#05-05 野営地の夜
日が傾いてきて明かりが欲しくなってきた頃、野営地にはワガリー商会の他にも二つのキャラバンが入り結構賑やかになっていた。
あちこちで焚火が灯り、それぞれで夕食の準備を始めている。見た感じ、乗合馬車の乗客もそうみたい。食事つきの旅行ツアーじゃないもんね。あ~、でも商会の人から食材を受け取ってる人もいるから、運賃とは別料金で食材を買えるのかも。
私のメニューは魚介と野菜たっぷりのクリームシチューとパン、食後にフルーツ。ちなみにシチューは旅の途中で大きな鍋に作り置きしておいたもので、トマトベースのスープとカレーの鍋もある。
一人の時は気分転換兼暇つぶしに料理ってのも良いんだけど、こう人が多いと周りの視線がちょっと面倒だからね。
アンナさんたちが夕食をご馳走すると誘ってくれたけど、それは丁重にお断りした。ある程度の余裕をもって食料を積んでいるんだろうけど、こっちは事実上無限に近い食料を抱えている。それでご馳走して貰うのは、ちょっとばかり後ろめたい。
夕食を終えたらあちこちの焚火にお邪魔して、フルーツとかを手土産に情報収集をするのが、私流野営地での過ごし方だ。一般人の旅人や商人の話もいろいろとためになる。異世界転移のしおりには、最新情報やソース不明の怪しげな噂話の類は載ってないからね。
あ、野営地以外での夜は趣味の時間ね。料理をしたり、楽器(モードのトランク)を弾いたり、のんびり星空を眺めたり、お酒を造ったり飲んだり、魔法や神代言語の研究をしたりと、お一人様でも結構楽しく過ごしている。
ルーティーン的には情報収集――なんだけど、しか~し! 今回は違うのです! なぜならノウアイラに向かうキャラバンに吟遊詩人がいたから!
正確には吟遊詩人も含む大道芸人のグループ――旅芸人の一座って感じなのかな? 手品とかジャグリングとかのパフォーマンスをする人たちもいて、その中の一人が吟遊詩人だった。
と、いうわけで。その吟遊詩人さんの居る焚火にお邪魔しましょう。
ちなみに他のパフォーマーの人達も、それぞれ違う焚火で技を披露している。ちゃんとした舞台って感じじゃなくて、普段の練習を兼ねてっていうつもりなんだろうね。雑談を交えたりして楽しそうだ。
同じようにこの焚火も結構賑やかだ。たぶんそういう曲を選んでるんだろう。集まった人たちも手拍子をしたり口ずさんだりしている。
吟遊詩人さんは澄んだ伸びのある美声で、日本に居た頃でもこの歌声が街で聞こえて来たら、私は思わず声を辿って行ってしまうと思う。それくらい魅力的だ。ただそれよりも今はもっと気になることがある。
この人、エルフだ。
エルフと言えば「ファンタジー的種族は?」って聞かれたら、間違いなく一番目か二番目に挙げられるであろう種族。ちなみにもう一つはドワーフね。連勝複式で一番人気間違いなし!
長い耳、ストレートでロングの金髪、シュッとした美形、スラリとした長身、ささやかな膨らみの胸(ココ重要!)とイメージ通りの正統派エルフさんだ。どすこい体型や巨乳・爆乳・魔乳のエルフは、やっぱりなんか違うよね。勝手なイメージだから、この世界で生きているエルフには申し訳ないけど。
そして今まで出会った誰よりも魔力が高い。エルフのイメージ通りだね。外見は細いけど、この魔力を身体強化に回せばかなりのパワーが出そう。
ちなみに楽器はエルゼートをピチカートで弾いている。イメージ的には竪琴だったりすると完璧だったから、そこはちょっと残念かな。ま、修理や交換の事を考えると、ポピュラーな楽器の方がいいからね。
――おっと、思わずビジュアルばっかり注目しちゃったから、ちゃんと曲を聞かないと。
♪~~ ♪~~♪~~~~
うん、すごくいい。やっぱり声が綺麗だし、発音も聞き取り易くて歌詞がちゃんと頭に入ってくる。歌というよりは音階の付いた朗読、みたいな曲もあるから発音は重要な要素だ。
――日本には奇妙で奇怪な発音で、何言ってるか分からない人とかいるからね~。そういう(自称)アーティストには見習ってほしいものだよ。歌詞が分からないんじゃ、歌を歌う意味が分からん。
それはさておき。
う~ん……
歌はとっても良いんだけど、なんかちょっとだけ物足りない。実はミクワィア家でも感じてたことで、ずっと考えてたんだよね。なんだろう、これ?
…………
あっ、そうか。低音が無いんだ。
どうもこっち(この国?)の音楽は基本エルゼートで演奏することが前提らしく、当然音域もそれに合わせている。だから私の感覚だと、どっちかというと高音に偏りがちに聞こえてしまうんだろうね。
ちなみにミクワィア家でもピアノやそれに類する楽器は見なかった。木琴のような打楽器はあったけど。この世界では鍵盤楽器はまだ開発されてないのかな? 私たちのグループは何気に全員ピアノが弾けるから、ちょっと残念。
――で、飛び入り参加はオッケーかな?
うん、大丈夫だろう。練習を兼ねた余興みたいだし、手拍子とかもあるしね。
トランクを楽器モードに変形。サイズはコントラバスで。この楽器は調律いらずの優れモノなので、こういう時すごく便利だ。やっぱりビミョ~に釈然としないけど。
歌が一区切りして間奏に入った自然なタイミングで、ベース音を滑り込ませる。
あくまでもエルフさんの演奏を引き立てるように。エルゼートの繊細な音を下支えするように。
こっちの世界の曲は割とシンプルというか、コード進行が素直というか、あまり変則的なことはやらない。だから私にもこういう飛び入り参加が出来るってわけね。
エルフさんが目を見開いてこちらを見つめているので軽く会釈を返すと、彼女はニコリと微笑んだ。
くっ、ま、眩しい! 美人エルフさんの無邪気な微笑みは破壊力抜群だ!
――なんて、見惚れてる場合じゃあない。演奏に集中、集中。
自分で言うのもなんだけど、やっぱりベース音があるとやっぱり演奏に厚みが出る。コーラスとかアカペラとかでも男声の、特に最低音パートがあると全然違うからね。