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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第四章 ノウアイラ>
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#04-12 貴族のお勉強を齧ってみる




 さてさて、海賊関連のカタが付くまでの間、ずーっと遊びまわっていたのかというとそうじゃあない。


 いや、私はそれでも良かったんだけど、妙に懐いてくれたエミリーちゃんがついてきたがるからね。商店街と市場は一応社会勉強を兼ねてっていう言い訳が立ったけど、そうそう毎日遊び歩くわけにもいかない。


 一緒に市場に行った日の翌日、一人で出かけて昼過ぎにお屋敷に戻ったら、エミリーちゃんが拗ねていた。ちょっと頬を膨らませてプイっとする様子が可愛かったけど、それは内緒。


 ご機嫌を取ろうにもエミリーちゃんはお勉強があるから遊びには誘えない。どうしたものかと思っていたら、シャーリーさんが「それならばいっそレイナ様も勉強に参加されては?」と提案してくれたのでそれに乗っかり、御夫人方にも許可を得て、授業に参加することにした。


 街歩きも面白いけど、こっちの世界の貴族がどんな教育を受けているのかにも興味があったからね。子爵家の客人になるなんて幸運に恵まれたんだから、最大限活用しておかないと。


 授業に参加して、教科書も見せて貰って、ついでに家庭教師の先生と話したことなんかから類推すると、この国の(貴族の)教育水準は決して低くはない。エミリーちゃんの年齢を考えると、現代日本を基準にしても遜色無いレベルだと思う。


 じゃあ勉強に参加する意味なんて無いんじゃ……って? それはそう。そもそもたった数回の講義じゃあね。学べることなんてたかが知れてる。


 でも収穫はあった。マナーのレッスンも受けてみて、向こうで身に着けた礼儀作法やテーブルマナーがこっちの世界でも大凡通用することが分かった。ダンスも基本のワルツだったら大丈夫そう。


 ――っていうかマナーのレッスンって、どこの世界でもこんな感じなのかな? なんて言うかこう、修身マナーというより修行クンフーって言った方が正しいと思うんだよね、コレ。







 バイオリンに似た響きの音色が紡ぐ旋律が、庭園のガゼボに響く。所々に拙さを感じるけど、それもまた愛嬌。演奏者の真剣な表情も初々しくて、ほっこりするとても心地いい音楽だと思う。


 ガゼボに居るのは私とエミリーちゃん、第一・第二夫人に長男のお嫁さんにシャーリーさんの六人。ちなみにシャーリーさんは神妙に給仕役に徹している。エミリーちゃんとは友達のような姉妹のような関係に見えるけど、その辺の線引きはキッチリしている。プロだね。


 いよいよというかようやくというか私が明日出発するということで、御夫人方から軽いお茶会に誘われた。会頭さんたち全員が揃う晩餐ディナーにも招待されてるけど、もうちょっとラフな女子会もしたかったらしい。


 お茶とお菓子とお喋りを一頻り楽しんで、今はエミリーちゃんが練習の成果として演奏を披露している。


 ちなみに弾いている楽器はエルゼートという、メルヴィンチ王国では最もポピュラーな楽器だ。


 なんでも貴族にとって楽器の演奏は必須の嗜みで、エルゼートは基本でもう一つ得意な楽器を演奏できることが望ましいんだとか。


 エルゼートはバイオリンのように弦を弓で弾いて奏でる楽器で、奏法も音色もよく似ている。でも縦に構える。バイオリンを二胡みたいに弾くから、私にはちょっと不思議な感じがする。


 なおエルゼートには大きさと音域の異なる二種類があって、ややこしいことに名称は変わらない。大きい方はチェロを一回り小さくしたくらいで、音域もちょっとだけ高い。


 プロの演奏家はともかく貴族の嗜みとしては、小さい方を女性が、大きい方を男性が弾くことが多い。その方が男女のペアで合わせ易いからね。要するに異性を誘う手段の一つってわけ。


 ――っていうか、音楽だけじゃなくて美術(特に絵画)と詩が貴族の嗜みというか必須の教養なんだけど、どれも婚活に結び付いてるように思えるのは、たぶん気のせいじゃないと思う。


 アートを知らないとデートも出来ないなんて貴族も大変だね! ……あんまり上手くなかった?


 コホン。気を取り直して。


 まあでも効率はいいのか。天賦の才を持つごく稀な例外を除けばほとんどの人は結局のところ凡人で、差がどこで出て来るかと言えば指導者と楽器の質だ。演奏の良し悪しで、経済状況や指導者とのコネ(=他家との繋がり)を持っているかを大凡察することが出来る。まさに婚活向けで、なんとも世知辛い。


 ちなみに美術に関しては主に鑑賞の方。例えばお相手の屋敷に招かれた時なんかに、必ず(・・)飾ってある美術品に関して、作家やら流派やらの知識を交えた称賛が出来ないとダメらしい。


 詩に至っては、なんでも貴族の恋文には必ず一編の詩を組み込むのが必須なんだって。まさかの平安時代!? って思ったね(笑)。


 エミリーちゃんの演奏が終わり、皆で拍手をする。


「前に聞いた時よりもかなり上達しましたね。そろそろ次の教本になるのかしら?」


「はい、先生に合格を頂きました! 次のレッスンから一つ上に進みます」


「ふふっ。エミリー、とても嬉しそうね。いつからそんなに音楽が好きになったの?」


 エミリーちゃんの母親(第二夫人)の言葉には、ちょっとだけからかうようなニュアンスがある。あんまり熱心じゃなかったのかな?


「……だって、その、レイナ様があっという間に弾けるようになってしまったから……。私ももっと頑張らないとって思って……」


 エミリーちゃんがちょっと恥ずかしそうにやる気になった理由を零す。まさか私が原因だったとは。良い影響を与えたのなら何より、と思っておこう。


「あら、レイナさんは音楽の才能もあるの?」


「あ~、いえ、全くそういう訳では。ただ故郷でよく似た楽器を多少習っていたので。音階をなぞる程度ならその応用ですから」


 何を隠そう、私はアレコレ沢山の楽器を一応(・・)弾ける。舞依や秀に教わったり、レッスンにお邪魔したりしてね。ピアノ、バイオリン、チェロ、ギター、フルート、クラリネット、サックスなどなど、数だけは多い。


 とは言っても、基本的な奏法を知ってるだけっていうのがほとんどで、まともに弾けるのはギターとピアノとチェロくらい。バイオリンはまあまあってとこかな? 舞依のバイオリンと合わせる為にチェロの方を多く練習したからね。


 だからエルゼートも楽器の癖さえ掴めば、簡単なメロディーを弾くくらいならさほど難しくはなかった。ただやっぱり私には男性用の方が演奏し易い。


 あ、そうそう、これが切っ掛けでトランクの楽器モードが解放された。


 トランクを本体に伸縮ハンドルのところからネックが伸びて、魔力の弦が張られる感じかな。弾こうと思うと手元に魔力の弓が現れる。共通の仕様で大きくはできるからチェロとコントラバスになる。バイオリンとビオラは無理ね。


 ちなみに軽く弾いてみたところ、結構――いや、凄くいい音がした。見てくれがコレなのにこの音がなんで? みたいな。音が良いに越したことは無いけど、何とも釈然としない。








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