#13-17 外界デビュー!
土壌改良スライムの実験と実践は着々と成果を出している。
問題があったのは精霊樹の方ね。不安定さがなかなか収まらず、今の今までトランクの外に出すことができなかった。――ただこれはどちらかといえば、私の問題だった。
不安定さの原因は地球の世界樹とリンクしたことで、それはまあ分かってたことなんだけど、より正確に言えばリンクの繋ぎ方が拙かったことが原因だった。ええと、喩えて言うとサイズの合わない服を無理矢理着てるとか、腕時計のバンドを締めすぎちゃったとか? 精霊樹から伝わってくる印象はそんな感じかな。
それで精霊樹自身の存在自体が揺らいじゃうとか、枯れてしまうとかそういう深刻な事態が起きるようなことじゃあない。その点は安心。ただなんというかこう、収まりが悪いというか、ムズムズするというかそういう感じらしい。
その状態でお外に出しちゃうと、そのムズムズする感覚が周囲の環境に影響を与えかねない。周囲の気温や気流が乱れたり、今は浮島にいるから高度が上下するなんて可能性もある。若いとはいえそこは精霊樹。ある意味スケールの大きな話だね。
という訳で、神気の扱いに関してかなり本気で取り組みました。定期的に精霊樹と私の内面に潜って、精霊樹と対話しつつ収まりの良いようにリンクの繋ぎ直しも何度もやったよ。
いやー、大変だったね。魔力の消費も激しいし凄い集中力が必要だから、心身ともに消耗が激しいんだよ。ま、その甲斐あってリンクは良い感じに安定して、精霊樹の不安定さも解消された。――ついでに私の魔力量もかなり上がって、トランクに保管してる神気のストックも大分増えた。
ではでは。予定してたよりも大分時間がかかっちゃったけど、いよいよ精霊樹のお外デビューといきましょう!
現在の浮島の住人全員でゾロゾロとやって来たのは、城の庭園の中央。ちょっとした広場になっていて、元は噴水だか泉だかがあった場所ね。当然の如く瓦礫になってたからそれは撤去して、今は精霊樹の植木鉢が半分埋まるくらいの穴が掘ってある。あとちょっと危ないから簡単な柵で囲んである。
「城の庭園に設置してしまっていいのかい?」
「今は仮の設置だからね。最終的にはテーブルマウンテンの真ん中がいいかな? 池っていうか泉? は一旦潰しちゃうか、なんなら植木鉢ごと泉の真ん中に置いても良いし」
「泉の中央に精霊樹の小島がある感じになるのね。景観は良さそうだけど、そんなことして大丈夫なの?」
「たぶんね。何度も言うようだけど、精霊樹は樹木のように見えるけど、本質的には違うものだから。いずれにしても精霊樹の希望も聞きつつ、だね」
さてさて、それでは設置するよ~。皆さん、心の準備は良いですか?
三、二、一、ハイッ!
「「「おおー…………」」」
音もなく精霊樹の鉢植えが現れる。もはや見慣れてはいるけど、こうやって青空の下に佇む姿を見るとちょっとした感慨があるね。
ぼんやりと精霊樹を見上げていると、不意に精霊樹がほんのりと光り輝き、ふわりと風――というか、これは魔力の波動?――が吹いた。
精霊樹を中心に広がったそれは、テーブルマウンテンをすっぽり覆ったくらいで止まった。これは――
「怜那さん、今のはいったい……?」
「たぶん、これが精霊樹の加護なんだと思う。ほら、皆も感じるでしょ?」
いわゆる壁の内側に入った時の安心感というか、屋外には違いないけど危険は感じないというか――そういう感じ。そういう印象だけじゃなくて、空気も柔らかくなっている気がする。今は魔道具で気温や気圧の問題をクリアしてるけど、この分ならちゃんと根付いた後はその辺の環境も精霊樹が整えてくれそうだ。
後日、精霊樹と対話してみたところ、ちゃんと根付いた後ならこの浮島全体に加護を拡げ、気温や気圧だけでなく、浮島の高度や慣性制御――不用意に高度を変えたらちょっと間違えば大地震だからね――もできると思う、ってことだった。
恐らくこの加護は精霊樹にしてみると、仮に展開した――もしくは試運転――みたいな感じなんだろうね。だから範囲も私たちの生活圏であるテーブルマウンテンだけに留めてる。それでも今のところは十分ありがたい。感謝、感謝。
――って、エミリーちゃんやレティを始めとしたこっちの世界組が全員、跪いて手を組み合わせて祈りを捧げている。ちょ、どうしちゃったの皆?
ふむふむ、なるほど。精霊樹が新たに加護を与えたということは、街が一つ誕生したことに等しく、それはとてもめでたいことなのだと。今のご時世では、一生に一度すら体験できないようなことに立ち会えたことに感謝の祈りを捧げていると。
な、なるほど。
「お姉様、本当に分かっていらっしゃいますか?」
「レイナさん、これは本当に、重大な事なのですよ?」
祈りを捧げ終わったエミリーちゃんとレティにジト目で迫られてしまう。両手に花にしても、これはちょっと違うよね。もうちょっと可愛く迫って欲しい。いや、ジト目もそれはそれでいいものだけど。
なんて、あんまり冗談めかすと本気で怒られそう。
まあ私たち日本人組にとっての精霊樹って“本当にご利益がある御神木”くらいの認識だからね。そもそも日本人は宗教意識が低いし、私たち五人の中にも何らかの宗教の敬虔な信者は居ない。こっちの神様に直接会ったことはあるし感謝もしているけど、信仰心っていう意味では――薄いと言わざるを得ない、かな。
そんなだから、認識にズレがあるのはしょうがないって受け入れて下さいな。
「まあでも、公共の場では気を付けないといけない事ではあるだろうね。郷に入っては……と言うし、心に留めておこう」
異世界では私たちの方が異邦人だっていうのは忘れちゃいけないってことね。
「そうね。……ところで水を差すようで悪いけど、精霊樹を表に出す時間は様子を見ながら少しずつ伸ばしていくのよね? だったらこの加護も、すぐに消えてしまうんじゃない?」
「うーん……、見たところ結構しっかり張れてるみたいだから、精霊樹を中に入れても一日くらいは持つんじゃないかな? その間にまた表に出せば大丈夫だと思うよ?」
キラキラッ!
「……その通り、だってさ」
タイミングよく精霊樹が答えてくれて、皆からクスリと笑いが漏れる。
「せや、折角の記念やし、今日はここで昼ご飯にせえへんか?」
「ああ、それは良いね。今からいろいろ用意すれば、ちょうどお昼頃だろうし」
「決まりね。レティとフランも今日くらいは研究をお休みしたら?」
「……そうですね。では私も何かお手伝いします」
「ええっ!? 今からココに張り付いて、精霊樹の観察をしようと思ってたのでありますが……。それも駄目なのでありますか……?」
しょんぼり肩を落とすフランがカワイソカワイイ。体格的に子供みたいに見えるから、そういうポーズをされると許してあげたくなっちゃうよね。――計算でやってるなら、恐ろしい子! ま、居場所がランチの会場でもあるし、お昼までならいいんじゃない?
という訳で、フランを残して他のメンバーは城へ戻ります。
その前に、念の為もう一度精霊樹をよく観る。――うん、魔力も安定しているし、外の環境にちゃんと適応できてるね。もしかすると、精霊樹自身も外の環境に対して不安があったから狭い範囲でも加護を展開したのかもしれないね。
「怜那?」「うん、行こう」
さり気なく待っていてくれた舞依の傍に寄り、手を繋いで城へ向かう。
「一つ、訊いてもいい?」
いつもより少し抑えた声。遮音結界は張って無いから、内緒話って程じゃないのかな? 舞依の訊きたい事なら何なりと。
「少し不思議に思ったの。怜那が今まで神気の練習にあまり真剣に取り組んでなかったってことが」
「ああ……、うん、まあ普段の私ならそうだよね。そんな興味深い力を使えるようになったら、ちゃんと使えるように鍛錬するか」
「でも今回は、一応使える程度で止めてしまっている。どうして?」
「えーっと……、そうだ、習得が凄く難しくて急ぎでも無いから、今までぼちぼち練習してきて、そのレベルだった……んだよ?」
「世界樹とのリンクを繋ぎ直してから今までの期間で上達したのに?」
その言い訳は通用しません、と頬を膨らます舞依が可愛い。ご明察、恐れ入ります。
「もう……。そうだ、なんて言ってる時点で本気で誤魔化す気が無いでしょう? ちゃんと話して、怜那」
「うん、分かった、舞依。ただ隠すつもりはないけど、正直言ってかなり感覚的なことで、上手く説明できるかは分からないんだよね」




