#03-07 バチマグロ(メバチにあらず)退治
空中に投影された魔物の形状を見た会頭さんたちは、目を見開いて息を飲んでいる。
そんなに手強い魔物なのかな? 魔力はトナカイと同じくらいだけど。
「こんな形の魔物ですけど、分かりますか?」
「あ……、ああ。これはクレセントヘッドツナだろう。特徴的な頭だから間違いない。船長、出現情報はなかったのか?」
「ここらに出るって話は聞いてませんね。ですが……」
船長さんによると、去年辺りから支配個体が行動範囲を広げたり、一般的な魔物が大型化して支配個体になったりという、通常では見られない現象がちらほらみられるようになったのだとか。
船長さんは支配個体の縄張りから外れる比較的安全な航路を選択していたので、もしかすると今回はそのイレギュラーに遭遇してしまったのかもしれない、とのこと。
ちなみに支配個体っていうのは、多分エリアボスの事だと思う。聞いた話を纏めると、周辺の魔物から頭一つ抜きんでた強力な個体で、広い縄張りを持ち、その外に出ることは滅多にない、ってところ。
話の腰を折ったら悪いから、直接訊ねてはいない。――もの知らずがバレたら困るとか思ったわけじゃあない。いや本当に。
「厄介な話だね。護衛の人員を増やした方が良いかな?」
「ええ、まあ。とは言っても、支配個体に出くわしちまったら、基本は逃げの一手になりますんで……」
「うーむ、それもそうか。しかし何もしないわけにも……」
逃げの一手、という割には妙に落ち着いているよね? クレセント――だと長いからバチマグロでいいか。バチマグロは支配個体としては弱い部類で、会頭さんたちでも余裕で撃退できるってこと?
会頭さんたちは頭を悩ませているから、エミリーちゃんに訊いてみよう。魔物のことも勉強してるみたいだし。
「エミリーちゃん、ちょっと質問してもいいかな? コレは大きいだけで案外弱い魔物なの?」
コレ、とバチマグロ型の光魔法を指差す。
「い……、いいえ、そんなことはないです。強力な水属性の魔法を使いますし、皮も硬くて並の武器では歯が立たない、という話です。それから先端の三日月のところが鋭い刃物のようになっていて、船に突進してくることもあるみたいです」
「結構強いんだ。その割には落ち着いてるように見えるけど……」
「えっと、それは追い払うだけならそう難しくは無いからなんです」
「倒すんじゃなくて、ってことね?」
エミリーちゃんによると、バチマグロの背びれの手前には魔法発動体があり、ここに一定以上の強い衝撃――魔法でもOK――を加えると、気絶して沈んでいくのだとか。
なるほどね。気絶してプカリと浮かぶなら後はタコ殴りで殺れるけど、沈んでしまっては普通の人では攻撃オプションが無い。無防備に沈んでも支配個体だけに、周辺の魔物では文字通り歯が立たないと。
だから“脅威では無いが倒せない魔物”とも呼ばれるそうだ。
ちなみに弱点を露出したまま船に突っ込んでくるのはアホじゃなかろうか? という私の疑問には、その時は魔法発動体が体内に引っ込んで身体強化魔法を使うのだと答えてくれた。
それにしても本当にエミリーちゃんはよく勉強してるね。後ろに立っているメイドさんもどこか誇らしそうだ。
え、褒めてあげて? ついでに撫でてもいいって? 私が?
うーん……、まあメイドさんが良いというなら。
――なお、これは全てアイコンタクトによる会話です。
「ありがとう、エミリーちゃん。良く分かったよ」
ナデナデ
擽ったそうに、でも嬉しそうにはにかむエミリーちゃん。
うん、かわいい。
これはヤバいね。確かに親(兄・姉)バカになる。
さて十分に和んだところで、会頭さんたちに提案しよう。なにせこのバチマグロ、私に討伐されるために居るような魔物だからね。これを見逃すなんてとんでもない!
「会頭さん、船長さん。この魔物、私に任せてもらえませんか?」
というわけで、バチマグロがある程度接近してきたところで船尾楼の屋上へ。メンバーは食堂に居た六人。戦力的に考えてもベストメンバーだけど、なんとなく野次馬っぽい雰囲気なのは、会頭さんが妙にワクワクしてるからだろうね。
手摺の前に立ち、目に魔力を込めると水を切る背中が見えた。これは恐らく、魔法発動体を海面上に出してるんだと思う。宝石っぽいものがうっすら光ってるの確認できる。
船長さんと会頭さんも私より少し遅れてマグロを確認できた。エミリーちゃんはまだ魔力操作が上手くないのかな。しゅんとしてたから、望遠の魔法を使って見せてあげたら喜んでくれた。うん、かわいい。
望遠の魔法は、要するにカメラのズームレンズを再現したようなもので、無人島を探索中に開発した。もっとも私が見る分には目を凝らすだけで良いから、もっぱらスマホでの撮影用なんだけどね。
頃合いかな? あんまり近づかれて攻撃されたら面倒だ。
船の縁にひらりと跳び移り、手元にトランクを呼び寄せてハンマーに変形させる。
大きく振りかぶってー。ピッチャー、第一球――ではなく。
「せーのっと」
振り下ろしたトランクはぎゅんと柄が伸び、同時に本体も巨大化していき――
「なっ!」「はぁっ!?」「ええっ!」「「っ!!」」
ゴスンッ!
見事にバチマグロの背びれの手前、キラキラ光る宝石のような部位に命中した。
なんというか、間合いを思ったように調整できるのは反則だよね。私にとっては神様からの贈り物でも、相手からすればズルだと喚きたくなるかも。
だからと言って、遠慮するつもりは無いけど。私がこの船に乗ってたという、我が身の不運を呪ってくれ。――なんてキメ台詞を(心の中で)言ってみる。
おっと、バチマグロがズブズブと沈んでいく。本当に気絶するんだ。というわけでさっさとトランクに収納。スロットを操作して時間を止めておく。
トランクを元に戻して手摺から降りれば、バチマグロ退治は無事完了っと。
「これでもう大丈夫ですよ」
ニッコリ笑いかけると、会頭さんたち五人は唖然としていた。復活にはもうちょっと時間がかかるかな?
さて、いろいろと手札を見せてみた。
魔法。恐らくは稀少な素材。トランクの変形。よく見ていたならバチマグロを収納したのにも気付いたかもしれない。
それらを知った上で。
会頭さんたちは、私とどういう関係を結びたがるのかな?