#04-11 れい散歩(三歩目、お食事編)
例えば食料品は全般的にかなり安い。精霊樹の恩恵で農作物も家畜のお肉も安定供給できるから、極端な相場の変動も無いらしい。生鮮食品のバリエーションに関しては、日本のスーパーとあまり変わらない印象かな。
あ、これは余談だけど、家畜化した鶏(っぽい鳥)はいるんだけど、毎日のように卵を産んだりはしないらしい。あと全部有精卵。だから卵は数が少なくて高級食材扱い。鶏肉も日本に比べるとかなりお高めで、豚肉や牛肉の方が安い。
衣料品は高い。これは基本的に全部が手作業だからある意味当然。機械化して大量生産しない限り、ファストファッションレベルの安さと品質で提供は出来ないって話ね。ちなみに庶民は布地を買って自分で仕立てるか、古着を買うことが多い。
こっちの世界の家電に当たる魔道具はとても高い。基本、魔力を注げばスタンドアロンで使えるから単純な比較はできないけど、一口だけのコンロが五~六万円もする。
意外だったのは本かな。こういう時代の本っていうのは基本手書きの一点物、紙は羊皮紙で革張りの表紙で、重くて厚くてべらぼうに高いっていう認識だった。本の形はだいたいイメージ通りだったんだけど、美術品並みの値段ってほどじゃあなかった。高いことは高いんだけどね。
その謎はシャーリーさんが解いてくれた。なんでも特殊なインクと紙で原本を書いておけば、別の紙に転写(紙とインクは必要)できる写本の魔法というのがあるんだとか。
魔力が必要だしある意味手作業には違いないけど、手書きよりもずっと早く複製できるようになったため、この魔法が開発されて以降は本の価格が大分下がったとのこと。お陰で学校に通い易くもなったらしい。
ちなみに学校の教科書は古本で結構出回っている。異世界の教科書か……、興味深いね。魔法と歴史と地理を何冊か買っておいた。
「お待たせしましたー! 海鮮グリル盛り合わせ、三人前です!」
店員さんが大きな皿をテーブルにでんと乗せる。白身魚の切身に半分に割った大きな海老、帆立に蛤などなど、確かにボリューム満点だ。基本、塩とバターで味付けしてるだけみたいだけど、テーブルにはドレッシングらしきものの瓶が三つあるから、これで味に変化を付けられるんだろう。
平べったくて薄いパン――カレー屋のナンに似てるけど、形が円いからパンケーキっぽくもある――が入ってるバスケットも一緒に置いていったけど、これ……無くてもお腹いっぱいになりそうかも?
では、いただきまーす!
「んっ! 美味しい!」
アツアツのグリルは素材の味そのままって感じで、それが十分以上に美味しい。この世界の食材は、本当にどれも優秀だね。
――いや、神様の話から考えると、“どれも”っていうのは違うのか。精霊樹の恩恵のある街や、あの無人島は魔力が豊富だから美味しい食材がとれるんであって、魔力の薄い土地でとれるものはそうでもないってことになる。
まあ街の中限定で考えれば、どれも美味しいってことね。
ちなみにこのメニューで特に美味しいと思うのは貝類。蛤も帆立も旨味が凝縮されてて、しかも凄くでかい。帆立なんて大きくてナイフで切り分けないといけないんだから、これはもはやステーキと言っても過言ではないね!
でもな~。すごく美味しいんだけど、日本人的にはやっぱりちょっとだけ物足りない。そう。やっぱり魚介類には醤油が欲しい。
「シャーリーさん、自前の調味料を使うのはやっぱりマナー違反ですよね?」
「え? いいえ。もっと畏まった場や正式な晩餐では問題ですが、このような庶民の屋台でその程度の事に目くじらを立てる者はいませんよ」
「なるほど。では、ちょっと失礼して」
トランクから醤油を取り出す。元は空気が入らないように中が二重になってるタイプのペットボトルだったけど、こんなこともあろうかと、ガラス製の小さな醤油さし(自作)に移し替えてある。
フフフ、抜かりはないのだよ!(マッドサイエンティスト風)
帆立の貝柱に醤油をちょっと垂らしてパクリ。うん、やっぱりこの方がもっと美味しい。
「レイナ様。その調味料は何ですか?」
「これは私の故郷では一般的なソースで“醤油”っていうの。香りに好き嫌いはあるかもだけど、魚料理にはよく合うよ。使ってみる?」
「良いんですか?」
期待してるっぽいエミリーちゃんに勧めてみるとパッと笑顔になる。そして同じく興味があったらしいシャーリーさんが新しい小皿に白身魚をとりわけ、醤油を少し垂らす。
「んっ! すごく美味しいです!」
「……確かにこのショーユは魚にとてもよく合いますね。この風味も魚介類の臭みを打ち消してくれるので、全く気になりません。むしろこれを食べた後では、塩やお酢だけの味付けでは物足りなさを感じてしまいます」
素晴らしい食レポ有難うございます。
「いろいろな料理に使えそうですね」
「ええ、私の故郷では基本的な調味料でしたから。バターとも相性がいいですよ。魚料理だとムニエルにちょっと垂らすとか……」
「なるほど。あの……、レイナ様。ショーユを商会には……?」
「あー……」
増やすことはできるから商会に卸すことはできなくはない。けど、流石にそれは良くないよね。こっちの世界の原料と技術で再現できないものを売るのは避けた方がいいと思う。
大豆と塩と水を錬金術で変質させれば出来るかな? でもワインに関しては製法を割と詳しく知ってたから再現できたけど、醤油に関しては原料を知っているだけだ。っていうかそもそもこの世界に大豆はあるの? う~ん、情報が足りない。
秀はきっと製法を詳しく知ってるはず。料理だけじゃなくて、食に関することには何にでも興味を持ってたからね。だから大豆(もしくは代用品)さえ見つかれば、こっちの世界産の醤油を開発できると思うんだけど……ね。
シャーリーさんには悪いけど、今は誤魔化すしかない。
「すみません、これは手持ちが少ないので。それと事情があって故郷のことは詳しく話せないんです。もう関係も断ってしまっているので、取り寄せることも出来ません」
「そうですか、残念です。申し訳ございません。答えにくい事を訊ねてしまったようですね」
「いいえ、それは全然。あ、それから私の仲間は多分製法を知ってると思うんです。なので、もしかしたら……の話ですが、この国の原材料で再現出来るかもしれません。その時は……」
「ぜひ、ミクワィア商会で取引させてください」
食い気味に言われてしまった。醤油が気に入ったのかな? 日本の味を好きになって貰えると、ちょっと嬉しいね。
――と、まあそんな感じで、ノウアイラの市場を十分満喫した。
醤油の受けが想像以上に良いっていうのが分かったのは、予想外の収穫だったね。みんなと合流した後になるけど、醤油造りで一儲けできる――かも?