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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第四章 ノウアイラ>
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#04-17 閑話 騎獣って、おいくらまんえん?




 そんな話をした翌日。久利栖くんの提案に従って、私たちは騎獣の牧場までやってきました。


 広大な敷地に大きな()房――便宜的にそう呼ぶことにします――が数棟と、それに比較するととても小さい事務所らしき平屋の建物があります。


 見たところ基本的には敷地内に放し飼いにされているようです。数頭のグループで固まってのんびり散歩をしていたり、水場で休んでいたり、餌を食んでいたりと、のどかな光景が広がっています。和みますね。


 よく見ると馬だけではなく、ロバのグループもいます。大型犬の姿も見えますけれど、こちらは騎獣として育てられているのか、それとも牧羊犬的な存在なのか、ちょっと判然としません。


 騎獣牧場を訪ねた私たちがスタッフの方に目的などを伝えると、快く馬房を案内して頂けました。上は貴族や騎士団から下は旅商人や傭兵まで、様々な階級の人が訪れるそうで、とても手慣れた対応です。


 馬房にいるのは私たちのような者に見せる為に待機している騎獣で、いつでも出荷できる調教済みの個体なのだそうです。車のショールームをイメージすると近いかもしれませんね。


「一般的な騎獣で五~六〇万メルンっちゅうことは……、日本円換算で三〇〇万円弱ってところやな。舞依さん、サラブレッドってなんぼくらいなん?」


「すみません、私も価格については存じません。……それに騎獣は競走馬ではなく、実用的なものですよね? 単純な比較はできないかと」


「むしろ自動車やバイクなんかと比べるべきじゃないかな? こちらの一般的な乗り物なわけだし。そう考えると妥当な値段だと思うよ」


「……でも、この世界の生活水準を考えると、ごく一般的な収入のご家庭じゃ手が出ないんじゃないかしら?」


「ああ……、いや、これは僕の言い方が悪かった。騎獣は言ってみれば高級車や業務用の車両で、一般的なファミリーカーは普通の馬の方なんだろうね」


「あ、そうか。普通の馬だって当然いるわよね」


「もっとも僕らの場合はキッチンカーを引いてもらう予定だから、パワーもスタミナもある騎獣を選択するしかないんだけど」


 普通の馬車よりも重くなるでしょうしね。それに私たちは、怜那と合流した後もあちらこちらへ旅をして回りそうな気がします。街の外で魔物に襲われる危険性も考慮すれば、普通の馬よりも頑丈な騎獣の方が良いでしょう。


「ん~、もうひと月くらい頑張って魔物を狩りまくれば買えんことも無いけど、今ここで思い切ってしまってええもんなんやろか?」


「そこが悩み所だね。頑張ってここで買うか、もう王都へ移動してしまってそれからにするか」


 王都の騎獣牧場ならば様々な種類の騎獣を飼育しているそうです。基本的に王都の物価は高いのですが、騎獣に関しては大きな差は無いとのことなので、この街で買った方が凄くお得という事も無さそうです。


 秀くんと久利栖くんは王都で色んな騎獣を見て、その中から選びたいと考えているようですね。


 せっかく騎獣を買う(飼う)のならば、馬やロバといった地球に居た動物ではなく、もっとファンタジーらしいものにしたい。――という浪漫を求める男子二人の主張は、私と鈴音さんにも理解できます。


 もっともコストパフォーマンスを考えて許容範囲に収まるなら、ファンタジー的動物でもいいかな、という程度の理解ですけれどね。


 ちなみにこの街にもいくつかの騎獣牧場があり、水牛とアルドーゾウを飼育している牧場もあります。


 アルドーゾウというのはこの国の南西、アルドー地方に生息している魔物(・・)で、一般的な象――地球にいるような種もいるそうです――よりも脚がやや短くて皮膚が鎧のように堅く力もより強いのだとか。絵を見た感じでは、象にサイの特徴をミックスしたような印象ですね。


 動物を半魔物化させるのではなく、気性の穏やかな魔物を飼い慣らして騎獣とする手法もあるのですね。交配なども牧場で行っているそうです。


 この二種類は力が強く気性も穏やかで、主に貨物の運搬や工事現場などでの牽引などに用いられる――つまり重機のような騎獣とのことです。騎乗も出来なくはありませんが、速さがあまり出ない上に、馬・ロバよりも食費ランニングコストがかかります。


 どちらも私たちの想定する用途とは異なるので、結局この街の牧場では馬とロバしか選択肢がないということになります。




 騎獣の種類や特徴にそれぞれの餌代、そして平均的な価格などの話を聞いた後で、私たちは放し飼いにされているスペースへと移動しました。


おっ……きいわねぇ……。馬ってこんなに大きかったかしら?」


「せやから言うたやん、普通の馬はデカいんやって。……とは言ったもののこりゃサラブレッドよりも二回りはデカイなぁ」


「確かに。黒いのなんか、世紀末に現れそうな風格があるね……」


 鈴音さんたちが呆気にとられた様子で、それぞれ感想を口にします。確かに間近で見る騎獣はとても大きいです。


 意外な事に秀くんまで騎獣の大きさに怯んでいる様子です。確かにとても大きな馬(騎獣)ですけれど、どの子も優しそうな目をしています。怖がることは無いと思うのですけれど……。


 中にはいますからね、気性が激しいというか気位が高い馬というのも。そういう馬は「私が認めた主以外、背中に乗せる気は無い」というような雰囲気を、全身から醸し出しているものです。


「どうです? ちょっと乗ってみますか?」


「えっと……、いや、僕らは……」


「よろしいのですか? では、ぜひお願いします」


「「「えっ!?」」」


 スタッフの方が勧めて下さったので、思わず即答してしまいました。このところ乗馬はご無沙汰でしたので、ちょっと乗ってみたいなと思っていたので。


 ――鈴音さんたちが驚いているのは何故なのでしょう?


 柵の内側に入り、スタッフの方お勧めの標準的な大きさの葦毛の騎獣に乗ります。今の身体能力に魔法も併用すれば飛び乗る事も出来そうですけれど、一応安全第一に踏み台を使いました。いつか怜那のように華麗に、ひらりと鞍に跨りたいものです。


 手綱を握って騎獣を歩かせて、少しずつ走らせていきます。あ、やっぱりとても素直でいい子ですね。乗り手のことをちゃんと考えてくれているのが分かります。


 乗馬をする時、私は基本的に馬にお任せしてしまいます。指示を出すのは行きたい方向を大まかに指示する時、スピードが速すぎる時くらいでしょうか。馬はちゃんと自分で考えて走ってくれるので、私の場合はそれでいいのです。


 馬とちゃんと信頼関係を築いている人や、気迫というか覇気で完全に従えている人ほど自由自在に走らせることはできませんけれど、これで十分に楽しめます。怜那と一緒に走る時は、ちゃんと私に合わせてくれますからね。


 ――そう言えば。


 怜那との出逢いは、乗馬が切っ掛けでした。








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