#13-12 お目付け役もセットです
「ちょ、ちょっとレティ、彼女大丈夫なの?(ヒソヒソ)」
フランシスさんからちょっと離れたところに引っ張っていきヒソヒソ話を始める。
「せやな。資料室に籠って寝食を忘れて読み耽った挙句、積み上げた本が倒れて遭難するとこまで想像できんで?」
「そ、それは大丈夫です。以前それで騒ぎになったので、定時連絡を厳命しているので」
「っていうか、あったのね……」
「その……、生活能力的な面で少々不安があるのは事実ですけれど、とても優秀ですし、コミュニケーションも人見知りなだけで、打ち解ければ概ね普通に会話できますので……」
「ちなみに、打ち解けるまでにかかる時間は?」
「……二月くらい? いえ、もうちょっと……、半年もあれば確実に……」
「まあその辺は気長に打ち解けていくしかないか。いずれにせよ資料関連は僕らだけでは手が回らない上、そもそも正確な価値が分からないっていう側面もあるからね。レティが太鼓判を押してくれる研究者なら歓迎だよ」
秀がそう言うならいいんじゃない――ってことで、受け入れ決定。資料関連は彼女に丸投げしてしまおう。
え? 丸投げは危ない? ヤバイ資料を見つけたらどうするのかって? その時はまあ――消すしかないよね(ニヤリ★)。
…………
って、ウソウソ。消すっていったって存在自体をってことじゃあなくて、記憶を消すってことだから。ちなみに神代言語を使えば、たぶんできる。まあ最悪の場合――例えば彼女が資料を基に大量破壊兵器だの生物化学兵器だのを開発してしまったとか――そういうことも考えなきゃいけないだろうけどね。
現実的には彼女の所属をこっち(=私たちの国)に移すってことになるのかな。レティもその辺も考えた上で人選をしてると思うしね。
なおフランシスさんの種族はハーフリング。基本的に小柄で、魔力の扱いに長け、手先が器用。そういう種族的特徴から職人が多い。ただ非力なので鍛冶や大工には不向きで、主に彫金とか革細工とかの細工関連。あと絵画や彫刻なんかの芸術方面に進む者も少なくない。
そういう意味では研究者になったフランシスさんはレアなのか――と思いきや、そうでもないらしい。レティ曰く、ハーフリングは職人や芸術家が多いというより、性格的に何か一つの事にのめり込む質なのだとか。
フランシスさんの場合はそれが魔法・魔道具研究だったってことね。手先の器用さと魔力扱いの上手さも魔道具製作に向いていた。
若干余談になるけど、ハーフリングは華奢で非力故に戦いに向かず、性格も温厚。一方で小柄な種族で職人が多いという類似点のあるドワーフは、ガチムチで割と喧嘩っ早い(らしい)。なので性格的な相性は悪い――んだけど、互いの仕事に関しては認めていて技術的な交流もあるという、なんともビミョ~な距離感のある関係なんだとか。ドワーフが浮島に来るようなことがあれば気を付けよう。
「姫様、そろそろ私どもも紹介して頂けますか?」
私たちのヒソヒソ話が一段落したところで、それまで神妙に控えていた女性がレティに声を掛けた。いいタイミングです。フランシスさんのキャラが濃すぎて、レティすら忘れかけてたしね。
レティが連れてきた人はあと二名。二人とも外見的には四〇代後半から五〇代半ばくらいかな。寄り添った様子というか空気感から予想した通りご夫婦で、普通のヒューマン種。
女性の方はニーナ ワットソンさん。髪はひっつめにキッチリまとめられていて、背筋はピンと伸び、印象としては厳しい家庭教師とか家政婦――日本的な意味じゃなくて、女性使用人部門のトップっていう意味の方ね――みたいな感じ。実際、第二側妃(=レティの母親)の侍女頭を長年務めていた人で、礼儀作法やダンスに関するレティの教育係でもあったそう。
男性の方はトマス ワットソンさん。こちらも髪はオールバックで服装もキッチリ着こなしている。ただ温和な表情で雰囲気は結構柔らかめ。あとお腹周りも柔らかめ(笑)。
ワットソン家は法衣の騎士爵家だけど、門閥貴族である伯爵家の分家であり、由緒は正しい。トマスさんはその御当主であり、王城で農林業関係の官僚をしていた経験もある。
で、この度ニーナさんは、後進が育った事と年齢的な事から長年勤めた侍女頭から引退することを決意。それに合わせてトマスさんも息子に当主の座を譲ることにしたとのこと。
引退後はどこかに手頃な家を買って、趣味のガーデニングでもしながら悠々自適に暮らそうか――なんて計画を立ててたところにレティが帰国。腹心の研究者を一人連れてすぐにまた遊学に戻るという。
前回は呪われた大陸へ向かう事が決まっていたために侍女などは連れて行かなかったけど――建前的には私たちがそのポジということになってた――今回は違う。更にフランシスは生活面でかな~り問題があることで有名。これはお目付け役にもなれる侍女を付けなければ――ということで、ワットソン夫妻に白羽の矢が立ち、夫妻もこれを快諾した。
ちなみにレティが再び私たちに同行する件に関しては、割と簡単に許可を得られたそう。もともと遊学してることになってるし、遊学先がコルプニッツ王国じゃなくなるだけだからね。
ニーナさんはレティの身の回りの世話を担当。とは言っても浮島では公務や社交があるわけでも無し、仕事の量はハッキリ言って少ない。トマスさんはその経験から私たちの相談役になれるだろう。とはいえ、こっちも今のところ仕事量は少ない。
なので余った時間は好きなだけ庭――っていうか庭園?――いじりをしてくれればいい。レティはそんな風に二人に説明したという。まだ話してはいないけれど、土壌改良スライムやドードル農法にも興味を持つだろうと。
そういう事なら大歓迎。いろいろ相談に乗ってくれる大人がいてくれるのは有難いしね。
ところでワットソン夫妻はフランシスさんと面識は――というか、まともに話せる関係なの? ニーナさんはレティとも関係が深いから面識はあると。
「ただ、その……、フランはあの通り身嗜みにあまり気を使わない人なので……」
「相性は良くなさそうね」
「っちゅうか、フランシスさんの方が怖がって近づこうとせえへんのやないか?」
「クリスさん、御慧眼ですね。まさしくその通りなんです」
いや、レティ。御慧眼も何も見たまんまでしょ。今もフランシスさんは、ニーナさんの方にチラチラキョドキョドしてるし。ま、そのくらいの方がお目付け役としては頼もしいか。
さてさて、そんなわけで私たちクラン五名と一匹、王家サイドから四名、ミクワィア家から二名で合計一一名と一匹で出発しまーす。
屋敷の庭から気球で空に上がり、飛行船モードにチェンジして王都を発つ。例によって明け方の人目に付きにくい時間帯にね。で、お昼前には大峡谷地帯に到着。いやー、楽ちん楽ちん。今日もありがとう、神様。
まあ陸路の旅だと時間はかかるけど、野営地で旅芸人と出会ったり、ヒッチハイクを拾ったり、いろいろ起きるからそれはそれで楽しいんだけどね。飛行船を使っちゃうと、そういう出会いはないからな~。
ところで皆、景色を楽しむのはそろそろ切り上げてもらっていい? なんなら近い内に遊覧飛行でも計画しようよ。
では浮島が浮いていた高度をあわせて――っと、ほいっ。これが皆さんの滞在することになる、私たちの島でーす。
「な、なな、何ですか!? 何ですか、コレ!?」
「……す、凄いです。空に島が浮いています……」
魔道具研究者のフランは大興奮で、テンション爆上がり。ゴンドラの縁に手をついて身を乗り出し――って、ちょっ、危ない危ない! 自分から降りる気が無いと絶対に落ちない仕様だけど、それだけにフランの場合危険過ぎる。なにせ「今すぐ上陸したいっ」って無意識に考えてそうだしね。
エミリーちゃんは素直に感動しているね。え? お姉様はご自分の領地も持ち歩けるのですね? う、うーん、まあそう、かな?
――って、アレ? まだ話してないんだけど、エミリーちゃんって何気に私たちが国を作ろうとしていることを言い当てたってことになるのかな? 子供の素直な感性は侮れないね。
一方、ワットソン夫妻とシャーリーさんは絶句している。まあ見たことも無いサイズの浮岩だしね。結構立派な城もあるし。
じゃあ上陸しましょうか。まだなーんにも無いところですけど、それだけに気楽ですよー。
念の為に断っておきますが、フランは正真正銘女性です。男の娘ではありません。
……投稿してしまった後で、「そういえばフランシスは男性の名前だったっけ」と思い出しました。
この世界では女性の名前という事で。




