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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十三章 浮島>
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#13-33 ギャン泣き(ドラゴンの歳って……)




 口の中に集中していく魔力の光から察するに、ドラゴンのブレスは魔法っぽいね。それともブレスはブレスで別にあるのかな? 肺とは別に“ブレスぶくろ”があるとかね。内部図解を想像するとちょっと面白い。


 さておき。自由に動ける状態の()を目の前に、無防備に技の溜めとは片腹痛い。舐めプですか。って、ああ、そうじゃなくて空に逃げれば大丈夫だと思ったのか。


 甘い! ということで思いっきりジャンプ――からの膝蹴りで顎をかち上げる。よし、ブレスはキャンセルした。


 もちろんこれだけでは終わらない。空中ジャンプでドラゴンの頭上へ、そこへ渾身の踵落とし。


 その場でくるんと一回転して、落っこちていくドラゴンに追い打ちをかけるようにラ〇ダーキーック! ちなみに空中ジャンプの応用で踏み込んでる(加速してる)ので、一回転に意味はありません。


 ズズーンッ! ギュワァァァーーー


 これで決着――おっと、背中に乗ってたら翼で追い払われた。流石にタフだね。


 それじゃあダメ押しといきましょう。尻尾を掴んで――せーのっ!


 ブォン ズズーンッ グギャァッ!


 もう一回、反対側に――せーのっと!


 ブォン ズズーンッ


 ――おや? 反応がない。うん、目を回してる。これはKOってことでいいかな? いいよね。よし、お仕置き完了!


 みんなー、もう出てきても大丈夫だよー。あ、そうだ、写真撮ってよ。後でいちゃもんを付けられないように証拠を残しておかないと。


 ええと、背中の上に立って、使ってないけどトランクハンマーを持ってと。こんな感じかな? ハイ、チーズ。オッケー? よし、完璧だね。


 ――ところで何で皆はそんなにドン引きしてるのかな? 我儘ドラゴンをお仕置きしただけだというのに。解せぬ。




 ドラゴンが目を回していた時間は、ほんの数分くらいだった。起きたらまた元気よく(性懲りもなく)絡んで来るかも――と思ってたんだけど。


「びえぇぇーーっ! 酷いのじゃ、何もあんなにボッコボコにすることは、えぐっ、無いのじゃぁー。わっ、妾はっ、ドラゴンなのじゃぞ! 崇められてもいい存在っ、ひっく、なのじゃぞ! それを、それを……、びえぇぇーーんっ!」


 目が覚めてキョロキョロして私を見つけると、ぷるぷる震えたかと思ったらポンッと――白い煙に包まれる、マンガとかでよくあるアレね――少女の姿に変身して、ぺたんと座り込み、ぴえんと泣き始めてしまった。


 いやいや、皆さん。そんな視線で非難しないでくださいな。ひたすら自分に都合の良いことばかりまくし立てる手合いは、基本話が通じないんだから。


 誰だってちゃんと話せば必ず分かってもらえる――なんて言う自称良識派の人がいるけど、それって嘘だよね。だって自分の要求を通すことしか考えてない、応じないなら力で――暴力、権力、弱みを握って恫喝等々、力の種類は色々――従わせるって最初から考えてる相手と話し合いになるとでも?


 まあ交渉で多少の譲歩を引き出せる程度かな。それにしたって大抵は交渉のテーブルに着く前に衝突がある。それに反撃して、膠着状態に持ち込んで、相手がコストや支持率を考えて対話に応じる――っていう流れが多いかな。


 ――おっと、話がちょっと逸れた。


 ともかく、ドラゴンっていうのは種族的に常に上位なんだろう。従わせることが普通の事で、要求が通らないとは露ほどにも思わない。そんな相手には最初にガツンとやって、こっちが上なんだと分からせないとね。


「うーん、でも、なにか適当なお土産でも持たせて、お帰り頂くっていうのは……」


「それは悪手。どうせまたすぐやって来るようになるし、要求がエスカレートするに決まってるからね」


「そうね……、そうよねぇ……」


 鈴音も少女が泣きじゃくってる様子を見て、心情的に一応反論はしたものの本気でそう考えてたわけじゃあ無い。何せ秀の補佐ヨメになるべく教育されてたんだし。


「テロリストには譲歩しない。これは国際基準だからね」


「そそ。……ま、実態は迷惑な酔っ払いだから、テロリスト呼ばわりはむしろ高尚過ぎるけどね」


「しっ、失敬なっ! ひぐっ、妾を酔っ払い扱いとは……」


「いや、登場の仕方は正しく酔っ払いでしょうに。で? 結局ドラゴンさんは何しにここに来んでしょうか?」


「そ、それはじゃの……の、前に、泣き過ぎて喉が渇いたのじゃ。なんぞ飲み物が欲しいのじゃが……?」


 思わず全員で顔を見合わせて苦笑する。多少下手にはなったけど、女王様気質は変わらないね。ま、飲み物くらいいいけど。トランクからストックしてあるアイスティーを取り出し、コップに注いでドラゴンさんに手渡す。


「んくっ、んくっ、ぷはぁっ。うむ、美味かったのじゃ。この紅茶を淹れた者は、なかなかの腕前なのじゃ。ありがとうなのじゃ。

 さて、妾がここに来た理由じゃったか? えーとそれは……、そう! 昨日はふらりと街へ散歩に出かけて画廊に立ち寄ると、気に入った絵を見つけての。買って棲み処に持ち帰ったのじゃ。

 なんじゃその目は? ちゃんと代金は支払ったぞ? 人が魔法発動体と呼んでおるものを持って行けば、金子などいくらでも手に入る。簡単な事なのじゃ。

 気に入った絵を見つけるなど久しぶりじゃから、コレクションと一緒に並べて、酒をちびちびやりながら愛でておったのじゃ」


 あー、そういえばドラゴンさんのねぐらには、美術品の類があったっけ。一人美術館を楽しんでたのか。文化的というか格調高いというか、なかなかブルジョワな趣味をお持ちのようだね。


「ちょーっとばかし飲み過ぎてしまって、酔い覚ましに空の散歩に出かけたのじゃ。するとこれまで嗅いだことの無い、甘く馨しい酒の匂いがするではないか。それを辿っていくと、少し前に現れた空に浮かぶ島に着いたのじゃ。

 ……なぜかそこから記憶が途切れておるから、恐らくそのまま寝てしまったのじゃろうな。それで目覚めたら縛られておったという訳じゃな。まったくえらい目に遭ったのじゃ」


「「「…………」」」


 うーん、これは私にも原因の一端があったってことになるのかな?


「これって怜那の蜂蜜酒ミードに引き寄せられたってことよね(ヒソヒソ)」


「そうかもだけど不可抗力でしょ(ヒソヒソ)」


「そうね。ここに来てからお酒を飲んだのは昨日が初めてじゃないし、ワインだってこの世界基準ではかなりの上物なのでしょう?(ヒソヒソ)」


 そうそう、舞依は良いことを言った。昨日に限らず酒好きドラゴンを釣ってしまうタイミングはあったんだよ。だから単にタイミングの問題だったんだと思う。


「あー、お宝発見でテンションが上がっとるところに、良い匂いがしてきたから今日はツイとるっ! ってなったんかもな」


「なるほどね。お酒の勢いもあって、そのまま突撃してしまったと」


 ふむふむ、大凡の経緯は分かった。あ、私に打ち落とされたことは覚えてないみたいだから、皆黙っておくように――とアイコンタクトで伝える。


「そ、そういう訳じゃから……」


 ヒソヒソ話をしている私たちに、ドラゴンさんが言い難そうに切り出す。


「お主たちはうまい酒を持っておるのじゃろう? 妾にそれを分けて欲しいのじゃ。も、もちろんただで寄越せなどとは言わんのじゃ。ちゃんと対価は支払う。意外かもしれんが妾はお金持ちなのじゃ。コレクションは渡せぬが、金貨なら無駄に沢山あるからの。なんなら妾の鱗や牙でもよいぞ?」


 チラッと目配せをして来る秀に頷く。対等な取引なら私から言う事は何も無い。対価をいくらにするとか、その辺はリーダーにお任せで。――ええ、丸投げですが、何か?


「取引でしたら吝かではありません。では――」


 グウゥゥ~~


 あはは、大きなお腹の音。一体誰の――って、私たちはちゃんと朝ごはんを食べたからね。音の主は当然――


「あ、あはは……。そういえば昨夜は酒しか飲んでおらんかったのじゃ……」


 さすがに恥ずかしかったらしく、顔を赤らめてテヘヘと照れ笑いをするドラゴンさん。うん、その姿なら可愛いね。


 それじゃあ場所を移すとしましょうか。







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