#13-05 それが有るのと無いのとでは大違い
「えーっと、その、なんだ、つまり怜那さんはトランクの中で精霊樹を育ててた……と?」
「うん。最近になってようやく存在が安定してきたからね。いつ皆にお披露目しようかって思ってたところだから、ちょうどいいタイミングだったよ」
「あ、あの……、レイナさん。もしかしてどこかの精霊樹の枝を……」
ああ、レティは精霊樹が基本的に接ぎ木・挿し木で増やすことを知ってるのか。――って、いやいや、いくら何でも精霊樹の枝を無断でポキッとはやらないって。そのくらいの分別はちゃーんとあります。
「違う違う。成り行きで朽ちかけた精霊樹を手助けして、その種を託されたんだよ。だから責任を持って、私が育てたってわけ」
「種から!? では、完全に独立した精霊樹……」
「あー……、接ぎ木・挿し木で増やすと親子とか姉妹みたいな関係性が最初から在るんだっけ? うん、そういうのは無いね」
というか、最初からずっとトランクの中で育てたから、そもそもこの世界にまだちゃんと根付いていないくらいだ。そういう意味では、この子はかなり特殊な精霊樹と言える。
「いやいや、種から育てたて……、夏休みの自由研究やないんやで? そういうんは朝顔かヘチマにしとき」
「確かにね~。芽が出るまでめちゃくちゃ時間がかかってびっくりしたよ」
「ちゃうねん、そうゆう事じゃないねん!」
あっはっは。そうそう、そういう勢いのあるツッコミをしないとね。
「植木鉢で果物を育ててるのにも驚いたけど、まさか精霊樹まで……。ところで、舞依とクルミは知っていたのね?」
鈴音の問いかけに、舞依はちょっとバツが悪そうに、クルミは何故か自慢げに頷く。
「私が知ったのは、芽が出た後ですね。その……、寝る前と起きた後にふと姿を消すのが気になってしまって……」
「あ、ああ、うん、なるほどね。それは気付くわよね……」
「ええ、まあ……。それで、最近は私たちも精霊樹に魔力をあげるようになったんです。ね、クルミ?」
「キュッ!」
クルミがピッと手を挙げてアピールする。確かにクルミも思いの外真面目に魔力遣りに協力してくれてるからね。頭をナデナデしてあげよう。
ああ、だからこれからは皆にも魔力遣りに協力して貰うからね。量的にはそんなに必要無いから大丈夫。目的は色んな魔力に馴染ませることだから。それに慣れたら少しずつトランクの外に出していく予定。
ちなみに浮島の瘴気濃度は、街の外の平均よりも少ないレベルで落ち着いている。基本、魔物も含めた生き物が極端に少ない環境だから、瘴気が抜けるのも早かった。
その上で、最初の内は浄化魔法を使ってから出せば問題ないだろう。ちょっと過保護な気もするけど、まあ箱入り娘ですから。お出掛けは慎重に。
「――という訳で、先ずは誰か一人、魔力を注いでもらおうかな。誰にする? やっぱり秀から? それとも早い者勝ち?」
四人が目配せをし合い、最終的に視線は秀に集まった。
「オーケー、先ずは僕からやろう」
秀が魔力を少し注いで、ついでに鈴音と久利栖とレティも精霊樹に自己紹介――なんか妙な表現だけど――をしてから、私たちは元居た公邸の食堂に戻った。
お茶を淹れ直して、ホッと一息。さて、じゃあクラン会議を仕切り直しだね。
「もしかして怜那さんは、最初から国を作るつもりで精霊樹を?」
「違う違う。それは流石に買いかぶりってもんだよ」
「えっ……、じゃあ何で育ててたのよ? ハッキリ言ってかなり厄介な代物でしょう? どう考えても個人では持て余すことくらい分かり切ってるのに……」
「まあ、一応ミクワィア家の伝手を使って王国に託すっていう選択肢も、頭の片隅に朧げに浮かんだような気がしなくも無いけど……」
「またえらくうっすい可能性やなぁ……」
ま、実際一瞬くらいしか検討しなかったしね。
「精霊樹の種なんて興味深いものを託されたんだから、自分で育ててみたいって思うのは当たり前でしょう?」
「あー……」「うーん……」「そ、それは……」「どうやろなぁ……」
おかしい。賛同を得られない。
一応反論しておくけど、王家かミクワィア家に種を譲渡したとしても、それはそれで面倒なことになったと思うよ。トランクの中でコッソリ育ててたからこそ、そういう厄介事を避けられたとも言える。ま、結果オーライってことで。
「この件もやっぱり、因果律を引き寄せちゃう体質が影響してるのかな?」
「たぶんね。私はただ勇者くんたちと鉢合わせるのを避けたかっただけなんだけど……」
「引き寄せるってことは、怜那の方も引き寄せられてるのもしれないね」
ああ、それはあるのかも。引力みたいに相互に引き合ってるって考えた方が納得できる面が多々あるからね。
――と、一人静かに考えに耽っていた秀が顔を上げた。それだけで会話が止まり、注目を集められる秀には、やっぱりカリスマ性というかヒーロー性というか、そういう政治家向きの才能が備わってると思うんだよね。
「……どうやら因果律の思し召しでもあるようだし、僕らで国を作ろうか」
「怜那の思惑に乗るみたいだけど、いいの?」
「ハハッ。まあそこはちょっと気になるところではあるけど、正直なところ面白そうだと思ってる自分も居るしね。異世界に来て政治の世界とは無縁になったと思ったら、まさか国王になるとはね。人生何があるか分からないよ、本当に」
「秀がそう言うならかまへんけど……、えらい乗り気やん。さっきまでは渋ってるように見えたんやけどな」
「うん、まあ、面白そうと思ってはいたけど、当然リスクもあるからね。でも精霊樹があるとなれば話は変わるよ」
「そらまあインフラ魔道具に土壌改良スライムとドードル農法、それに精霊樹が加われば簡単に自給自足できるやろうしなぁ」
生活するっていう面で言えばそうだね。付け加えると浮島を洋上に設置しておけば、塩の心配もいらないし。――でも秀の考えてることは多分そこじゃあない。
「確かに精霊樹があるっていうのは、国を作る上でとても大きいアドバンテージだ。でも逆に国を作らないとすると、扱いがこの上なく難しくなる。念の為に確認しておくけど、精霊樹を手放す気は……」
「無いよ」
「だよね、知ってた。となると……」
少なくとも王都にある拠点の庭に気軽に植えることはできない。いや、別に植えちゃってもいいんだけどね。なにせ私のものだし? 誰に遠慮することも無い。――とはいえ、王都の精霊樹の領域内に新たに精霊樹を植えても意味が無いからね。
じゃあ次に別のパターン。レティを頼って国王(先王)陛下に直談判して、「精霊樹を持ってるから街を一つ作らせて」とお願いしたとする。え? 軽い――って、これは例えばの話だから。
レティに訊いてみたところ、諸手を挙げて歓迎されるだろう、とのこと。
メルヴィンチ王国に限らず世界的に新しい街が作られなくなって久しく、人類の生存圏は停滞していると言っていい。当面は居住スペースに余裕はあるものの、閉塞感のある状況には違いない。新しい精霊樹の元、新しい街が誕生するという明るいニュースは、社会全体を活気づけることになるだろう。
「その際、僕らはどんな地位になるのかな?」
「まずは爵位の無い騎士爵、もしくは準男爵辺りになるでしょうか? その上で街の開発と運営を任じるという形になると思います。そしてある程度軌道に乗った時点で、その功績を以て爵位を上げ、街を中心とした領地を与えられるのではないでしょうか。皆さんの才覚であれば、そう時間はかからないかと」
「評価してくれるのは素直に嬉しいけど……、そうなると新興の領地貴族が誕生することになってしまうね」
「あっ!」
「……門閥と新興、どっちからもやっかみが凄そうねぇ」
門閥貴族の中にも領地を持っていない家は多々あるし、そういうところはまず認めようとしないだろう。新興貴族にしても、特に古参の家は領地を持ちたいと切望しているところもあるだろうし、やはりすんなり認めるとは思えない。ミクワィア家のように自身の本質を商家だと言い切るような家は少数派だ。
そういう面倒なやっかみを回避するには、もはや国を作るしかない。
「いやいやいや、話が飛躍しとらんか? 異世界ラノベ的お約束で言えば、自給自足の村を作るところからやろ」
「お約束的にはそうかもだけど、何処の国からも支配されていない独立した共同体って、もはや国だよね?」
「……せやな」
「でもそれって、近隣の国から干渉された時に、『国じゃなくてただの村ですよ』っていう言い訳っていうか、落としどころを予め用意してるってことじゃないの?」
「ライトな話やからなぁ……。そこまで考えとるかはビミョ~やな」
「さっき話に出たスペースオペラで宇宙要塞が政府を名乗ってたのは、そのパターンだね。確かに領有権の曖昧な未開地とか、どこかの無人島を開拓するならそういう配慮も必要だけど、僕らの場合はその点を考える必要が無い」
「あ……、浮島だから」
「そう、干渉される可能性は限りなく低い。これだけ条件が揃ってしまってるんだから、怜那さんの口車に乗るのもアリなんじゃないかな」
秀がそう纏めると、鈴音と久利栖が頷き、舞依が私を見て小さく微笑んだ。クルミも腕を組んでウンウンと頷いてるけど、なんとな~く空気を読んでるだけっぽい。レティは「とんでもないことを聴いちゃった」みたいな感じで、ちょっとオロオロ気味かな。
ともあれ、これでクランの新たな方針は決まった。
――それはいいんだけど、なんでいちいち“私の口車”って言うのかなー。最終的には全会一致なんだし、その物言いには断固抗議するよ!
都合により来週の更新はお休みさせて頂きます。(*- -)(*_ _)ペコリ
次の更新は22日の予定です。
皆様も、熱中症など体調に気を付けて、よいお盆休みを。




