#03-04 ミクワィア商会
船旅をしているというのに全くヨレた感じの無いスラックス。現代日本の感覚だとちょっと装飾過多気味な、多分シルク製の長袖シャツ。襟にはスカーフ――でいいのかな? ネクタイではないフリフリのやつ――を巻いて宝石のブローチで留めている。光沢のある革靴には曇り一つない。
ジャケットを着ていないからこれでもラフな装いなんだろうけど、それでもきらびやかなお召し物だ。そして全く違和感が無い。板についている。
年齢は四〇代後半くらいかな。癖のあるブラウンの髪を後ろになでつけ、短めに整えられた顎髭がダンディーな、なかなかのイケオジさんだ。しかもバイタリティーが溢れてるというかエネルギッシュというか、働き盛りな感じ。
この人がきっと“会頭”さんだね。身に纏う雰囲気が全く違う。温和な雰囲気だけど、緑の眼光は鋭い。
会頭ってことは、商会か何かのトップってことだよね。貴族が商会を経営してるのか、或いは商会が貴族に舐められないように雰囲気作りをしてるのか。
さて、どっちだろう? 興味深いね。
「会頭。来たんですか……」
「ちょっと外の空気を吸いがてらにね。何しろ海のど真ん中で人と出会うなんて、そうそうあるもんじゃない。面白いじゃないか」
「面白いって……。こっちで話を聞くまで自室で待ってて下さいって伝えたでしょうに」
「だがこちらの申し出を一旦は断ったんだろう? 何かするつもりなら嬉々として乗り込んでくるさ」
「だとしてもですねぇ……。海の上では俺の指示に従ってもらわなくては」
「分かっているさ。けど今回はいわば客人を招いたようなものだ。その対応は私がするべきではないかな?」
「遭難者の救助と客を招待するのとでは違いますよ。まったく、ああ言えばこう言う……」
なるほどね、一応は警戒してたってことか。当然だと思うけど、それを本人の前に言っちゃうのはどうなんだろう?
溜息を吐く船員(船長?)とカラカラと笑う会頭さんの対比がちょっと可笑しい。というか何処か既視感がある。
――あ、そっか。私が何かやらかす度に、苦笑しつつも付き合ってくれる舞依たちの感じに似てるんだ。
ちなみに“やらかす”っていうのは舞依たちの言い分であって、私にそんなつもりは無い――ことが多い。いわゆる見解の相違。
さておき、そう考えるとこの会頭さんは私と同類ってこと? 親近感が湧くね。
「ようこそ、我が商船へ。私はドルガポー ミクワィア。ミクワィア商会の会頭で、この船のオーナーでもある」
会頭さん、ドルガポーさんは、こちらに向き直ってきちんと自己紹介してくれた。
こんな怪しげな相手に対しても侮らずに接する。なかなか出来ることじゃない。特に偉くなった人や、自分は偉いと思い込んでる人はね。
秀のところのパーティーには、そういう人がわらわらと居た。まあご当主のお爺ちゃんは、そういう人物を選別する目を養うって目的も込みでパーティーを開いてたんだから、居て当たり前なんだけど。
さておき、礼には礼を。
被ったままだったフードを外し、姿勢を正す。カーテシーは……やり過ぎかな? 今回は止めておこう。こっちのマナーも分からないし。
「初めまして、怜那と申します。お招き有難うございます」
会頭さんが少し目を瞠り、船員たちがザワッとする。少し離れたところからヒュウ~ッと口笛が聞こえた。
こういう反応はちょっと新鮮。若い女が珍しいのかな?
「オラ、お前らっ! こっちはもう良いから持ち場に戻れー!」
船長(推定)の声に、船員たちはブーブー言いつつも散っていった。
「すまねぇな。まあ海の男はあんなもんだから許してやってくれ。ああ、俺はこの船の船長をやってるジェイクってもんだ。……で、お嬢ちゃんは一体どうしてこんなところに一人で?」
「訳あってはぐれてしまった仲間を探して旅をしているんです。大陸を目指していたんですが、商船に出会えたってことは方向は合ってたみたいですね」
「しかしいくら何でも筏で大陸までは無謀だろう? 水や食料は?」
「ああ見えてそれほど不便はないんですよ。物資も十分に用意してありますし」
「そう……なのか?」
「まあ立ち話もなんだ、取り敢えず中でお茶でもしながらにしよう。レイナさんの部屋も用意させよう。ああ、遠慮は無用だよ? こちらも物資に余裕はあるし、売り物では無いからむしろ航海中に消費しきってしまった方が無駄にならない」
あらら、外堀を埋められてしまった。久しぶりのお茶にも惹かれるものがある。
「では、お言葉に甘えまして。……ところで、そちらの方は?」
実は最初から気になってたんだけど、会頭さんの陰に小さい子が隠れてるんだよね。スカートは見えてるし、時折ちょこんと顔を出しては引っ込んでを繰り返してるから
、ちゃんと隠れてるとは言い難いけど。
「ああ、これは失礼。私の娘なんだが少々人見知りでね。ほら、挨拶なさい」
会頭さんに背中をそっと押されて、女の子が前に出てきた。フワフワの赤みのある金髪――ストロベリーブロンドっていうのかな?――が良く似合ってる。さっきから仕草が小動物っぽいから、なんとなくちんまりとした印象がある。
「あ、あの、私、エミリー ミクワィア……。どうぞよろしく……でしゅ」
最後に噛んでしまったエミリーは、顔を真っ赤にしてまた会頭さんの陰に隠れてしまった。
うん、可愛い。やっぱり小動物っぽい。
ちなみに会頭さんは親バカ丸出しのデレデレ顔だった。いや、確かに可愛いけどさ。立場的に威厳が大事でしょ。そんなんで大丈夫?
と思って船長さんを見ると、処置無しという感じで首を横に振っていた。
あ、普段からこの調子なのね。
案内された食堂で、コーヒーを頂きホッと一息。
食堂はシンプルながらも高級そうな調度品で整えられていて、たぶん会頭さんやゲストが主に使う場所なんだと思う。船員さんは別の食堂、っていうかそもそも食堂なんて無いかも。
席に着いているのは私、会頭さん、エミリーちゃん、船長さんの四人。壁際には執事っぽい人とメイドさんが一人ずつ立っている。
ちなみにここにいる私以外の五人は皆、他の船員さんたちと比べて魔力量が多い。中でも会頭さんと二人の使用人は頭一つ出ている。執事とメイドは護衛も兼ねてるのかもね。
私と比べて? 比べるのもバカバカしいくらいの差がある。私が本気を出したら、英雄どころか人外認定一直線かも。いや割とマジで。
「いい香りですね。深煎りがお好みなんですか?」
「ほう、分かるかい? そうなんだ、私は良く焙煎した香ばしい方が好みなんだ。気に入ってくれたかな?」
「ええ、とても美味しいです。それに久しぶりなので、ちょっと懐かしいです」
「物資に余裕があるのではなかったのかい?」
「水や果汁は沢山あります。あとワインも。ただ、旅に出る時にうっかりお茶の類を持ち出すのを忘れてしまいまして」
「ん? お嬢ちゃんはワインなんて飲むのか?」
「まあ嗜む程度に。趣味なので」
「オイオイ、その歳で酒が趣味とは大したもんだな」
「いえ、飲む方じゃなくて造る方ですよ」
飲む方も趣味になりつつあるけど。
「ほほ~、自家製とは……(チラッ)」「ワイン……(チラッ)」
会頭さんと船長さんが視線で訴えてくる。いや、まあいいんだけどね。一人じゃ飲み切れない程造っちゃったし、これからも作る予定だし、増やせるし。
そんなわけでワインを後で提供することになった。流石にエミリーちゃんにお酒はまだ早い――と会頭さんが言った――ので、そっちにはジュースを。




