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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第四章 ノウアイラ>
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#04-18 閑話の閑話 二人の始まり




 私と怜那が初めて出会ったのは小学二年生の時でした。


 小さい頃の私は体が弱くてすぐに熱を出してしまい、体育はほぼ毎回見学、季節の変わり目には毎回のように数日間欠席、遠足などに参加できる(・・・・・)ときは先生にずっと付き添ってもらう、というような状態でした。


 それに加えて御子紫家という名家の娘であることもあって、客観的に見て私はとても浮いた存在でした。決していじめられていたわけではありませんが、遠巻きにされていた、或いは腫れ物に触るように扱われていたと思います。


 そんな風に自然と出来上がった雰囲気という壁は、目に見えないくせに意外と強固なもので、クラス替え直後の教室はとても憂鬱でした。今思い返してみれば、私の方からその壁を壊そうとしなかったところにも問題があったのですけれど、ね。


 ところがそんな雰囲気などまるで気にせず、ほぼ初対面の私に突撃してきた子が居たのです。


 ふわふわで艶のある亜麻色の髪を揺らし、琥珀色の大きな瞳に好奇心の星を散りばめたその女の子は、机に両手をつき少し屈んで私と視線を合わせると、


「ねえねえ、お家で馬を飼ってるって本当なの!?」


 と、ワクワクした様子で問いかけてきました。それが怜那でした。


 資産家であり歴史ある名家でもある御子紫家のことは、地元では小さな子供でもその名を知っています。そして一種の有名税とでも言えばいいのでしょうか、様々な噂が子供たちの間では飛び交っていました。


 家の敷地が東京ディ〇ニー〇ンドよりも広いとか、黒服に黒いサングラスのボディーガードがいるとか、変形する(?)自家用新幹線を持っているとか――尾鰭どころかミノカサゴ並みに飾り立てられた荒唐無稽な噂が殆どですけれど、中には元ネタがあるものもあります。


 家で馬を飼っているというのも元ネタがある噂の一つで、正確には“御子紫家が所有している馬が数頭いる”です。明らかに漫画やアニメの影響を受けている噂話に比べて、このくらいならもしかしたら……というレベルの話かもしれません。


 もっとも普通に考えれば、家の敷地内で馬を飼う意味がないことくらいすぐに分かります。そうですね……、例えば乗馬の選手の家で敷地内に競技の練習用スペースが有るというような、かなり特殊なケースでなければ日常的に馬が必要になることはありませんからね。


 今ならそう考えるのでしょうけれど、まだ幼かった怜那は噂の真偽を確かめに来たという訳です。


 突然のことに驚きつつ私が噂の元ネタとなった事実を話すと、怜那は「そうなんだぁ~」と明らかにがっかりした様子で机に突っ伏しました。珍しい髪色の頭が目の前に差し出されて、ちょっとナデナデしてみたくなりました。――流石にほぼ初対面の子に、そんなことはしませんけれど。


「えっと、家に馬が居たらどうするつもりだったの?」


「見に行っても良い? ってお願いしようと思ってた!」


「馬を見たかったの?」


「うん。あと乗せてもらえないかなーって思ったんだ。馬なんて動物園でしか見たことないからね。御子紫ちゃんは馬に乗ったことあるの?」


「近くで見たことはあるけど、乗ったことは……」


「へー、そうなんだ。……子供じゃ無理なのかな?」


 当時の私は――我ながら情けないことに――クラスに友達が居ませんでした。だから話しかけてくれた怜那と会話を続けようと、出来れば友達になれればと、内心ではとても必死でした。


 そこでかなり打算的ではあるのですけれど、怜那が興味を持ったらしい馬で釣ろうと思いついたのです。


「えっと、それなら見に行く? 多分、連れて行って――」


「本当に! 良いの!? やったー」


 そして怜那は、私が垂らした餌にパクンと勢いよく食いついたのでした。文字通り食い気味に(笑)。


 数日後の日曜日、私と怜那はそれぞれの親が運転する車に乗って出かけました。


 怜那と話した時点では、私付きの侍女に保護者兼運転手として車を出してもらえばいいと軽く考えていたのですけれど、両親に話したら私たちの知らないところで話が大きくなっていて、結局家族を巻き込んでの日帰り小旅行のようになってしまいました。


 初めての乗馬体験はおっかなびっくりでしたけれど、それはそれで楽しめました。


 もちろん全部インストラクターさん任せで、私は鞍の上で座っているだけです。けれど、たったそれだけのことでもそれまでの私なら見ているだけだったでしょう。怜那が楽しそうに私の手を引いてくれたからこそ、一歩踏み出すことができたのです。


 怜那が私の世界を拡げてくれた。大袈裟かもしれませんが、少なくとも怜那との出会いをきっかけに、私の世界が拡がり始めたのは本当の事です。


 乗馬体験を満喫した後は温泉に行き、夕食を頂いてから帰路につきました。怜那のご家族とも少しは打ち解けることが出来て、楽しい小旅行は終わりました。


 そして翌日、私は――ある意味予想通り――熱を出しました。学校に行って怜那と小旅行の話をしたかったので、とても残念でした。


 ところがその願いはすぐに叶ってしまいました。怜那がお見舞いに来てくれたのです。


 後で聞いた話によると、滅多に鳴らない正門(・・)のインターホンが鳴ったことで、皆が大層驚いたそうです。基本的にアポ無しで御子紫家を訪れる人はいませんからね。そしてカメラの映像を見て二度ビックリ。普通に友達の家に遊びに来たような感じで、自転車に乗った女の子が一人で映っていたからです。


 本当に、怜那の度胸は一体どうなっているのでしょうね?


 ちなみにお届け物や、兄の友人が遊びに来るようなときには、通用門の方を使います。怜那も二度目以降はそちらの方から来るようになりました。


 私の部屋に来た怜那は、コンビニエンスストアーのレジ袋からガサガサとお見舞いの品を取り出しました。


「プリンと……、缶詰?」


「なんかね~、私とお姉ちゃんで甘くてトゥルッと食べられるプリンがいいよねって話してたら、お兄ちゃんが『お見舞いと言えば桃缶一択!』ってやたら推して来たんだ。だから一応、両方買って来たの」


「えっと……、お兄さんは桃が好きなの?」


「普通に好きだよ。っていうか、果物は大体好きって感じ。一番好きなのはスイカかな? あれ、スイカって野菜なんだっけ? ま、それはいっか。なんかね~、良く分かんないけど、お見舞いに桃缶を持ってくっていうのを私にやらせたかったみたい。たまに変なこと言うんだよね」


「そ、そう……」


「たぶんね。だから桃缶はオマケ。このプリン、すっごく美味しいんだよ~! 私とお姉ちゃんのオススメ。あ、お腹大丈夫? 食べられる?」


「うん、大丈夫。ありがとう」


 怜那お薦めのプリンは、甘くて滑らかで美味しくて……。何より友達がお見舞いに来てくれたという事が嬉しくて、ちょっと気を緩めたら泣いてしまいそうでした。


 ちなみに、桃缶も開けて頂きました。美味しいことは美味しかったのですけれど、やはり普通に缶詰の桃で、怜那のお兄さんが強く推した理由は分からず仕舞いでした。


 あ、ですが、もぐもぐしながら眉を寄せて首を捻る怜那が可愛かったので、私にとっては良いお見舞いだったのかもしれませんね。




「じゃあ、そろそろ帰るね。……明日には学校に来れそう?」


「もう熱も下がったし、多分大丈夫だと思う。七五三掛さん、お見舞いに来てくれてありがとう。凄く嬉しかった」


「うん、どういたしまして! じゃあまた学校で。……あ、そうだ。私のことは怜那でいいよ」


「じゃ、じゃあ私の事も舞依って呼んでくれる?」


「おっけー、そうする。またね、舞依ちゃん」


「またね、怜那ちゃん」







 こうして私と怜那は出会い、不思議なくらいに一緒に居ることが自然になり、すぐに親友と呼べるような関係になりました。


 そしていつしか――








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