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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十五章 大図書館の恋(変)人たち>
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#15-29 サプライズ!




「ジェニファー、その、僕はてっきり皇国に居づらいのならまた学院に来るものとばかり……。卒業する時、講師就任の打診を受けていただろう?」


「それも考えたのだがな。しかし学院は自治領とは言え、所詮は皇国と王国の一部。できれば離れた方が良いだろう」


「それは、確かにそうなんだけれども……」


「なんだ? 何か、不都合な事でもあるのか、ハインリヒ?(ニヤリ★)」


 みんなの了解が取れた? じゃあジェニファーさんにはもうオッケーを出しちゃうよ? なんならそのまま連れて来ても構わない? 分かった。まあジェニファーさんにも準備があるだろうから今日連れていくかは分からないけど、そう伝える。じゃあ切るねー。ポチッとな。


 というわけで、リーダー以下仲間たち全員の許可が得られましたよー。


「……って、あれ? なんか揉めてる?」


「揉めてるというか……、これはたぶん痴話喧嘩……かな?」


 困ったような笑顔で評する舞依が可愛い――じゃなくって。


 うん、確かにこれは、なんというか広義では痴話喧嘩、なのかなぁ? ジェニファーさんに余裕があり過ぎて、一方的にあしらってるように見えるというか。喩えるなら、武術の達人が、弟子の本気を軽々と捌いているような――そんな感じ?


「その、僕的には不都合があるというかなんというか……。いや、それよりも、君だって言っていたじゃないか。自由に選べる立場なら、自分も学院で指導役をやってみたいものだって」


「ああ、今でもその思いは変わらない。それにしてもよく覚えていたな。流石はハインリヒ、大した記憶力だ」


「そりゃあ覚えているさ……、君の事だから(ボソリ)。……ともあれ、この状況は不本意かもしれないけれど、結果的に今君は自由に選択肢を選べるようになったじゃないか。だったら……」


「うむ、その通りだ。だからこそ、蓬莱へ行きたいと思ったのさ」


「……どういう事だい?」


「一言に纏めると、学院よりも面白そうだ、ということになるな」


「面白そうって……、そんな理由で?」


「そんな……、などと言ってくれるな。心の赴くまま自由にやりたい事、行きたい場所を考えた結果なのだから」


「心の赴くままに選択した結果が、蓬莱とやら……なのかい? 学院や、僕じゃなく……」


 おっと、ジェニファーさんの言葉がハインリヒさんに大ダメージを与えてしまった! っていうか、ポロッと「僕じゃなく」とか言っちゃってるけど、良いのかな?


 ジェニファーさんが気付いて無いなら――いや、気付いてるね。ガクッとテーブルに突っ伏してしまったハインリヒさんには見えて無いだろうけど、口元にニヤリと笑みが浮かんでる。


「フッ、ハインリヒも行ってみれば分かるさ。土地もそうだが、そこに集まる人材も興味深い」


「……興味をそそられるっていうのは僕にも分かるけど、休暇が取れないし……」


 突っ伏したままのハインリヒさんが、不貞腐れたようにモゴモゴ喋る。ジェニファーさんの意志が固いことを悟って意気消沈ってところかな。


「休暇か。それならばいい方法がある。上手くすれば一か月くらい取れるかもしれない」


「どんな手品を使えばそんな事……」


「なに、簡単な事だ。私と結婚すればいい。これまで取れなかった休暇と新婚旅行を合わせて、そのくらいはもぎ取れるだろう?」


 …………


 ……


 時間が止まった――わけでは無いけど、それほど大きくは無かったはずのジェニファーさんの台詞バクダンに、カフェテリアがシンと静まり返った。


 えっ? っていうか、ちょっと待ってジェニファーさん。こんなところで前振りも無しにプロポーズって、マジすか? 舞依とクルミも目を丸くして、手を口元に当てている。


 ガバッ!


「ジェ、ジェニファー、い、今、なんて……?」


 勢いよく立ち上がったハインリヒさんが、テーブルに両手をついて身を乗り出し、これ以上ないほど目をまん丸に見開いて訊き返す。


 それに対し、キリッとした表情のジェニファーさんはきっぱりと宣言した!


「結婚しよう、ハインリヒ」


 …………


 ……


 どひゃーっ! 言った! 言ってしまいましたよ、この御令嬢おひとは!


 カフェテリア内のほぼ全員の視線を集めているのは分かっているだろうに、怯むことなく、ついでにテレも無く、クールに言ってのけた。ジェニファーさん、あんたオトコや! っと、驚き過ぎてなんか変なノリになっちゃった。反省、反省。


 ――で、それに対するお返事は?


「……は、はい、よろしくおねがいします……ぅ?」


 呆然としたまま、ハインリヒさんがまるで独り言を呟くように言う。ビミョ~にカナ文字なのと、若干疑問符がついてるのはご愛敬ってことで。きっと信じられない気持ちのまま、ただ本音が零れ落ちちゃった感じなんでしょう。


 そしてカフェテリアはと言うと、狂喜乱舞? 驚天動地? いや、阿鼻叫喚――も、ちょっと違うか。ともかく、それはもう“どっかーんっ!!”ってな感じの大騒ぎ。


 このカフェテリアに出入りする人は殆ど大図書館の関係者で、ハインリヒさんの事はもちろん、ジェニファーさんとも顔馴染みだからね。ジェニファーさんの婚約解消は周知の事実だし――それくらい大きな話題ゴシップだった――二人の関係と今後の展開を、ニヨッとしながら生温かく見守っていたんだろう。


 それが突然のプロポーズ。しかもジェニファーさんの方から。いやー、そりゃあ大騒ぎになるってもんでしょう。


「おめでとう!」「おめでとうございます!」「フシューフシュー」


 パチパチパチと拍手をしつつ二人を祝福する。クルミの口笛が相変わらずなのは気にしない方向で。


「やったな、ハインリヒ!」「違うでしょ! やったのはジェニファーさんの方!」「ハハッ、そうだそうだ。自分から言えよー、ハインリヒ」「情けないぞー」「あんただって人のこと言えないでしょ?」「な、なにおーっ!」「ハハハ、そういうのは後にしろ」「そうそう、折角のおめでたい話なんだから」「ヒューヒュー!」


 沢山のお祝いの言葉を貰い、ようやくハインリヒさんも頭の処理が追いついたようで、顔が徐々に紅潮していく。


「いや、ちょっ……、待ってくれ、ジェニファー。こんないきなり……」


「いいや、待たない、言質は取った。私が結婚を申し込み、君は了承した。この事実は変わらない」


「それを翻す気は毛頭ないけど、そうじゃなくて……、こう、あるだろう? 相応しいシチュエーションというか、雰囲気ムードというか……、そういうものが」


雰囲気ムードについてはともかく、落ち着いて美味しいお茶を頂きながらというシチュエーションは悪くないだろう。何より、信用できる証人も居るからな」


 って、それって私たち? まあそれは良いんだけど、言質だの証人だのと、ジェニファーさんの物言いはプロポーズと言うより、同盟を結ぶ交渉でもしている感じだね。


「ジェニファー……、君って人は……。まあ、分かっていたことだけど……」


 ドサリと椅子に腰を下ろし、そのままズルズルと姿勢を崩すハインリヒさん。


 いや、まあどっちかと言うとハインリヒさんの方の気持ちが分かるけどね。だって一世一代のプロポーズともなれば、それなりにドラマチックなシチュエーションを用意したいものでしょ?


 別に高級ホテルの展望レストランを貸し切って、フラッシュモブまで用意して――なんて言わないけどさ。でも例えばいつもの自分の部屋で二人きりとかでも、花を飾るとかキャンドルを灯すとか、ちょっとした特別感を演出はできるもんね。


「フフッ。……しかし言わせてもらえば、それは君が悪い」


「僕が?」


「そうさ。こう見えて、私だってれっきとした乙女だ。好いた男からのロマンチックなプロポーズを夢見る気持ちも、それなりにあったんだ。手紙などでそれとなく催促をしたつもりだったのだが、君ときたらいつまで経ってもしてくれない」


「えぇぇ~……」








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