#04-19 閑話 方針決定!
アクティブな怜那と一緒に遊ぶために少しずつ運動も頑張るようになって、小学校を卒業するころにはすっかり健康にもなりました。もっとも、体力は付いても運動神経は人並みよりちょっと下くらいにしかなりませんでしたけれど。
そんな少々残念な運動神経の私ですけれど、乗馬は結構好きな部類です。なので今はとても楽しいです。サラブレッドよりも大きいのでいつもより視線が高く、遠くまで見渡せますね。
あ……。昔の事を思い出している間に、数頭の騎獣が私たちと並走していました。この子の兄妹でしょうか? 競争をしているというより、遊んでいるという感じですね。日本ではこういうことは無かったので、初めての経験です。
広い放し飼いのスペースを大きく回って満足した私は、騎獣を促して鈴音さんたちが待つ地点まで戻りました。
「ただ今戻りました。……どうかしましたか?」
騎獣から降りて皆さんと合流すると、何故か三人揃ってポカンとした表情で私を見ています。どうしたのでしょう?
「えっと……、何て言うか、凄いなって……。ねえ?」
「あ、ああ。乗馬経験があるとは聞いてたけど、てっきり……。あ、いや、でも考えてみれば、怜那さんと一番長く一緒に居るのは舞依さんだった。基準が……」
「せやったなあ~。あの怜那さんと馬乗って遊べるっちゅうことは、お嬢様らしく横乗りでのんびりパカラパカラなわけないわな」
一応、褒められているということでしょうか? どうやら乗馬といっても、ちょっと歩かせるくらいだと思われていたようですね。
それほどスピードを出してはいないと思うのですけれど……?
「ええと、ありがとうございます? ……乗ってみた感想ですけれど、よく躾けられていて、気性の穏やかなとてもいい子でした。馭者の経験はありませんけれど、ここの子たちなら、ちゃんと言うことを聞いてくれると思いますよ?」
「なるほど。……いろいろ情報も仕入れたし、今日のところは一旦戻って改めて検討しようか」
私が乗馬を楽しんでいる間に集めた情報によると。
「買わずに済ますって方法があるとはね。……いや、ファンタジーのお約束的には、むしろあって当然なのか」
「せやなぁ。なんにせよ三〇〇万円がタダになるっちゅうんは魅力的やな」
女将さんや街で聞いた話から騎獣は牧場で買うしかないものと、私たちは思い込んでいましたけれど、野生の魔物を捕獲して飼い慣らすという方法もあったのです。
軍や騎士の実力者は、自分で相棒となる騎獣を捕獲して来るのだそうです。噂では自分で魔物を騎獣として従えることが出来て初めて、一流の仲間入りなのだとか。
余談ですが、貴族がメンツというか見栄とハッタリの為に、珍しい魔物を捕獲するという事もあるそうです。これには愛玩用も含まれ、ハムスターのような小型のものでも一応騎獣と呼ばれます。
「ちょっと気になるんは、この世界にはテイムスキルなんて無いやろ? それで魔物を従えるなんて、ホンマに大丈夫なん?」
「まあゲーム的な意味で完璧にテイミング出来るなら安心だけどね。でも向こうで犬を飼ってる場合でも、何かの拍子に噛みつかれることだってあるんだから、そういうリスクは動物を飼う以上は少なからずあるさ」
なおテイムスキルとは、動物やモンスターを支配下に置いて使役する技術の事であり、これを専門に行う職業をテイマーという。――以上、久利栖くんの解説でした。
あれですね。モンスターにボールを投げつけて捕獲すると仲間になって、自分の代わりに戦ってもらえるという……。
え? ちょっと違うけど似たようなもの? それはトレーナーであってテイマーやない?
……ゲームもいろいろ種類があって複雑なんですね。奥が深いです。
「あ、ですが他者の行動を制約する魔法も存在するみたいですから、それを応用すればあるいは魔物を従えることもできるのではないでしょうか?」
「えっ!? そんな事教科書に載ってたっけ?」
「教科書の記述ではなくて、落書きというか……走り書きです。講義のこぼれ話を書き留めていたようですね。かなり高度な魔法のようですけれど」
「でも可能性はあるっちゅうことやろ? モンスターテイマー……。夢が広がるなぁ」
「確かに。ドラゴンライダー……、いや地竜に馬車を引かせるのもアリかな?」
秀くんと久利栖くんがまだ見ぬ騎獣に思いを馳せているようです。目をキラキラさせて、男子はこういうところがちょっと子供っぽいというか可愛いですよね。
――怜那の場合は、思いを馳せる間もなく行動に移してしまいますから注意が必要です。時々自前のブレーキが故障していることもありますし。
「ハイハイ、夢は寝た後に見ればいいから現実の話をしましょ。……で、結局どうするのよ?」
鈴音さんが手を叩いて逸れた話を中断させ、結論を出すように促します。
私たちの視線を受けた秀くんが、少し考えた後で口を開きました。
「僕個人としては、この街での購入は一旦見送りたいと思ってる……んだけど、正直絶対そうしなきゃいけない理由は無いんだよね。だから多数決にしようか」
「あら珍しい。優柔不断はお爺様に指導されちゃうんじゃないかしら?」
鈴音さんがニヤリと笑ってからかうと、秀くんが眉を下げて嫌そうな、それでいて懐かしむ様な複雑な表情を浮かべます。
「そう言わないでくれよ、鈴音。……まあ、あの厳しい教育も今となっては懐かしい……、なんてことも無い? いや、でも途中で終わったのはやっぱり心残りが……」
「ご当主さんはおっかないからなぁ。それはそれとして、なんでなん?」
「王都のを見てからにしたいって言うと真っ当な理由にも聞こえるけど、待てばもっといいものが出て来るかも……っていうのはゲーム思考かなって思ってね」
「別にそれでかまへん思うけど……。ま、俺も買わんほうに一票。野生の魔物をテイムするんも、異世界モノの定番やからな!」
「それこそゲーム思考ね。節約できるのは良いけど」
「そういう鈴音さんはどっちなん?」
「私は……、消極的に買わない方に一票かしら。ここで買っても良いと思うのよ? 王都へ向かうまでに乗馬と馭者の練習も出来るでしょうし、私たちのペースで移動もできるから。ただそうすると……、愛着が湧いちゃいそうなのよね。王都でもっと私たちに合った騎獣を見つけても、手放せなくなりそうでね」
「私たちの感覚だと、そうなってしまいますよね」
こちらの世界では騎獣の売買はありふれたことで、いわゆる中古の――生き物にこういう表現を使うのは嫌なのですけれど――騎獣というのも普通に出回っています。秀くんが言っていたように、こちらの人にとっては自動車やバイクなどと同じ感覚なのでしょうね。
日本での価値観が染み付いている私たちだと、どうしてもペットに近い感覚になりますからね。やはり飼うと決めた以上は、最後まで面倒を見なくてはと考えてしまいます。
「それで舞依はどっち?」
「もう見合わせる方に三票ですから、決まりなのではありませんか?」
「だとしても全員の意見は聞いておくべきよ。それに私の意見は消極的だから、舞依の意見によっては変わるかもしれないし」
「なるほど。そうですね、私は――」
私の意見は鈴音さんとほぼ同じです。どちらかと言うと買わない寄り。積極的に買うべき理由がないのなら控えておいた方がいいのではないか、という感じでしょうか。
理由はこの世界での暮らしにまだまだ不安があるという点です。
今は割と安定した生活が遅れていますけれど、王都でも上手くいくとは限りません。この街では女将さんとの良い出会いがあって、何とかなった面が多々ありますからね。過信は禁物です。
「今はある程度お金に余裕を持っておいて、王都での生活が軌道に乗ってから改めて考えても良いのではないかと」
「なるほど、堅実だね」
「……それと、先ほど乗馬をしながら(正確には怜那との出会いを思い出したから、ですけれど)ふと思ったのですけれど、騎獣を買うのは怜那と合流した後にした方がいいかなと」
「なるほど! もう既に手下の魔物をゾロゾロ引き連れてるかもしれへん……と」
久利栖くんが腕を組んで、納得したように頷いています。
「えっと、流石にそこまでは……」
――そういうことも、もしかしたらあるかもしれませんけれど、ね。
「そうではなくて、ですね。私たちは女神さまから武器を頂きましたけれど、孤立することが決まっていた怜那は、もしかしたら移動用の乗り物を貰っているかもしれないと思ったのです」
「ああ、そういう可能性もあるわよね。……何で気付かなかったのかしら。ねえ秀……って、なんて顔してるのよ?」
不思議ですよね、と鈴音さんと頷き合っていると、小さく呻くように「そ、そんな……」と秀くんの声が聞こえてきました。見ると、秀くんと久利栖くんが揃って愕然とした表情をしています。
「そうだよ……、何で考えつかなかったんだろう? 全員で快適に移動できるキャンピングカーや飛空艇みたいなものを希望することだってできたかもしれないのに……」
「……飛空艇は流石に無理でも、コテージなんかは定番アイテムやのに、それに気付かんとは……。ゲーマー失格や……」
あら? 思ったよりも深く落ち込んでしまっているようですね。どうしましょうか。
「ま、まああの状況じゃあ仕方ないわよ。いきなりだったし、先のことまで考えられるような精神状態でもなかったし……。ねえ?」
え!? 鈴音さん、ここで私に振りますか?
「そ、そうですね。それに武器は必要だったと思いますよ? 実際、狩りの役に立っていますし」
ある程度安定した収入を得られるようになったのは、間違いなく女神様から頂いた道具類のお陰です。決して間違った選択ではないはずです。
「そ……それに、そう、あの時はお二人とも異世界の冒険者になれるという目算の上で、それぞれの役割に合った武器を選んだのですよね? それはつまりゲーム思考だったということで、そういう意味ではゲーマー失格ということは全然……」
「「…………」」
あら? 秀くんと久利栖くんが頭を抱えてしまいました。おかしいですね、フォローしたのですけれど……?
「舞依、舞依。それ、フォローじゃなくって追い打ちになってるから」
「そ……、そうですか? それは申し訳なく……」
「ま、それが事実だけに、二人の心にグッサリいったんでしょうけどね」
鈴音さんがニヤリと笑います。それが本当の追い打ちだということは、私にも分かりました。
「S、SMAAAASH……」「つう〇んの一撃や……」
そんなこんなで、最後の方は何かグダグダになってしまいましたけれど、一応方針は決しました。
王都へ向かいましょう。
閑話はこれにて終了。次回から第五章となります。
面白い、続きが気になるなど思って頂けましたら、評価・いいね・ブックマークなどして下さると作者のモチベーションが上がります!
では引き続き、よろしくお願いします。