#13-35 住人第一号!
「意外と身近なところでドラゴンが生活してるのですね……」
「うむ。まあ精霊樹の加護がある故、街中で暮らせる者は騎獣並みの瘴気しか持っておらぬし、若い者のような破壊衝動も無いのじゃ。心配には及ばぬのじゃ」
なお、長生きしているドラゴンが全て霊獣化するわけでは無いらしい。霊獣化するには、何かしらのきっかけで神の試練を乗り越えなければならないから。
フィディの場合は地酒を求める世界漫遊の旅――流石、趣味のスケールが大きいね!――をしている頃に、複数の種族の集落が深刻な対立をしている状況に出くわし、これをとりなす為に奔走。あわや戦争というところを、どうにか死傷者ゼロで収めた。これが神様の目に留まり、霊獣へと進化したのだとか。――試練は追認の形でもいいのか。
「おお、そうじゃ。ジェラルドという作家を知っておるか?」
フィディの問いかけに、レティを始めとする王都組が頷く。有名な作家さんなのかな?
「あれもドラゴンじゃ」
「ええっ!?」「本当でありますか!?」
「うむ。妾より二〇〇年ばかり若いドラゴンじゃな。モノの蒐集を趣味にする者が多い中、あ奴は民話や民間伝承の蒐集を趣味にしたのじゃ。それが高じて集めた話を編纂・出版し、更には創作まで手掛けるようになった、妾たちの中でもとびきりの変わり者なのじゃ」
若い頃の破壊衝動は無くなるものの、ドラゴンには基本的に“何かを創造する”という発想が無いとのこと。つまり、そこにあるものを食べる、集める、奪う、破壊する、という本能がベースにあるんだろう。
目の前にあるものは全て自分のモノ――は流石に言い過ぎだろうけど、欲しいと思って手に入らないものはほぼほぼ無い。無いものならば作らせればいい。要は本質が王様なんだよね。無いものを自分で作ろう、って方向に思考が向かない。
「それにしても……、案外バレずにやっていけるものなのじゃ。面白いのじゃ」
愉快そうに笑うフィディと、何とも言えない表情の王都組の対比がちょっと面白い。
と、その時どこからともなく部屋に入って来たキャニオンデビルが、レティの肩に飛び乗り、フィディの方を見て首を傾げ、一声「ニー」と鳴いた。さしずめ「この人誰?」ってとこかな?
ガタンッ
「なっ! 性悪ネコ! 何故こ奴がこんなところにおるのじゃ!」
あっはっは、性悪ネコ! まあ確かにそういう生態だよね。もっともそれは生存戦略なんだし、衝動のままにあっちこっち破壊するドラゴン(中二病期)よりましとも言えるのでは?
え? ああ、キャニオンデビルの習性ならみんな知ってるよ? 別に飼ってるわけじゃなくて、この辺を気ままにフラフラしてるだけだから、まあ放置してる感じかな。ただ愛でる分には可愛いし。
「まあ、本性を知っていて愛でておるなら良いのじゃが……。しかし、カーバンクルといい性悪ネコといい、変わったものを傍においておるのじゃ……」
お昼ご飯はフィディをおもてなしということで、豪華天ざるセット。各種天ぷら――もちろんメインは海老!――とざる蕎麦をメインに、出汁巻き卵とか筑前煮とかの小鉢をプラス。デザートはマンゴープリン。ちょっとお高いお蕎麦屋さんのお昼コース(松)って感じだね。
和食メインになったのは、フィディが「珍しいものが食べたいのじゃ!」というリクエストから。――コテンパンにやられたのに態度の大きさが変わらないところが、面白いというか残念というか。ま、きっとそれがドラゴンクオリティ(諸説あります)。
ちなみに食前酒に白のスパークリングワインを。エミリーちゃんにも飲めるように、アルコール度数低めで甘めのを。和食だし、食前酒は無くても――と思ったんだけど、フィディがお酒を飲みたそうだったからね。
一品口にするごとに「絶品なのじゃ!」を連発して目を輝かせるフィディは、見た目通りの年齢に見えて微笑ましい。というか私たちの中では一番年少で、かつ外見では一番近いエミリーちゃんの方が、食事のマナーが完璧で大人っぽい感じだ。
「なんじゃ、その表情は?」
「いや、なんでも。ところで箸の使い方が上手いね。どこで覚えたの?」
「ハシ? ああ、この二本の棒のことか? どこだったかは忘れたのじゃが、このような二本の細い棒を使う地域があっての。そこに滞在した時に覚えたのじゃ。使いこなせるようになると便利よの、このハシ? というのは」
なお、この城に滞在するようになってから、こっちの世界の皆も箸を使うようになっている。まだ完璧とはいかないけど、まあまあ慣れて来たところ。そんな皆よりもフィディの方が使いこなしている。うーん、長生きした経験はダテじゃないね。
フィディは全ての料理をぺろりと平らげ――っていうか、蕎麦はお代わりして――満足そうに「大変美味だったのじゃ!」と言って膨れたお腹を摩っていた。喜んでくれたなら何より。
「で、これがたぶんフィディがここに来たっていう匂いの元。試飲分の残りで、今はもうこれしかないんだけど」
「おおっ! これが!」
フィディはお猪口サイズのグラスに揺らめく黄金色の酒を愛おしそうに見つめると、次に香りを楽しみ、そしてほんの少し口に含むと目を閉じた。
「ううむ……、華やかでありながらどこか野性味を感じる香り、芳醇で奥深い甘み、その個性をしっかりと支える強い酒精……、これは良い……。蜂蜜酒は甘いだけという印象だったのじゃが、これは良いのじゃ。蜂蜜酒への評価を改めないといけないのじゃ」
どこぞのソムリエのように品評しつつ少しずつ蜂蜜酒を楽しむフィディ。いや、そんなもの欲しそうな目で見られても、それで最後だって言ったでしょう? あ、一応忠告しておくけど、お行儀が悪いからグラスは舐めないようにね!
「そ、そそ、そんな品の無いことを、わ、わわ、妾がするはず無い……のじゃ!」
どもってましてよ、フィディさん?
そんなこんなで昼食会はお終い。普段はやらない豪華ランチだったから、私たちもちょっと食べ過ぎ気味だね。なので、食後の紅茶を飲みつつまったりタイム。午後の行動はもうちょっと後で。
「……うむ、決めたのじゃ」
フィディがカップをソーサーに置いて徐に宣言する。――で、何を?
「妾もここに住むのじゃ。部屋を一つ用意するのじゃ」
一同がギョッと目を円くする。
ほっほぉ~。それはまた、一体どういう事なんでしょうか?
「ま、待つのじゃ! ちゃんと説明するから、その光る棒をパシンパシンするのは止めるのじゃ!」
「しょうがないなぁ。……はい、それで? どうしてそんな話に?」
「まったく、物騒な娘なのじゃ(ボソリ)」
聞こえてるよ。っていうか、それ、ドラゴンに言われたくは無いよ。
「……コホン。どうしても何も、ここは酒が美味いしご飯も美味い。蜂蜜酒もあのシュワシュワした酒もここで造ったのであろう? 他にも美味い酒がありそうじゃ。あと、この城も良い。上品でしっかりした造りでいて、華美ではない。自己主張がないから妾のコレクションを飾るのに最適なのじゃ!」
なるほど。建物の方も気に入っちゃったのか。お酒と御飯だけなら、たまに遊びに来るだけでいいんじゃないって話だけど。
「無論、ここを妾の城とするなどというつもりはない。というか、お主ら全員を相手にしたら、妾とてあっと言う間にステーキなのじゃ。そんな無謀な真似はしないのじゃ」
「……つまり、この城に下宿したいということでしょうか?」
城主として秀が訊ねるとフィディが首を傾げた。下宿が分からなかったみたい。ええと、長期間の民泊というか、家賃有りのホームステイというか――まあ、そんな感じかな。
「対価を支払うのでも良いが、妾もここで仕事をするのじゃ。ゲシュクではなく、移住を希望するのじゃ」
「仕事……ですか。うーん、ドラゴンにして貰う仕事と言っても……」
「すぐには思いつかないわね……」
秀と鈴音が悩まし気に顔を見合わせる。移住の希望は歓迎なんだけど、まさかその第一号がドラゴンとは考えてなかった。
どうしたものかと考え込む私たちに、フィディはフフンと得意げに胸を張る。
「お主たちこの島を領地として開発しておるのじゃろ? 若い精霊樹や植林の様子、区画だけは整えられた土地などを見れば一目瞭然なのじゃ。妙に立派な城だけがあるのは謎なのじゃが……」
「ははは。それはまあ、ちょっとした訳アリで」
「ほほー、訳アリとな。そのうち聞きたいものなのじゃ。……さておき、次は住人集めじゃろう? こう見えて妾は顔が広いのじゃ。緑の手を持つエルフに魔剣を打てるドワーフ、畜産が得意なムルニー、他にもいろいろおる。まあ本人が移住してくれるかは分からんが、少なくとも弟子を紹介くらいはしてくれるのじゃ。役に立ちそうだとは思わぬか?」
確かに住人集めは大きな課題だ。今のところ人を集めようと思ったら、ミクワィア商会かメルヴィンチ王家の伝手を頼るくらいしか方法が無い。何せ私たちは異世界人で、こっちに来てから一年も経ってないしからね。
ついでに言うと、浮島っていう特殊性もある。他所からちょっかいをかけられる可能性が限りなく低いのは良いけど、反面自然に人が集まる可能性も同じく低い。フィディみたいなのは極めてレアなケースだ。
そういう意味ではフィディの申し出は渡りに船と言える。――で、どうするの?
「僕は受け入れたいと思う。……ただ皆の意見も聞いておきたい。どうかな?」
結果、私たち(クルミも含めて)は全会一致で賛成。断る理由は無いよね。
ちなみに参考までにお客人組にも聞いてみたところ、こっちは意見が割れた。エミリーちゃんとフランは賛成、レティとシャーリーさんは消極的賛成よりの保留、ワットソン夫妻は消極的な反対。年上になるほどドラゴンの危険性が気になるみたい。フランは――まあ、その、マッドだからね。生態観察でもするのかな?
「と、いう訳ですので。歓迎します、フィディ」
「うむ、よろしく頼むのじゃ! そうと決まれば早速引っ越しなのじゃ。レイナよ、あの奇妙な乗り物を出すのじゃ。コレクションを運ぶ手伝いをせよ。タダ働きとは言わん。どうせ使い道のない金貨や妾の鱗やら何やらは、全てお主らにやるのじゃ。軍資金の足しにするとよいのじゃ」
「「「ええっ!?」」」
さすがは最強種の一角。いや、この場合は長命だからかな? 気前の良さというか、思い切りの良さが半端ない。
「はいはい、仰せのままに。お手伝いしましょ」




