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#03-09 閑話 初めてのお姉様




 私はエミリー ミクワィア。ミクワィア家の末の娘です。


 メルヴィンチ王国の東海岸に、王国で最大の商業港があるノウアイラという街があります。ミクワィア子爵家はそこに本家を置く貴族です。


 ミクワィア家は商会を営んでいて、お父様は「我が家の本質は貴族では無く商人だ」と常々言っています。成人している上のお兄様たちも、商売をお手伝いしています。


 お母様たちはそんなお父様たちの事を「ミクワィアの男は根っからの商人だから」と言って楽し気に笑います。そして「貴族としての体面は私たちが守っているのです」と、胸を張っています。


 私はまだ十歳なので仕事はありません。家でお勉強の毎日です。


 植物や動物、魔物について知るのは楽しいです。地理や歴史について学ぶのも好きです。魔法に関する勉強は近々始まるそうなので、ちょっと不安で、とても楽しみにしています。


座学の方は良いのですが、体を動かすマナーやダンスの勉強は難しくて苦手です。


 でも私も貴族の家に生まれたのですから、いずれは社交界にデビューすることになります。苦手でも努力しなければいけませんよね……。


「エミリー。別にそこまで頑張らなくてもいいのだよ? 我が家は所詮成り上がりの商家だからね。必ずしも社交界に出る必要もない」


「父上の言うとおりだ。お前はずっとこの家に居ていいんだ」


「エミリーはお勉強もできるし、そちらの方面で助けてくれればいいんだよ」


 お父様たちとそんな話をした翌日から、ダンスの練習時間が減りました。内容も易しくなったように思います。


 …………


 家族に愛されているな、とは思っています。


 ですがその……、何と言いますか……


「ねえシャーリー。我が家ってちょっと……、ううん、かなり過保護……よね?」


「ふふっ。そうですねえ、どちらかと言えば過保護な部類に入るとは思います」


 シャーリーは私が物心ついた頃からついてくれている侍女です。仕事や社交に忙しい家族よりも、一緒に居る時間が長いと思います。


「ですが貴族の中にはもっと子供を溺愛している人もいらっしゃいますから、旦那様くらいの過保護はさほど珍しくもありません。あまり気にされるほどのことでは」


「……でも社交界に出ないわけにはいかないよね? 貴族の一員としては」


 正直に言えば、知らない人と話すのは苦手です。ましてやダンスをしながら会話もこなすなんて、私にできるとは思えないです。


「そうですね……。個人的な望みを言えば、お嬢様がデビューする姿を拝見したいと思います。ですがミクワィア家にはお嬢様の上に四人もいらっしゃいますし、社交面の人材は充分足りているとも言えます。必要の有る無しで言えば、必ずしもお嬢様が社交に出られることはないでしょう」


 えっ? 本当に出なくてもいいの?


「お嬢様、顔に出てらっしゃいますよ? ……今は余り悩まれないよう。日々、お健やかにお過ごしください」


「……それでいいの?」


「ええ。日々を大切に過ごしていれば、いずれ精霊樹のお導きがあるでしょう」


「精霊樹のお導き……。私にもあるのかな?」


「ありますとも。ですから今は思い悩むよりも、やれることを一つずつこなしていきましょう。差し当たっては、明後日からの旅支度ですね。ご本はどうしますか? もう何冊か持っていかれますか?」


「本は……、今回はそれだけにしておく。この前は船で酔っちゃったから……」


「そうですねえ。真っ青な顔をしてらっしゃいましたからね」


 去年から、私はお父様の商談の旅に同行しています。今の私では仕事の手伝いは出来ないので、本当にただ同行しているだけです。


 見知らぬ人と話すのはやはり苦手ですが、新しい物、知らない物を見たり触れたりするのは楽しくて、いつのまにか私はこの旅を期待するようになっていました。


 今度はどんな物を見ることが出来るのでしょうか。すごく楽しみです。







 今回もとても楽しい旅になりました。


 異国というのは文化が違うので、日用品一つとってもデザインや色遣いが異なっていて、目新しいものばかりでした。言葉も異なるので片言でしか話せませんでしたが、もともと会話は苦手なので、むしろ気が楽だったように思います。


 ですが一番の驚きは、帰国する途中で起きたのです。


 帰国の途上、漂流者に遭遇し救助することになったのです。


 第一報はそうでしたが、実際に救助した人物は漂流していたわけでは無く、特に困ってもいないと話しているとすぐに訂正の報告が届けられました。


 俄然興味が湧いたらしいお父様が直接会いに向かったので、私も後からくっついて行くことにしました。私もどんな人なのだろうと気になったのです。


 お父様の陰から顔を出して見た人物は、漂流者と聞いて抱いていたイメージとは全く違いました。


 とても大変な思いをして決死の旅を続けていた――という印象は全くありません。全身を覆い隠すローブを着ているのでまるで物語に出てくる魔女のようでしたが、想像していたようなボロボロな雰囲気はなく、街で見かけても違和感はないでしょう。


 お父様が名乗ると、その人はフードを取ってレイナと名乗りました。


 驚きました。女性だったことにも驚きましたが、とても綺麗な人だったのです。


 我が家のお母様たちは、社交の為に日々美しさを磨くことに余念がありません。レイナ様の髪や肌の色艶は、そんなお母様たちにも引けをとりません。漂流していたという話ですが、一体どんなお手入れをしているのでしょう?


 ……なんだか急に自分の事が気になり出しました。一応、毎日体は拭いていますし清潔にしているつもりですが、船旅の最中では出来ることに限りがあります。


 これまでは皆が同じ――というか私は優遇されている方なので気にならなかったのですけれど……。大丈夫かな? 汗臭かったりしないですよね?


 そんなことを考えながらレイナ様の事をチラチラと見ていたら、話しかけられてしまいました。


「あ、あの、私、エミリー ミクワィア……。どうぞよろしく……でしゅ」


 ううっ……、噛んでしまいました。恥ずかしいです。


 もう少し人見知りを改善しようと、密かに決意しました。







 食堂に場所を移してレイナ様とお話します。


 レイナ様は一人で旅をしていると言い、ミクワィア商会に買い取って貰えないかと沢山の魔物の素材をどこからか取り出しました。


 お勉強の一環として魔物の角や革などを見たことはありましたが、レイナ様が見せてくれたものは素人目ですが、どれも良いもののように見えます。


 ところでレイナ様はどこからこれらを取り出したのでしょう。やはり右手を添えている箱からでしょうか? ということは魔法鞄の一種ということですね。


 ――でもおかしいです。確か魔法鞄と言っても鞄の口から物を出し入れするのは変わりませんし、鞄の口に入らないものの出し入れは出来ないはずです。


 その疑問を口にしようとすると、シャーリーが私の肩にそっと手を乗せて首を横に振りました。


 触れちゃいけないことのようです。ニッコリ笑いながらも目が笑っていないシャーリーがちょっと怖いです。鞄については深く考えないようにします。


 その後も驚きの連続でした。


 レイナ様はご自分で狩りをされるそうです。魔法だけでなく、剣やナイフも使うと仰ってました。外見からはそれほど力強い印象を受けないだけに、ちょっと信じられません。しかも一番頼りになる武器は鞄だそうです。私だって流石にそれは冗談だと分かります。


 次に遠く離れた場所に居る魔物の気配を察知して、船長に知らせました。その上、魔法でその魔物の姿を描き出したのです。


 そうして現れたクレセントヘッドツナを、レイナ様はあっさり撃退してしまいました。魔法を使うのかと思って見ていれば、手に取った鞄を振り下ろすだけで終わってしまいました。


 鞄が巨大なハンマーと化して魔物へ伸びていく光景は、自分の目で見ていても信じられませんでした。一番頼りになるという話は、冗談では無かったのですね。


 魔物の騒動が収まり一休みした後の夕食の席では、レイナ様が提供したワインをお父様たちが絶賛していました。ねだる様なお父様たちの視線に、レイナ様が笑ってもう一本取り出したのには身内としてちょっと恥ずかしかったです。


 あ、私もほんのり僅かな酒精のあるワイン風ピロールジュースを頂きました。ちょっぴり頭がぽわんとして、酔うという感覚が分かったような気がします。少し大人になった気分です。




「素敵な人だったなぁ……、レイナ様」


 自室に戻って休む支度をしている時、ふと口から零れました。


「そうですね、とても魅力的な方だと思いますし、興味深い方です。少々不可解で、怪し……いえ、ミステリアスなところもありますが。恐らく旦那様がたもそうお考えでしょうね」


「お父様たちが? そんな素振りは何も……」


「それはもちろんそうです。あれだけの商材ものを前にすれば、多少の不可解さなど目を瞑るのが商人というものです。下手に突いて、絶好の機会を逃すわけには参りませんから」


「そういうものなの?」


「ええ、そういうものです。旦那様はお嬢様の前ではただの親バ……んんっ、過保護で優しいお父様ですが、仕事の面では一流の商人です。ある意味、旦那様はレイナ様を対等な商談相手として認められたということですね」


「商談相手かぁ……。でもレイナ様は旅の途中だと仰ってたから、今回限りの事よね。街に着いたら、すぐに旅立ってしまうでしょうし……」


 もしノウアイラの街に定住するようになれば。そうでなくともミクワィア商会と定期的に取引をするような関係になれば、これからもレイナ様とお会いする機会ができるのに……。旅をしているのでは難しいですよね。


「……珍しいですね。お嬢様が初対面の方のことをそんな風に仰るのは」


 シャーリーがくすくすと笑います。


 言われてみれば不思議です。私は人と打ち解けるのに時間がかかるので、初めて会った方とすぐにまた会いたいと思うようなことはほとんどありません。


「ああ、ですがレイナ様のように貴族ではなく、また商会の関係者でもない方というのは初めてですね。それに少しだけ年の離れた女性というのも。もしかするとお嬢様は、ずっと姉的な存在が欲しかったのかもしれませんね」


 シャーリーの言葉が、私の中のぼんやりとした感情を形にしてくれました。


 考えてみると私にはお兄様しかいませんし、シャーリーは家族同然に思っていても使用人として一線を引いて私に接します。それにシャーリーは一番上のお兄様より少し年上なので、どちらかと言えばお母様に近い感覚です。――口が裂けても本人には言いませんけれど。


 そうですね。私はどこかで姉が欲しいと望んでいたのかもしれません。優しいけれど甘やかしすぎることがない、身近な場所で手本となり目標になってくれるようなお姉様が。


 立ち居振る舞いが綺麗で教養も強さも兼ね備えるレイナ様は、私が想像する理想的なお姉様像かもしれません。


 心の中だけでも、レイナお姉様とお呼びしてみようかな。


 ……でもそれだけに、すぐにお別れしなければならないのが残念です。


「お嬢様、そう残念そうな顔をされなくても大丈夫だと思いますよ?」


「どうして?」


「先ほども申しましたが、旦那様は一流の商人です。レイナ様のような方と知り合った以上、なんとしてでも繋がりを確保するでしょう」


「……そんなに上手くいくかな?」


「正直に言えば、難しいとは思います。レイナ様にはまだまだ秘密がありそうですし、一方でこちらには繋ぎ止める為の手札が余りありません。ですが、完全に切れてしまうことは無いでしょう。レイナ様の方も、お嬢様の事は気に入っておいでのようでしたしね」


 シャーリーがニヤリと口の端を上げました。まさか……


「もしかして、レイナ様が頭を撫でてくれたのって……」


「ええ。私がどうぞと(視線で)お勧めしました。ご存知ですか、お嬢様。ペットを売る時のコツは、お客様に抱っこさせることなんですよ?」


「もうっ、シャーリー!」


 たまにシャリーはこういう事をするのです。私の事を上手く利用するというか、取引材料にするというか……。しかも私も含めた誰にも気付かせないように、それはもう上手に。


 でも今回のことだけは、ちょっとだけ感謝しなくもないです。愛玩動物扱いは酷いと思いますけれど。


 この先、レイナお姉様ともっと親しくなれるといいな。


 そんなことを思いながらベッドに入りました。








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