#04-13 お茶会と送別会
「それにしたって初めての楽器だったのでしょう? 才能はあるのではないかしら?」
長男のお嫁さんが軽く首を傾げてシャーリーさんに視線を送る。練習中のエミリーちゃんよりも客観的に判断できると思ったのだろう。
これは余談だけど、長男のお嫁さんは結婚する前は“深窓の令嬢”って言葉がピッタリだったんだろうなって感じの控えめで楚々とした女性で、ゴージャス系美女の両会頭夫人とは方向性が真逆だ。
もしかして長男さんは無意識的に真逆のタイプを選んだのかな? 興味深い。
「はい。シュナイ夫人もそうお考えのようです。レイナ様が旅の途中であると知って落胆されていたようにお見受けしました」
「あのシュナイ夫人が……、そう……」
う~ん、あんまり評価されてもなぁ……。そう言って貰えるのは嬉しいけど、正直私は器用で多趣味なだけっていうのが正しい評価だと思う。
なんていうかこう……、コツとかキモを掴むのはめちゃくちゃ早いんだよね。その点だけなら自信を持って断言できる。だから何事も初っ端の評価は高くて、才能があるって勘違いされることが多い。
ただなにせ私の行動原理は“好奇心と探求心と行動力”だ。興味を持ったら飛び込まずにはいられない。そのお陰で舞依たちとも仲良くなったし、色んなことを経験できた。楽器の演奏もそう。
だけど見方を変えると、それってすごく移り気ってことにもなるんだよね。
あ、飽きっぽいってわけじゃないよ? 完全に放り出しちゃった趣味は今のところないし。――お休み期間が長いのはあるけど(笑)。
なんにしても所謂アーティストとして、一つの事をとことん極めていくのは性格的に向いてない。それ以前に一流になれる程の才能があるのかっていう問題もあるんだけど。
なので、私はちょっと小器用なだけなんですよ~、と軽く話しておく。
「でも得意な楽器はあるのですよね? 確かギター……でしたっけ?」
「ああ、うん。旅に出る前にちょっと余興の為に練習したの。まあその後に色々あって披露する機会はなくなっちゃったけどね」
「ギター……ですか。聞いたことの無い楽器ですね」
「お聞きした感じだと、たぶんルトルによく似た楽器だと思うのですけど……」
「あら、ルトルなら我が家にもあったはずよね? どこにしまってあるのかしら? 弾き手がいないものだから忘れてしまったわ……」
「奥様。こんなこともあろうかと……、こちらにご用意しておきました」
どこからともなく――ではなく、茶器やらなんやらを収納してあったワゴン型の保管箱から楽器を取り出したシャーリーさんは、第一夫人に許可を得てからそれを私に差し出した。
なるほどね、ルトルなる楽器は確かにギターそっくりだ。サイズ感も同じくらいだし弦も六本ある。違うのはボディの形が丸っこくてギターみたいなくびれが無く、やや立て気味に構えるところかな。
それにしてもまさか、シャーリーさんが「こんなこともあろうかと」の使い手だったとは……。メイドさんも奥が深い(多分違う)。
「どうかしら? ギターと同じように弾けそう?」
「ええ、そうですね……、多分大丈夫でしょう」
この流れでは弾かざるを得ないよねぇ~。エミリーちゃんも瞳をキラキラさせて期待しちゃってるし。ガッカリさせちゃうのは少々――否、かな~り忍びない。まあ、もともと余興の為に練習してたんだから、ある意味予定通りと言えなくもないか。
調律をして音階を確かめ、コードを幾つか弾く。うん、これなら問題なさそう。
っていうかこの楽器、凄く音が綺麗で良く響く。舞依のところで弾かせてもらった楽器と比べても遜色がない。
「では僭越ですが、故郷の曲を何曲か」
まずは一曲目。クラシックギターと言えばこの曲っていうような定番曲を。ちょっと物悲しいけど綺麗な曲だし、楽器の感覚を掴むのにちょうどいい。日本の曲じゃないんだけど広義では故郷ってことで。
二曲目からは歌付きで。何故か日本の男性ポップシンガーが歌った童謡とか、猫のミュージカルの名曲とかね。
演奏を終えると、皆から盛大な拍手とたくさんの称賛の言葉を貰った。
はぁ~、よかったよかった。貴族の方々に演奏を聴いてもらうのは結構不安だったけど、どうやら満足して貰えたみたい。
――エミリーちゃんを始め皆が妙に日本の曲(っていうかJPOPね)を気に入ってしまって、何度もアンコールする羽目になっちゃったけど、まあ楽しかったから良しとする。
そしてその夜。最後の晩餐――って、これだと次の日に死んじゃうみたいだね。私の送別会を兼ねた晩餐、が開かれた。このお屋敷に居る会頭さんの家族全員が揃い、とても賑やかで楽しい会になった。
いろいろと便宜を図って貰った上に、とある貴重かつ便利な餞別も貰ったので、私もちょっとだけ準備に参戦。錬金釜で解体しておいたバチマグロのお刺身と炙りを提供して、サラダのドレッシングには醤油を使った和風ドレッシングを提案、そんでもってデザートに魔法を駆使して強引に作ったマンゴーとメロンのシャーベットを。
お刺身と炙りの正体(=バチマグロ)に気付いた会頭さんが顔をひきつらせたり、醤油の応用にシャーリーさんが感心したり、シャーベットを食べた女性陣が頬に手を当ててうっとりしたりと、概ね高評価だった。
ちなみにバチマグロは本当に美味しかった。赤身もトロも最高。大間の鮪も全速力で逃げ出すレベル――かも? 実は大間の鮪とやらを私は食べたことが無い。ちょっといい加減なことを言いました(反省)。みんなと再会したら聞いてみよう。きっと舞依と秀なら食べたことがあるはず。
なんにしても美味しいのは確かでサイズも桁外れだから、もし日本で競りに出したら一体いくらになるのやら。
こっそりネギトロと漬けを作っておいたから、今度丼にして食べよう。旅の楽しみができた。
食後にはお茶会の話を聞いた会頭さんにルトルの演奏を所望されたので、“こんなこともあろうかと”用意されていた楽器を演奏することに。
ついでに御夫人方から、主に貴族男性から演奏に誘われた時の作法やら断り方なんかをご教示頂いた。その流れで会頭さんと夫人二人が合わせて演奏。そのまま音楽会みたいな感じになってしまった。
私も調子に乗ってエミリーちゃんと合わせて演奏したりね。――う~ん、ちょっと酔っぱらってたのかもしれない。
ま、楽しかったから良しとする。