#13-14 閑話 旅の報告(家族会議編)
正直、認識阻害の魔法は非常に難易度が高く、研究は頓挫したまま放置されていたのです。私の中で重要で無くなったのは、今の技術では不可能と結論が出てしまったからでもあります。
件の印象操作の魔道具もいわゆる遺物で、大災厄以前のものだと思われます。恐らくは神聖魔導王国製、もしくはその技術的な意味での前身となる謎の組織が製作したものなのでしょう。
慎重に解析を行った結果、現代の術式とは全く異なる魔法言語が使用されていて、再現するには先ずそれを読み解かなければなりません。しかもその言語が現在の様々な言語と異なる体系のようで、難解極まりないのです。
研究のサンプルとなるものが少なすぎるという事もあり、解読は現時点では不可能という結論が出たのでした。
――そのはず、だったのですけれど。
『ああ、それはたぶん神代言語と同系列の言語じゃないかな。とはいっても、それも人間が使いやすいようにしたデチューン版だろうけど』
あまりにもアッサリと答えられてしまい、愕然とし、テーブルに突っ伏してしまった私を、誰が責められましょう。マイさんとリノンさんが優しく肩を叩き、クルミちゃんが頭をナデナデしてくれました。ちょっとだけ癒されました。
『まあその、私のはズルだから。本職の研究者の皆さんには申し訳ないんだけど……』
私の様子にオロオロするレイナさんが、バツが悪そうにそう仰いました。
聞いたところによると、神様からいんすとーるされた――強制的に知識を詰め込まれた、というような意味だと理解しました――とのことです。
ただ、ほんの少し、初歩の初歩の部分を聞いたのですけれど、これはレイナさんだからこそ身に付けられたのだと思います。会話にせよ文字にせよ極めて高度な魔力制御が必要で、私などではとてもではありませんがまともに扱えないでしょう。
何せ当のレイナさん自身ですら、現時点では自由自在とはいかないと聞いています。もっと自然に使えるように練習中なのだとか。――練習すれば使えるようになるという事自体が、私には信じられないのですけれど。
「姉様、姉様、それはレイナだから仕方ないと思う」
「そうね。私は彼女たちが城に滞在していた期間に関わったくらいだけれど、レイナに関しては私たちとは別枠で考えた方が良さそうね」
「……ええ、本当に。行動を共にして、それは本当によく分かりました」
今回の旅では、レイナさんの異質さを度々目の当たりにすることがありました。そして割と早い段階で、リノンさんから「アレはそういうモノだと早めに呑み込んでおいた方が良い」と忠告されていたので、衝撃は受けても自分と比較しないようにできました。
本当に有り難い忠告でした。きっと皆さんも苦労されたのでしょうね。
――考えてみると、パートナーとして隣に立ち、時にはコントロールしている風でもあるマイさんは凄いですね。もしすると世界最強かもしれません。
「――以上が、私が見て来た旧神聖魔導王国領の現状です」
先王陛下とお母様方、そして姉弟が久しぶりに全員――リズ姉様が居ないのは仕方がありませんので――揃った夕食の後、そのまま居間に移動してお茶とデザートを頂きながら私的な報告会という流れになりました。
纏めておいた資料を元に、所々質問も受けながら説明を一通り終えます。
「想像を遥かに超える状況じゃな。もう少し安全に浮岩を確保できる場所でも見つかればと考えておったのだが……」
現状でそれは難しそうです。大陸中央部にある巨大な瘴気の沼と、広い範囲に広がり晴れることの無い瘴気を含む暗雲。目の当たりにして実感しました。この二つは我々人間の力でどうにかできるものではありません。
「旧神聖……面倒じゃな、もう呪われた大陸でよかろう。呪われ大陸の現状についてはよく分かった。放置するしかないということもな。ご苦労じゃったなレティーシア」
「ありがとうございます、お祖父様」
「うむ。……それで、彼らが持ち帰ったという巨大浮岩の屋敷に収められているという資料に関してじゃが、彼らに公開する気はあるのか?」
「差し支えない範囲のものに関しては、順次公開していくつもりはあるようです」
「差し支えない範囲というと?」
「それについては公開する気の無い分野に関して述べた方が早いですね」
大規模な破壊を齎す魔法・魔道具、人体や魔物を含む生体実験、環境の汚染が長年残るような実験、その他現代の技術的・倫理的な基準から逸脱しているものなど。基準はやや曖昧で、ある意味彼らが恣意的に公開・非公開の対象を決定すると言っても間違いではないでしょう。
けれど彼らの居た世界では、世界を滅ぼせるだけの大量破壊兵器を確保していた大国があったそうですし、利便性を追求して環境への配慮を怠った結果、生態系の破壊や汚染に悩まされていたと聞きます。
技術が進歩し過ぎる危険性をよく知っている彼らの方が、こちらの世界の人間よりもその辺りの線引きを正しくできるのではないかと、私は考えます。
「いずれにしても彼らが所有している資料ですから。判断は彼らに委ねるしかありません」
「ふぅむ……、確かにのう」
ちなみに私も資料の精査をしたので自分で目を通した分は知っているわけですが、当面は口止めされています。というか全ての内容を正確に記憶できたわけでは無いので、資料の持ち出しが禁じられている以上、勝手に公開はできません。
ただ浮島内での検証や実験の許可は得ました。そういう訳ですので、すぐにでも戻りたいのですけれど……。
「レティーシア、先ほど“つもりはある”と些かはっきりしない言い方をしたのは何故です?」
あっ、これは良い話の流れかもしれません。
「はい。実は彼らは資料の精査について、あまり積極的ではないのです」
「旧時代の技術を再現できるかもしれない貴重な資料なのに、ですか?」
「資料は偶然手にしてしまっただけで彼らが欲したわけではありませんし、彼らには彼らのやりたいことがありますから。単純に五人だけでは手が足りないというのもあります」
それからそう明言されてはいないのですけれど、彼らはどこか「滅びた技術なら滅びたままにした方が良い」と考えているような節があります。神聖魔導王国にあまり良い印象を持っていないようでもありますし、彼らの世界の過去と照らし合わせているようでもありました。
――黒歴史? という言葉が出たこともありました。なんとなくニュアンスは伝わりますね、黒歴史。
「ただ、私が資料を見る分には構わないと言われています。つきましては、私と……それから彼らの許可を得られたら私の研究室からフランを連れて、調査に赴きたいと思います。遊学の期間はまだ残っていますし、問題ありませんよね?」
お祖父様とお母様方が顔を見合わせて頷き、許可を下さいました。
ありがとうございます、と静かに頭を下げつつ、内心ではグッと拳を握ります。待っていて下さいね、まだ見ぬ資料たち! そう心の中で快哉をあげていると――
「ちょっと待ったーっ! レティ姉様ばかりズルいわ!」
シャルロットが立ち上がってフンスと胸を張って主張しました。
「私もレイナたちの巨大浮岩っていうのに行ってみたいわ。飛行船とは比べ物にならないくらい大きいんでしょう? そんなものが空に浮いてるなんて面白そう!」
「取り敢えず座りなさい、お行儀が悪いですよロッティ」
「はぁい」
母親に注意されたシャルロットが、口をちょっと尖らせつつも大人しくソファに座り直します。
「巨大と言ってもどのくらいの大きさなのか実際に見てみないと分からないし、興味深いというのも理解できますけれど、あなたが行っても邪魔になるだけでしょう?」
「そうだよ姉さん。レティ姉様は遊びに行くわけじゃないんだから」
「えぇー、でもレティ姉様の研究は半分趣味みたいなものなんでしょ? ということは、半分は遊びに行くようなものってことじゃない」
ギクリ
我が妹ながら鋭い指摘です。ええと誰かフォロー……、は無理そうですね。ススーッと目を逸らされてしまいました。ルナリア姉様にいたっては楽しそうにクスクス笑っています。
さて、どう説得しましょう?




