けれどできそうに思ったけれど実際には無理だった――なんて経験は、誰にでも何度もあるでしょう。当然、私にもあります。跳び箱にしてもできそうとは思うんですけれど(泣)。


 …………


 えー、私の話はさておき、ですね。


 つまるところ怜那はできるできないの見極めがとても正確だということです。自分の能力を正確に把握しているとも言えます。


 しかし厄介なことに、怜那はその“できそう”の範囲がとても広いのです。あまり怜那の事を知らない、もしくは良く思っていない人がこの発言を聞いたら、なんでもできると豪語していると取られかねません。


 私は慌てて能天気にニコニコしている怜那の肩を、両手でガシッと掴みました。


「怜那ちゃん、今言ったのは、私や家族の前以外では言っちゃダメだよ? 絶対だからね」


「えっ、なんで? っていうか、舞依ちゃんに言ったのが初めてだし、こんなこと言うタイミングなんてそうそう無いよぉ~」


 私が初めて、という言葉にドキンと胸が跳ねました。家族にも言っていないことを話してくれたのがとても嬉し――って、今はそういう場合ではありません。今後の為に、おざなりに流してしまう訳にはいかないのです。


「いいから、約束して」


「うぇっ!? ちょ、ちょっとどうしたの? いきなりそんな怖い顔して……」


「怜那。や・く・そ・く」


 しっかりと目を見て、有無を言わさないと言外に伝えます。


 怜那はピンと姿勢を正して大きく頷きました。


「分かったよ、約束する。……それでいい、舞依」


 怜那が右手を伸ばし小指を立てたので、指切りをして約束します。


 取り敢えず、これで一安心ですね。都合の悪いことを誤魔化したり、本当のことを言わないことはありますけれど、約束はちゃんと守る子ですから。


 ――そう言えばこの時からでしたね、私たちがお互いを呼び捨てにするようになったのは。







「はぁー、良かったわ、舞依がちゃんと釘を刺しておいてくれて。今まで努力してた人の横をスイッとしれっと抜き去っていっちゃうからね、怜那は」


「あれは……なんというか、近くで見てると唖然としてしまうからね」


「唖然っちゅうか、呆然? いや、愕然? ちょい悪い言い方になるけど、割と悪夢やで?」


 悪夢。――そうですね。小さい頃に怜那と仲良くなっていて、その特異さをそういうものだと呑み込んでいなかったら、受け入れがたいかもしれません。


「結果は想像できるけど……、一応オチは聞いとかないとね。結局、勝負はどうなったのよ?」


「勝負……だったのかは分かりませんけれど、一か月後に怜那は演技を披露していました。素人目には完璧でしたね」


「でしょうね。A君はご愁傷様。ナムナム……」


「せやな。かんじーざいぼーさつぎょーじんはんにゃーはーらーみーたー……」


 あの、鈴音さん、手を合わせるのはどうかと。久利栖くんも般若心経を唱えないで下さい。


「でもちょっと意外かな。いや、勝負に勝ったことじゃなくてね。あの怜那さんが一か月も掛けたってところが、なんだけど」


「あっ……」


「舞依?」「どしたん?」


「……実は、怜那は最初の一週間でほぼ習得してしまっていたんですけれど……」


 怜那は勝負を受けた翌週の体育で見せるつもりだったのですが、流石にこんなに短時間で習得したというのはA君に与える衝撃が大きすぎるだろうと思い、私が止めたのです。実際、一応できるようになったというだけで完成度は低かったのでそれを指摘すると、怜那も納得してくれました。


 ――もっとも、これが間違いだったのかもしれません。


 その結果、一か月後にはA君よりも高度な技を、それも高い完成度で披露することとなってしまったのですから。


「……やっちゃったわね」


「……まあ、やってしまったかもしれないけど、どちらにせよA君がショックを受ける結末は変わらないだろうね。酷な話だけど」


「……確かにやってもうた感はあるけど、そもそも論として怜那さんにケンカを売ったんが間違いやからなぁ」


「もう、三人揃って『やってしまった』なんて、言わなくてもいいじゃないですか……。私ももう少し上手なやり方が無かったかと、後になって反省したのですから」


「わははっ! すまんすまん。……せや、そもそも論と言えば、結局怜那さんは何を勘違いしとったん?」


「ああ、そう言えばそういう話だったっけ」


 私は鈴音さんと顔を見合わせます。鈴音さんは気付いているようですね。


「あら、分からなかったの? A君が好きだったのは怜那の方なのよ。そうでしょ?」


 鈴音さんの回答に、秀くんと久利栖くんが揃って何とも言えない――可哀想なものを見るような表情で溜息を吐きます。


「ええ、そうだったと思います。本人に確認したわけではありませんけれど……」


 怜那はその能力ゆえに無意識に他人の心を抉ることはありますけれど、自分に向けられる想いに対しては誠実です。それが例えばほとんど初対面の人であっても、告白されればきちんと向き合い――ハッキリと理由を言って断ります。


 ですからもしこの時A君の気持ちを勘違いしていなければ、この出来事は起きなかったと思います。もっともその場合は、私たちのストレスが地味に蓄積し続けたはずなので、それはそれでちょっと……というところですけれど。


「なんというか……、本当にご愁傷様としか言いようが無いね。ここで勝負が回避されたとしても、結局いつかは同じことになりそうなのが何とも……」


「せやなあ……。ま、アレや。初恋ってのは大抵、ほろ苦い想い出になるっちゅうこっちゃ(キメ顔)」


「ふーん? なら久利栖にも……いや、やっぱいいわ。どーせネコミミにシッポがどーのこーの言うんでしょうから」


「惜しい! 初恋はふさふさシッポの狼さんやねん。ネコミミは二人目やな」


「どっちでもいいわよ、そんなこと。……あっ、そうよ。マーリンネでは見かけなかったけど、王都には人が集まるだろうし獣人もきっといるわよね? コレを近づけて大丈夫かしら?」


 コスプレや映像ではない正真正銘本物の獣人さんを久利栖くんが目の当たりにしたら――ですか。ちょっと……、いいえ、かなり心配かもしれません。


「……事案になりそうな予感がしますね」


「ちょ、舞依さぁーん!?」


「でしょ? 事案はマズいわよね……。もういっそ、久利栖は食材調達要員としてこの辺りに居てもらうのはどうかしら? 野営道具も無駄にならないし、一石二鳥じゃない」


「名案だとは思うけど……、今後の事を考えれば、事案を避けるためにも早い内に慣れさせておくべきじゃないかな?」


「悩ましいところよねぇ。この世界に居る以上いつかは遭遇するだろうし、見慣れれば過剰な反応はなくなると思うんだけど……。その見慣れるまでのフォローが面倒なのよね」


「秀くんに羽交い絞めにして止めて貰う、とかでしょうか?」


「そうそう」「毎回それは面倒だなぁ……」


「……いや、だから、なんで俺が事案を起こす前提で話しとんねん」


 久利栖くんがガックリと肩を落として大きな溜息を吐きます。割と本気で落胆しているその様子に、私たちは思わず吹き出してしまいます。


 念の為に言っておきますけれど、そこまで信用がないわけではありませんよ?


 ただまあ、このくらい忠告しておけば安心だろうという、言わば保険というか予防措置みたいなものですね。


 ――そのつもり、だったのですけれど。


 少し後になって、私たちはもっとしっかりと釘を刺しておくべきだったと思い返すことになるのですが――この時の私たちは、知る由もありませんでした。




 ともあれ。こんな風にして、私たちの王都での生活が始まりました。








閑話はこれにて終了。次回から第六章となります。


次の章ではモフモフがようやく登場します。タグ詐欺ではないのですよ(笑)。


面白い、続きが気になるなど思って頂けましたら、評価・いいね・ブックマークなどして下さると作者のモチベーションが上がります!


では引き続き、よろしくお願いします。

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