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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第四章 ノウアイラ>
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#04-06 異世界言語事情




 舞依たちと合流した後のことを考えると被らない方が良い。とは言っても、舞依たちは四人グループで全員が基本堅実派――久利栖もおちゃらけているようで根は真面目だ――だから、ドワーフ語・獣人語・ハーフリング語はちゃんと押さえておくだろう。残る一つは次に多いっていうエルフ語かムルニー語のどちらか。……たぶんエルフ語かな? メジャーだし。


 特に久利栖はケモ耳とか尻尾とかが大好きな、いわゆるケモナーと呼ばれる人種だから獣人語を覚えるだろう。きっと、異世界に来たからにはネコミミの可愛いお嫁さんを貰うんだ、なんて野望を密かに抱いてるに違いない(偏見)。


 ……そういえば秀は英語の他も何か話せるんだっけ? フランス語だったかスペイン語だったか……、まあそれはどっちでもいいか。ってことは、四大種族+αの言語は舞依たちの方で網羅できちゃうか。


 じゃあ私は何を覚えよう。少数種族の言語を覚えておく? でもあんまり使い道がない言語を覚えてもしょうがないよね。それだったら別行動する時のことを考えて、四大種族の言語を覚えた方がいい。


 うーん、迷うね。


 …………


 よし。ここは視点を変えよう。


 転移してきた私たちは、日本語を元に大陸共通語を習得した。日本語を使用してる人口を考えればこれはかなりお得だ。大陸共通語は地球での英語みたいなものだろうからね。


 そう考えると英語で少数種族の言語を習得するのは、ちょっとお得感が薄い。そもそも神様から貰う特典みたいなものだろうって? それとこれとは別問題。せっかく貰うなら良いモノをと思うのは当たり前の事でしょ。


 数的にお得な言語が無いなら、違うところに価値を見出すしかない。


 例えば、ヌイグルミみたいで凄くかわいいけど少数の閉じたコミュニティで生活してて、言語も独特でコミュニケーションが極めて困難な種族の言語――とかね。会話するだけですごく癒されるなら、その言語の価値はプライスレス!


 ――って、これじゃあ久利栖の発想と同じだよ! この方向は無し無し。


 とすると後は……、難しさ?


「具体的な種族は分からないんですが例えば……、めちゃくちゃ文法が複雑で発音も難解で、その上文字も面倒臭いことこの上ない、みたいな言語とか、ありませんか?」


『うん?』


 そう、例えば地球で言うところのアラビア語とかね。あの文字って模様みたいで、どこからどこまでが一文字なのかよく分からないよね。まあ全く馴染みのない言葉だからっていうのも、理由の一つだとは思うけど。


「もしくは……、今は一般的に使われてないけど色んな言語の元型アーキタイプになったような言語とか。今でも一部の学術的な表記では用いられてるような……、そんな言語はありませんか?」


 こっちはラテン語みたいな感じかな。確かラテン語は欧州方面の色んな言語の元になったり影響を与えてたりした――はず。未だに生物とかの学名はラテン語だったりするし、言語文化の大きな源流の一つではあると思う。


 そういえばラテン語も難しいって聞くよね。詳しくは知らないけど、確か単語の変化がもの凄く多かったはず。


『なるほどね、君はやっぱり目の付け所が違う! いいよ、すごく面白い。……ただこれはちょっと僕一人の裁量では決められないかなぁ。ちょっと待ってて、相談して来るから』


「え、ちょっ……」


 実に軽いノリでショタ神様が音もなく消えてしまった。


 相談って……、他の神様にだよね。クラスの皆に説明をしてたあの女神様かな? あの女神さまの方が落ち着いてて威厳もあったから、上位の神様なのかも。ショタ神様はあの見た目だし、神様の中ではまだ若い方なのかもね。


 それにしても他の神様と相談しないといけない言語って、一体どんなものなのかな? 貰えるかは分からないけど、興味深いね。


 なんてことをつらつらと考えていると、音もなく神様が帰って来た。


『お待たせ~。僕らで相談した結果、君の希望にピッタリな言語をあげられることになったよ。心配する声もあったんだけど、まあ君なら大丈夫だろうってね』


「え゛?」


 心配? 君なら大丈夫? 不穏な言葉が連発されたけど、一体何の話?


 これは一旦保留して詳しい説明を――


『じゃあ、ほいっと』


 遅かった!







 遥か昔。大災厄がつい最近の出来事と言えるほど、ずっと昔の時代。


 この地に住む人々にとって、神々や精霊は割と身近な存在だった。信仰の対象であると同時に、普通に言葉を交わし、食事や酒を共にし、娯楽に興じる、良き隣人だったという。


 この世界の歴史家(考古学者?)は、この時代のことを神話時代と呼び、使用されていた言語は神代言語と呼んでいる。言語や魔法の研究者は、元型アーキタイプとも呼ぶらしい。まさか本当にそう呼ばれる言語があるとはね。


 ここで注目して欲しいのが“魔法の研究者”ってとこ。


 神々にとって魔法っていうのは、至極当たり前にできる動作(・・)のようなものだ。で、神々の使う言語でもある神代言語は、意識的に使うことでで現象を起こすことも出来た。


これが魔法の始まりとされているから、神代言語は魔法の元型でもある、と言い換えても間違いではない。


 ちなみに魔法って名称が生まれるのはもっと後の時代になってからね。なにしろ当時は当たり前にできることだったから、名称なんて必要なかった。


 魔法学校や魔導書とかで学べる魔法の詠唱や魔法陣の術式なんかは、この神代言語をベースに改良を重ねられているものってことになってる。実際には改良っていうか、現代の人間にも使えるようにデチューンされたって感じなんだけど。


 なにしろ神話時代の人々は、人とは言っても今とはまるで別の存在だ。一応古代()と呼ばれてはいるけど、精霊や下級神に近かったらしい。


 外見的特徴もバラバラで、ごく普通の人間っぽいのもいれば、背中に翼のある天使のようなのもいて、二足歩行する鳥みたいなのもいた。きっとここから分化して、色んな人類種になっていったんだろう。


 神々視点だと――言い方はちょっと悪いけど――人類種創造の実験をしてたのかもね。バージェス頁岩生物群的な? あそこまで無秩序じゃないけど。


 まあ外見はどうあれ、現代の人類種とは段違いのスペックだった古代人だけに、使っていた魔法も相応に高度で強力だった。現代の人類種へと近づいていくにつれ、魔法の方も徐々にデチューンされていったのも自然なことだったってわけね。








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