#04-14 仲良くなると、お別れはちょっと寂しい
話はちょっとだけ遡る。
送別会の前に、私は会頭さんの執務室に招かれた。用件は海賊関連の報奨金と、買い取り手が付いた稀少素材の代金の受け渡し。
会頭さんはちゃんとした明細付きの売買契約書を作ってくれていた。口頭ではなくちゃんと書面に残すことで、適正な取引だと示してくれたんだろう。ちなみに海賊のもあって、こっちは軍の正式な書類らしい。
書類に目を通して自分のものと控えの両方にサインをする。ちなみに隅々まで、念の為に魔力を目に込めて確認したけど、めちゃくちゃ細かい文字の注釈とかはなかった(笑)。
書類と一緒にお金を受け取る。これで小金持ちから結構なお金持ちにランクアップ! ちょっと足止めを食った分、これからの旅は巻きで行きたいからお金の心配がなくなるのは素直に嬉しい。
ちなみに総額は日本円に換算して一千万円弱。日本だと学生のアルバイトじゃ普通稼げない額だね。
折角手に入ったお金だから、さっそくそれを使ってメルヴィンチ王国の地理に関する情報を買っておいた。大きな街と街道の繋がり。それから山や森、湖なんかの地形について。
地図そのものは売ってないってことだったけど、商会で使っている地図をスマホで撮影しておいた。会頭さんたちがスマホにギョッとしてたけど、そこは華麗にスルー。
「それからこれを……、持っていくといい。ミクワィア子爵家と商会からの感謝の印……、まあ餞別のようなものだ」
会頭さんが引き出しから取り出してデスクに並べたのは、カードのような物と腕輪の二つ。
餞別……? う~ん、額面通りに受け取っていいものやら。
下手に手に取って受け取ったことにされても困るから、取り敢えずよく観察してみる。
カードの方は透き通ったガラスっぽい素材――魔力を感じるから単純なガラスじゃなくて水晶とか魔物素材とかだと思う――を金色の金属で縁取りした感じのもので、ミクワィア商会の紋章が刻まれている。大きさはクレジットカードより一回り小さいくらいでちょっと細長い。あ、向きは縦ね。金属部分の一箇所に穴が空いてるから、普段はチェーンとかで首から提げて使うんだと思う。
腕輪の方は二センチ幅くらいの金属製で、全体に唐草模様っぽい彫刻が施されて、中央には何かの紋章がある。デザインの一部が商会の物と共通してるってことは、これは子爵家の方の紋章かな?
「これはどういったものなのでしょうか?」
「カードの方は我が商会と取引のある相手である事を証明するものだ。大口の取引のある貴族や、関係の深い業者や商会などに渡している。腕輪の方は、ミクワィア子爵家の関係者であることの証だな。まあ端的に言えば、ミクワィア子爵家が後ろ盾につくということだ」
うわ、結構大層なものだ。うっかり受け取らなくて良かった。もうちょっと詳しく説明をプリーズ!
…………
会頭さんから聴いた話を話を纏めると。
カードの方はミクワィア商会と取引をする場合、色々優遇して貰えるようになるらしい。ミクワィア商会はこの国のほぼすべての街に支部があるって話だから、これはかなり便利だ。外国にも支部がいくつかあるらしいしね。またミクワィア商会とは関係のない商会や業者が相手でも、これがあれば初対面でもある程度の信用は得られるはずとのこと。
カードの方が商売上の身分証みたいなものだとすると、腕輪の方はそれの貴族社会版ってところかな。これを持ってれば陪臣のそのまた下くらいの扱いをしてもらえるようになる。貴族社会の最底辺にギリ掠ってないくらい、って認識で間違いないと思う。
ミクワィア子爵家は門閥貴族も無視できない程の財力があるから、どちらも貴族絡み商売絡みの面倒ごとを回避するのに役立つって話だ。
有難い話ではある。これからの旅を円滑に進める上で、あれば便利なものなのは確かだ。加えて貴族向けのお店を使えたり、オークションに参加できたりとか行動範囲も拡がる。それは実に面白そう……、なんだけど。
海で出会ってからこれまでのやり取りから、会頭さんのことは信用できる人だと思ってる。人柄は好感が持てるし、取引も誠実だ。
ただこの世界――っていうかこの国、メルヴィンチ王国の貴族社会に関する知識が圧倒的に足りない。ここで安易に受け取ってミクワィア子爵家の紐付きみたいな扱いにされると、後々困ることになりはしないかっていう疑念がね……、どうしても拭えない。
「これを受け取ったとしても、レイナさんに特に何か義務が発生するわけでは無い。私は……、ミクワィア子爵家には君を紐付きにしようなどという意思は無い。……いや、そもそもそんなことは不可能だと言うべきかな」
「私には特に不都合はない、ということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。仲間を探す為に王都へ向かうという話だったね。王都と一口に言っても、ノウアイラの数倍は広さがある。王都に仲間がいたとして、それを探すのは一筋縄ではいかないだろう。確かな情報を得るには信用が大事だ。これらはきっと役に立つはずだよ」
話の持っていき方が上手い。王都に行くまでは良いけど、着いてからはノープランだ。何の伝手もなしに人探しは骨が折れそう。
「……そこまでして下さる理由は何でしょう? 魔物の素材は普通の取引ですし、海賊に関しては報奨金を受け取っています。感謝の印と仰いましたが、ここまでの事をして頂くには少々理由が足りないように思えますが?」
誤魔化しは許さないという意思を込めて、会頭さんをひたと見据える。
舞依をして「怜那の目力は私でも怖い時があるから、あんまり使わない方がいいよ」と言わしめた、我が必殺のメヂカラを食らうが良い! フハハハハ!(魔王風)
いや~、あの時は舞依に「怖い」って言われたのが地味にショックで、ちょっと落ち込んだんだよね。これは内緒の話だけど。
「……無論。……そう無論、これを渡すことは我々にもメリットがある。しかし君の行動を縛るものではない。例えば君が狩った魔物の素材を売ろうと思った時、優遇してくれる商会があれば当然そちらに売るだろう?」
それはそう。ポイントが付く店と何も無い店。他の要素が同じなら、前者を選ぶのが普通だよね。
「それは我々の利益になる。それから私が見たところ、君は自身を過小評価しているのではないかな。私が知っていることなどほんの一端に過ぎないのだろうが、それでも君の能力がずば抜けて高いことは分かる。こう言っては何だが、そういう存在は行く先々で何かを起こす。そこには思いもよらない商機が転がっているはずだ」
あー。神様と話した内容から考えると、何かを起こすっていう会頭さんの予言は否定しきれないね……。いや、別に私が積極的に何かをやらかすっていうことじゃないよ? 本当だよ? ――って、誰に言い訳をしてるんだか。
でもなるほどね、そういう事か。
私はただカードや腕輪を便利に使えばいい。そうすると会頭さんは私の動向をある程度掴むことが出来るわけだ。例えばそれが旅の途中だとしたら、情報を繋ぎ合わせて目的地――つまり“何かが起こるかもしれない場所”ってことね――を推測し、先回りすることだってできなくはない。
「要するに、ミクワィア家としても私個人としても、君との繋がりをここで切ってしまいたくはないと、そういうことなのだよ。……なに、深く考える必要は無い。煩わしいと思ったならその時は、その何でも入りそうな鞄の中に眠らせておけばいいだけのことだ」
会頭さんが表情を緩めて冗談めかして言う。それで私の気も少し楽になった。
「分かりました。そういう事でしたら有難く使わせてもらいます」
「ああ、是非そうして欲しい」
――そして翌日、出発の日。
お屋敷のホールに見送りに来てくれた皆さんに、お世話になったお礼とお別れの挨拶をする。ちなみに昨夜の送別会に参加してくれた皆さんが勢ぞろいしている。本当に良くしてくれて、恐縮するね。
「本当にお世話になりました。またいずれお会いすることもあると思います。その日まで壮健で」
「こちらこそ世話になったね。レイナさんと出会えたのは、きっと精霊樹のお導きだったのだろう。王都まではかなりの距離だ。君ならば問題無いとは思うが、道中気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
ふとこちらを見つめるエミリーちゃんと視線が合う。大きな瞳は今にも零れ落ちそうな程、涙でいっぱいだった。
ああ、もうかわいいなあ。
こんな姿を見ちゃうと、もう少し一緒にいてあげたくなるし、なんなら一緒に旅に出ようかなんてうっかり誘いたくなるけど――それは出来ないからね。
「レイナ様……」
「エミリーちゃん。私は旅に出なくちゃいけないから今はお別れだけど、もう二度と会えなくなるわけじゃないから」
屈んで目を合わせ、頭をナデナデする。
「本当、ですか?」
「うん、会頭さんに良いモノを貰ったからね。きっとこの先、会う機会は何度もあるはずだよ。旅の話とかお土産とかたくさん用意しておくから、その時を楽しみにしてて」
「……はい。それなら私もお勉強とか、たくさん、たくさん頑張って、レイナ様にいろんな話をできるようになります!」
「うん、楽しみにしてるよ」
「あの……、一つだけお願いをしてもいいでしょうか?」
「なに?」
「レイナお姉様……と、呼んでもいいですか?」
えっ! まさかの姉妹の申し出ですか!? どうしよう、ロザリオなんて用意してないよ。錬金術で即席で作っちゃう?
――という冗談で内心の動揺にワンクッション置いて、と。
えっと、これはどう受け取っていいんだろう? 姉のように慕ってるっていう意味で合ってるのかな? 安請け合いしちゃって、何か裏の意味とかあったりする系だったらどうしよう。
チラッと視線を御夫人方とシャーリーさんに向けると、ニコニコ笑顔と視線で「どうぞどうぞ」と答えてくれた――ような気がする。なんとな~く、腹黒オーラを感じるというか“しめしめ”感が漂ってる感じもするけど。
まあ、いっか。エミリーちゃんの願いを無碍には出来ないからね。
「うん、いいよ。だけどそう呼ぶときは、周りをちゃんと気にすること。いい?」
ミクワィアの人達だけなら問題無いけど、他の貴族やら商人やらの居る場で身内――というか縁者であるかのように呼ばれるのはちょっと面倒そう。
私の念押しに、エミリーちゃんが「はい」と頷いてくれたから、まあ大丈夫でしょう。
「それじゃあ私は行くよ。またね、エミリーちゃん」
「はい、レイナお姉様。旅が上手くいきますよう、祈っています」
こうして私は数日お世話になったミクワィア家を後にした。
ほんの短い間だったけど、意外な形で出会って海賊退治をして街歩きやお勉強で沢山話をしてと、我ながらずいぶんと濃い時間を過ごしたものだと思う。
おかげでエミリーちゃんたちとはかなり交流を深められたんだけど、その分やっぱりちょっと寂しくもある。
しんみりするって程ではないけど、こっちに飛ばされてきた直後よりも一人旅に孤独を感じるような……
…………
いや、今の無し。ちょっとガラじゃなかったかも。
気持ちを切り替えて、異世界一人旅を満喫しましょ。うん、それが良い。
目指すは王都。差し当たっては第二の町(RPG風)ドゥズールへ。
ここまでで四章は終了。
妹系現地ヒロイン(言い方!)エミリーちゃんとはお別れです。一応、再登場の予定はありますが、大分先のことになると思います。あと予定は未定なので……(汗)。
第五章に移る前に、閑話を数話挟みます。




