#03-12 異世界人権事情
海賊と戦うのならば、一応確認しておきますか。
「海賊って殺してしまっても罪に問われませんか?」
「ありません。首謀者は生かして捕らえることが望ましいですが、あくまでも余裕があればの話です」
基本、この世界で犯罪者に人権は無いらしい。――というか、全ての人間が生まれながらに持っている権利という意味での“人権”っていう概念がそもそも無いっぽい。
例えば街中で置き引きやスリに遭ったとして、その犯人を殺してしまっても「ちょっとやり過ぎたね」と、軍の警邏隊に口頭で咎められるくらいで済むんだとか。少なくとも過剰防衛で罪に問われるようなことはない。
もっともただのスリで、しかも犯人が子供だったりした場合、そこまでやっちゃうと周囲に白い目で見られることになるだろうけど。まあその辺の感情的な話は、世界が変わっても同じなんだろうね。
ともあれ、街中ですら犯罪者はそういう扱い。まして街の外では、ね。
なんにしても、そういうことなら何も問題無いかな。やり過ぎたらマズい、なんて余計な事を考えてたら戦い難いことこの上ない。
「んっ!? まさかお嬢ちゃんも戦うつもりなのか?」
「ええ、まあ。そのつもりでいますよ」
「いやしかし……、お嬢ちゃんは一応お客さんなんだがな」
「そこはまあ、アレです。一宿一飯の恩義、みたいな?」
一宿一飯の恩義で海賊退治なんて、なんだか義侠の人って感じだね。名付けて、女子高生用心棒! 何だろう? B級映画臭がするというか、低予算ゲーム風味がするというか、このビミョ~な響きは……
「しかし、自分で魔物を狩っているとは聞いていたが、君は対人戦の経験もあるのか……」
「それが実は無いんですよね」
変に信頼されても困るから、欧米風にヤレヤレポーズをしつつ本当のことをバラしておく。
「オイオイ」「レイナ様……」「「……」」
「実戦経験は無いんですが、一人旅を続けていればそういう事態に遭遇することもあるでしょう。丁度良いので海賊には実験台……んんっ! 経験を積ませてもらおうかと思いまして。私のことはご心配なく。足手纏いにはなりませんので」
鈴音のところの道場で、私は師範から実戦を想定した手ほどきを受けている。
実戦。それはつまり殺し合いの事を指す。
実はこのこと――実戦を想定した鍛錬があること自体、鈴音を始めとする大抵の門下生は知らない。私たちのグループは全員が道場に(一応)通っていたけど、師範から認められてこれを教えられたのは私と秀の二人だけだった。
初めて本物の殺気を浴びせられた時は、全身の肌が泡立ち身が竦んで、一瞬呼吸することすら忘れてしまった。
どうにかそれに慣れた頃にした最初の手合わせは防戦一方の酷い有様で、あの時は本当に死を覚悟するほどの恐怖を感じた。
この鍛錬を通して、私は心のスイッチの切り替え方を身に着けた。
一種のマインドセットって言ったらいいのかな? 常識とか法とか倫理っていう現代日本人に染み付いてる価値観を封じ込めて、一切の情け容赦を捨て去る技術。
これが出来るようになって初めて、師範とまともな手合わせが出来るようになった。
とは言っても、師範には十分手加減をされてたんだけどね。本物の殺気を出しつつ手加減をするとは、器用というか底知れないというか、本当におっかないお爺ちゃんだった。秀のところの当主さんもだけど、なんでか私たちの周囲には癖の強いご老人が多かったんだよね。なんでだろう?
秀は殺気に対抗できるようにはなったけど、スイッチの切り替えまで出来るようにはならなかった。対峙するのが知ってる人では、どうしても本気で「相手を殺さなければ」とは思い込めないって言ってたね。
「秀は優しいからの。仕方があるまい」
なんてのたまう師範に、それじゃあ私が優しくないみたいじゃないと断固抗議すると、二人は「何言ってんだコイツ」みたいな目でキョトンとしていた。まったく失礼しちゃうね。
ともあれ、そういう訳で実戦経験は無いけど、それに近い鍛錬はそれなりに積んでいる。だから対人戦にあまり気負いはない――と思う。
どうやらこの世界では、海賊・山賊・盗賊と賊の字が付く存在は割とありふれているらしい。現代日本よりも殺意や死がずっと身近で、身を守るには殺人も止む無しという世界だ。
それは理解した上で。
私は舞依に人殺しはさせたくない。鈴音と、ついでに久利栖にもね。
きっと秀は大丈夫だと思う。異世界に来てしまった以上、覚悟さえ決めてしまえば、手を汚すことを厭わないだろう。なにせ本家のお爺ちゃんの後継者に選ばれるくらいだ。メンタルの強さには定評がある。
でも舞依たちにはね、ちょっと厳しいと思う。仮に自分を殺す気で襲って来た相手だとしても、命を奪うまでは……っていう抵抗感はきっといつまでも消えないだろう。日本だったら警察に任せればいいからね。
でもこの世界ではそれじゃあダメだ。下手に情けを掛けて生かしておいたらまた襲われるかもしれないし、別の誰かを標的にするかもしれない。それにそういったならず者たちに、「襲撃に失敗しても殺されはしない」なんて話が出回ったら目も当てられない。
だからそれは私がやる。その為にも実戦経験は必要で、ここで――会頭さんたちのフォローを期待できる状況下で海賊に遭遇したのは僥倖とも言える。
我ながら酷い言い種だね。
私が人殺しをすることで守られるのなら、守られた側にだってその責任はあるんじゃないかって?
そうだね。異論はあるだろうけど、そういう考え方も間違ってないと思う。
で、それがどうかした?
私は、私が「舞依に人殺しはさせたくない」って思うからそうするだけ。そこに舞依の意思や感情は関係ないし、感謝されたいわけでもない。まして他人がどう思うかなんてどうでもいい。
さて、そんなわけで。
私自身の為に、海賊退治といきましょうか。