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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十二章 呪われた大陸>
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#12-15 穴……ではなくて、沼だった




 飛行船は順調に飛行中。順調は順調なんだけど、快適とはちょっと言えないかも?


 トランクは絶対に壊れない仕様だし、大きな浮岩がぶつかろうともビクともしない。ただ音は鳴るし、震動も若干伝わってくる。つまりしょっちゅうゴンゴン音は鳴るわゴンドラが時折ブルッと震えるわで、どうにも落ち着かない。


 アレだ。近所で大きな建物の解体工事をやってる――みたいな? 食事をするにも音楽を聴くにも読書をするにも、なーんか気が散って気分が悪いって感じ。


 ま、私たちの場合、ご飯を食べる時とか一休みする時とかはトランク内スペースに入っちゃえばいいだけなんだけどね。なんならウィンドウを開けば外の観察も出来る。障害物(浮岩)のせいで、慣性飛行だとすぐ停まっちゃうだろうけどね。


「それにしても暗雲の領域の奥に入ってからは凄い強風ね。断続的に雨も雷もあるし、異常気象の大盤振る舞いだわ」


「その上、大量の浮岩だからね。砂嵐ならともかく岩嵐なんて、信じられない光景だよ」


 浮岩は大量に宙を舞っている。ただ小さいものがほとんどで、飛行船に使えそうな大きさのものとなると少ない。ああ、少ないとは言ってもそれは比較の話だから、見える範囲だけでも相当数あるよ?


 アレだね。イメージ的には小惑星帯アステロイドベルトに突っ込んじゃった宇宙船。殆どはビーム砲で破壊できるのとか、ぶつかっても問題ない大きさのものとかばかりだけど、中には回避しないと大惨事になるサイズのもある――みたいな?


 ちなみに物語だと大抵衝突しそうになるんだよねー。で、たまたまあったひび割れとかに滑り込んで難を逃れるのもお約束。もはや古典的とさえ言える定番の展開ね。


「安全なんはもう十分分かったんやけど、この音と震動は鬱陶しくてかなわんな。怜那さ~ん、どうにかならん?」


「キュゥ~……」


 震動が苦手なのかクルミが若干情けない声を上げる。ちなみに今はレティが抱きかかえてる。尻尾がへんにょりしてて、カワイソカワイイ。


「一応、ぶつかってくる浮岩を片っ端から収納しちゃうっていう手もあるよ? なんなら後で売り払って、がっぽり大儲――」


「怜那……」「止めときなさい」「市場が大混乱だろうね」「アカンやつやな」


 だよね、知ってた(笑)。という訳で、ぶつかったら大きく揺れそうな浮岩だけ一旦回収して、後方にすぐ捨てちゃうことにした。これで不快な音と震動は大分抑えられるはず。


 そうして観察しつつ進んで行くと、あるところまで来たらパタッと風が弱くなった。浮岩も小石サイズの物は殆ど見当たらない。お陰で視界が結構クリアだ。


 ちなみに天候も穏やか。相変わらず暗雲に覆われてはいるものの、ちょっと薄めなのか今までよりも明るい。――いや、単に障害物が少なくて影が少ないだけかな?


「これは……、“目”なのかな?」


「目? ああ、台風の目の“目”か。……そういや風向きは大体おんなじやったし、中心に向けて渦を巻いとるんやとしたら、目があっても不思議じゃないわな」


「ここを突っ切って反対側で風向きが変わってたら、たぶんそういう事だろうね。それにしてもなかなか立派な浮岩が沢山あるね」


 そうそう。この場所には大きな浮岩がゴロゴロしてるんだよね。岩というよりはもはや小さな島って言った方が良いくらいのものもいくつかある。


「上にお城だって建てられそうなのもあるわね」


「浮岩ハンターからすれば、まさにお宝の山やな」


「ここまで辿り着ければ、だけどね」


 確かに。っていうか、島サイズになっちゃうと逆に使い勝手が悪そう。動力の問題でそのままでは飛行船には使えないからね。むしろ鈴音が言ったように、上に家でも建てて別荘地とか飛行船の中継ステーションとかに利用した方が良さそう。――なんにしても持ち帰れるなら、の話だけど。


「……あの、皆さん。下を、見て下さい」


「下? って、何やコレ!?」


 レティの呼びかけで下を覗き込んだ私たちは、揃って息を飲んだ。というのも、そこには何も無かったから。ただただ真っ黒い深淵がぽっかりと口を開けていたのだ。


 舞依が私にそっと寄り添い腕を絡める。大丈夫だよ。別に吸い込まれるとかそういう感じは無いから。


「呪われた大陸の真ん中には、奈落アビスがあったんか……」


 久利栖がまた何か世迷言を言ってるね。しかもなんだかちょっと嬉しそう? よく分からないけど、きっとまた何かの作品に出てくる設定なんだろう。


 ――それにしても穴? いや、穴じゃあないよね。


「穴が空いてるみたいに見えるけど、アレはたぶん沼だよ。瘴気の塊みたいな沼。まあ沼って大きさじゃあないけど……」


 でもあんな真っ黒なのを湖とは呼びたくない。湖と言えば、基本水は綺麗で、ボート遊びをしたり釣りをしたり、湖畔でキャンプをしたりするものでしょ? イメージ的に。


「なんや穴じゃないんか。ちょっとガッカリやなぁ~」


「世界に空いた穴っていうのも、一つの浪漫だからねぇ……」


ハイハイ、アホな発言はそのくらいでね。鈴音がもの凄く冷めた目で見てるから。


 それはさておきレティの知識によると、この辺りにもともと沼や湖は無かったはずとのこと。


 ということは、大災厄後にここら一帯が浮岩になって穴になり、そこに暗雲から降り注いだ瘴気塗れの雨が降り注いで溜まった――ってことなのかな?


 ちなみに呪われた大陸(旧神聖魔導王国領)はもともと雨の少ない乾燥した地で、古来水不足に悩まされ続けていたらしい。大陸中央部には縦長のドーナツ状に山脈があり、その内側――つまり私たちの現在地――は特に乾燥した、岩と砂ばかりの大地だったとされる。


 一方で山脈とその内側は鉱物資源が豊富だったらしく、採掘場や資源の研究施設などがあったのではないかと言われている。


「……微妙にハッキリしない言い方なのは、やっぱり大災厄で資料が失われてるからなのかしら?」


「それもありますけれど、そもそも資料が少なかったようなのです。神聖魔導王国はとにかく秘密主義の国で、極力他国に情報を渡さないようにしていたようですから。外国人の渡航には厳しい制限があったとも記録にありました」


「そう言えば、例の召喚装置の中枢部もブラックボックス化してあったって話だったね」


「決めつけたらアカンのやろうけど、胡散臭い国やなぁ。こんなどデカい瘴気の沼を見たから、余計にそんな風に感じるんやろうけど……」


「あまり印象は良くないわよねぇ……」


「確かに。秘密主義、技術の発達した国、滅びた後は不毛の大地になった、と怪しいピースが揃ってるからね」


 うーん、それにしても大きな沼だね。真っ黒に淀んでるから見た目では分からないけど、深さはどの位なんだろう? 探知魔法の範囲をもっと拡げて――っと、凄いねざっと水深五〇〇メートルくらいまで探ったけど、まだ底に付かないよ。どれだけ瘴気を貯めこんでるんだか。


 ――ああ、もしかすると浄化しきれない瘴気が、世界を巡り巡ってここの暗雲に集約されて、沼になったのかな。つまり言うなれば瘴気の最終処分場。


 瘴気を浄化する役割もある精霊樹が大災厄で激減してしまったから、こういう場が必要なのかも。だとすると、これは神様が管理している? 暴走をコントロールする手の一つなのかも? 推測の域を出ないけど、なかなか興味深い。


 それはそれとして……。


 なんだろう? この反応。


「怜那、天井を見上げてどうかしたの? 飛行船の上に魔物でもいる?」


「え? いや、大丈夫。魔物()居ないよ」


 そう、魔物じゃあないんだよね。っていうか、そんなスケールのものじゃあない。


「……魔物の以外の何かはあるのね?」


 鋭い! 私の表情と言い回しを舞依以上に正確に読み取れる人はいないね! もー、ほら、そんなにジト目で見ないでってば。


「ま、取り敢えず今はスルーかな。女神様からの依頼を優先で(ヒソヒソ)」


「いいの?(ヒソヒソ)」


「うん。逃げるようなものでもないし、どうせなら依頼を片付けてスッキリした後でじっくり時間を取りたいからね」


「宿題を終わらせてから、心置きなく遊ぶのね?」


「そういうこと。皆にも付き合ってもらうからね~(ワクワク)」


「ハイハイ、わかりましたー」








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