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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第五章 暴走の爪痕>
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#05-06 気になるウワサ




 私とエルフさんの即席セッションはそれから数曲演奏して、なかなか盛況のうちに幕を閉じた。


「ありがとう! こんな場所で、こんな素敵なセッションが出来るなんて思っても無かったわ。コーウェン一座のリディよ」


「こちらこそ、とても楽しかったです。今は……ただの旅人の怜那です」


 演奏後にエルフさんと握手をして互いに自己紹介をする。立ち上がったリディさんは思ったよりも背が高くて、たぶん一八〇センチ近くある。スラリとしたスタイルでとてもカッコイイ。


 それにしても今更ながら、今の私って肩書がな~んにもない。学生でもなければどこかの組織に所属してるわけでもなく、どこかの国の国民ですらない。


 そう、私は根無し草(デラシネ)。ただの旅人。


 ――ちょっとカッコイイ? いや、中二病っぽいかな? うん、自称するのは止めておこう。


「旅人なの? 女の子が一人で?」


「ちょっと訳ありで仲間とはぐれてしまいまして、今は一人ですね。あっちは王都に向かっているはずなので、私も向かう途中です。リディさんたちは、ノウアイラですか?」


「そうよ。あの街は活気があって人が集まることで有名だからね。そこでひと稼ぎして、その後は海を渡ろうかって相談してるところ。ところであなたの楽器って――」


 リディさんは普段のパフォーマンスでは、大きい方のエルゼートと合わせて――その人は今、別の焚火でマジックを披露している――演奏しているらしいんだけど、低音のある演奏がいたく気に入ってしまったらしい。ちょっと興奮気味に楽器について詳しく訊いてきた。


 うーん、申し訳ない。答えられるものなら答えたいんだけど、残念ながらこれは買ったものじゃあないんですよ。っていうか、本当は楽器ですらない。


 なので、これは楽器的な機能も備えてる魔道具なのだと説明する。


 あ、そんなガッカリしないで。


 取り敢えず、楽器モードの元ネタであるチェロとコントラバスの音域とおおよそのサイズなんかを「故郷にはこんな感じの楽器があったんですよ~」と話すと、リディさんは低音の出せるエルゼートを特注するか、何か代わりの楽器を探すか、真剣に検討し始めた。


 特注……って、時間もお金もかかるんじゃ……?


 新しい曲やアレンジが次々と浮かんでくるんだからしょうがない? これは一座の為でもあるから必要経費と。なるほど?


「ってわけだから、ちょっと来て!」


「えっ!? って、一体どこへ?」


「決まってるじゃない。仲間に説明するには聞かせるのが一番でしょ?」


 あっ、なるほど! 経費捻出の為に説得材料が欲しいと。


 ま、焚きつけてしまった責任はあるから、そのくらいは協力しますか。演奏も楽しかったしね。







 野営地での夜は、そこで夜を明かすグループの護衛役から交代で見張りを立てるのがルールだ。人が集まってて比較的安全とは言っても、所詮それは抑止効果が期待できるっていう程度で、全員で“スヤァ~”なんてしたらあっと言う間に魔物や動物の胃袋の中だ。


 今回キャラバンにくっ付いてきてしまったけれど、私は一人旅の別グループだ。なので、ちゃんと見張りには参加します。私個人はテントに入れば絶対的な安全が確保できるから、見張りなんていらないんだけど……、郷に入ってはって言うしね。


 とはいえ、最近は探知魔法にも慣れてきて起きてる時は常時展開してるから、見張りといっても特にやることがない。一緒になった見張りの人には説明済みだから、結局焚火の周りで眠気覚ましの雑談をしている。ただし小声で。


「そう言えばベッティーさんたちは、ドゥズールから来たんですよね?」


「ええ、そうよ。……正直、あの街は稼ぐのには向いてないから、そんなに長居はしなかったけど」


 ベッティーさんはコーウェン一座の現リーダーで、三代目なのだとか。男前というか姉御肌のカッコいい女性で既婚者。パートナーも一座のメンバーで、一〇歳くらいの息子さんも一座のお手伝いをしているのを見かけた。


「リディさんの歌に“ドゥズールの勇者”っていう歌詞が出てきてちょっと気になったんですけど、あれって最近の話なんですか?」


 情報伝達の媒体が極めて少ないこの世界では、吟遊詩人が歌う時事ネタや噂話はある意味最新ニュースといってもいい。その歌詞に“勇者”だから、ねぇ。ちょ~っとイヤな予感がする。


「うん? ああ、ドゥズールで今一番熱い話題はそれよ。なんでも軍に入隊した新人がバンバン実績を積んで、それがお貴族様の目に留まって騎士に取り立てられたって話よ。若くして異例の出世を遂げたっていう、まあサクセスストーリーね。お陰で軍に入隊する若者が増えてるって話よ?」


 ちょっと補足すると、この国での軍は、魔物や危険な動物の駆除、警邏や犯罪者の取り締まり、災害時の救助活動、土木工事(インフラ整備)などなど、任務は多岐に渡り組織も相応に巨大だ。


 警察と自衛隊と消防・救急にゼネコンを全部合わせたようなものって考えれば、その大きさが分かると思う。


 一方、騎士っていうのは貴族が個人的に抱えている言わば私兵で、護衛と警備が主な任務。ただ雇い主である貴族の要望によっては、執事的・侍女的なポジションになったり、諜報活動に従事するようになったりもするとかしないとか。


 両者は全く別の組織で、特に上下関係とかは無い――ことになっている。


 ただ基本的に騎士の方が待遇は良いし、大規模な魔物の駆除作戦とかがあると軍は指揮を執る貴族の下に付き、場合によっては貴族の代理として騎士が軍を統率する形になるから、なんとな~く騎士の方を格上っぽく見る風潮はある。


 ついでに言えば、下級貴族の生まれで当主になれる可能性がほぼゼロの人にとって騎士は割と良い就職先なので、騎士には貴族――実質平民と変わらない生活をしていても制度上は一応――がそれなりに居る。


 そんな事情もあって、一般市民はなんとな~く騎士の方が軍よりも身分が高いイメージを持っている。


「でも軍の兵士が騎士に取り立てられただけで、どうして勇者なんて話になるんですかね?」


「私もそれを疑問に思って訊いてみたのよ、ドゥズールの宿でね。そしたら当の本人たちが勇者パーティーを自称したんですって」


「えぇ!? 自称したんですか? 勇者って?」


 アホなの? バカなの?


 ギョッとする私の反応が気に入ったのか、ベッティーさんが豪快に笑い――そうになって口を押え、肩を震わせる。夜の見張り中だからね。あまり大きな声は出せないのです。


「くっくっく……。ハァ~、苦しかった。いやぁ、私も子供じゃあるまいし、勇者は無いでしょうって呆れたわ。でもね、もっと詳しく聞いてみたら、何でも酒の席の話で、彼らのグループは幼馴染で子供の頃にそういうごっこ遊びをしたこともある……みたいな話だったそうよ。その後、とんとん拍子に出世して騎士になったものだから、勇者っていう言葉が独り歩きして定着しちゃったのね」


「……なるほど。そういう話でしたか」








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