#12-14 呪われた大陸とはよく言ったもので
現在、飛行船は呪われた大陸の北西、近海の上空に一時的に停泊している。
特に意味は無いんだけど、レティも含めて全員初見だった私たちは、ちょっとその雰囲気――というか佇まい? 漂う圧迫感? そんな感じの何かに圧倒されていた。
ビビってるのって? ハッハッハ……、ビビッてへんわっ! なんて。アホな発言でワンクッション置いてと。
実際、ビビってるとかじゃなくて呆気にとられてるって感じかな。なんていうかねー、変な表現になるけど、こっちの世界に来てから一番ファンタジーを感じるっていうかね。それもダークな方の。
だって見渡す限りの薄暗い荒野に黒っぽく変色して捻じくれた枝の木々が生えてて、所々に紫と赤がマーブル模様に明滅する沼があるとか。もうねぇ、一体どこの魔界よって言いたくなる感じなんだよね。
公的には旧神聖魔導王国領と呼称されるらしいけど、呪われた大陸って言った方が絶対にピンとくると思う。ゲーム的な表現をするなら、メインストーリーを進行して暗雲を晴らさないと上陸できない――みたいな? 久利栖の適当な想像がピッタリ当たったとも言える。
「……なんちゅうか、見てるだけで気が滅入る光景やなぁ」
「私も目の当たりにしたのは初めてですけれど、これほど異様な光景とは思っていませんでした……」
久利栖とレティの感想に私も含めた全員が頷いた。鈴音が二の腕の辺りを摩り、舞依は私にぴとりと寄り添っている。気持ちはよく分かる。飛行船のゴンドラ内は快適な環境に保たれてるけど、見ていると薄ら寒い気がしてくる。
それにしてもこんな見るからに身体にも精神にも悪そうな土地を、よくもまあ調査しようなんて考えた人がいたもんだよね。一見したところ外から浮岩の存在は確認できない。なにせ悪天候+瘴気の靄で、一寸先は闇状態だからね。
浮岩っていう重要物資があると分かっている今はともかく、最初に突撃した人はある意味勇者だね。いやー、本当に人の好奇心っていうものは業が深いね。
ジト~ッ×五人+一匹
ハイハイ、分かってますって。おまいうって言いたいんでしょ? 自覚はあるんですよ。一応ね。
「……さてと、そろそろ出発しよっか。基本方針は直進で良いんだよね?」
「ああ、直進しよう。この飛行船で安全が確保できるなら、大陸中央がどんな風になってるのか見ていくのもいいんじゃないかな。レティ、大災厄以降に大陸中央部へ侵入できた人はいないんだよね?」
「私が触れた資料では、そのような記録はありませんでした。過去、巨大な浮岩を求めて、大陸中央部へ向けて調査隊が組まれたこともあったのですが……、残念ながら帰還していません。私としても、大陸中央部の様子を観察して行きたいのですけれど……」
「分かった。じゃあ怜那さん、大陸を突っ切る感じで直進しよう」
「オッケー。では、出発進――」
「あ、念の為だけど、暫くは徐行運転でよろしく」
うん? それは良いけど、一体何故に?
怪訝な表情の私を見た秀が、他のメンバーの表情も見回して苦笑する。
「女神様が言ってたじゃないか。上陸したらこの土地を管轄する神様が何らかのフォローをしてくれるって」
「あー……、そう言えば。いや、忘れてたわけじゃなくて、なんとなくここの首都……っていうか城? に着いた辺りで神託があるって思い込んでたよ」
「……実は私も」「同じく。どうしてかしら?」「せやな、なんでやろ?」
「おいおい、皆しっかりしてくれよ」
「ゴメンゴメン。言い訳になるけど、たぶん依頼を受けた後で飛行船モードが解放されたからじゃないかな。移動が格段に楽になって、王都に行くところまでなら神様のフォロー無しで行けるようになっちゃったし」
というわけで、気を取り直して出発しまーす。
そして飛行船がゆっくりと大陸に侵入したところで、確かに神託はあった。あった……と、言っていいのかな?
<王都の朽ちた精霊樹まで来られたし>
っていうメッセージが、進路上に大きな光る文字で現れただけなんだよね。
王都までフォローはいらないとは言ったけどさぁ~。ちょっと横着過ぎじゃありませんかね、神様?
気が滅入る光景の中を、飛行船は案外順調に進行中。最低高度で時速一五〇キロってところかな。地上を少し観察したいっていうレティの希望でスピードは抑えめ。
案外順調っていうのは、飛行型の魔物が少ないから。でっかい鳥とかワイバーンみたいな魔物もいるにはいるんだけど、飛行船が大きいからか近寄って来ない。
もしかすると私たちの魔力を感知できてないのかな? ゴンドラの中の環境が一定ってことは、つまり周囲の空間から隔離されてるってことで、中に居る私たちの魔力が漏れないようになってるとか?
今度、皆が中に乗ってる状態で外に出て確かめてみようかな。ま、呪われた大陸に居る内は無理そうだけど。
ちなみに魔法はゴンドラの外に飛ばせるから、探知魔法は正常に作動中。それによると地上は結構ヤバ目です。
「なんや思うとったより、魔物が少ないような気がせえへんか?」
「そうだね。確かにもっと沢山の魔物が地上を跋扈しているのかと思っていたけど……」
「調査報告などによると、地上にいるとひっきりなしに魔物から襲撃されるそうなのですけれど……」
「見たところ平和……っていう表現も妙だけど、割と静かそうね。不毛の大地であることに変わりはないけど」
そう、上空から一見すると、アフリカのヌーの群れみたいに魔物がうじゃうじゃいるとか、全長数十メートルあるような巨大魔物がいるとか、そういう事は無い。むしろ動くものが見当たらない。
でもこれはレティの言ったことと矛盾はしない。その理由は……、舞依なら分かるかな?
「所々に瘴気が渦巻いてるみたい。……もしかして、暴走の時に見たような瘴気だけの魔物が出現するのかも」
「うん、その通り。正解者に一〇〇ポイント!」
副賞として頭をナデナデ。目を細める舞依は、こんな風景の中でも輝くように可愛い。
「レティの見た報告には、魔物の気配を感じなかったとか、いきなり出現したとかっていう記述は無かった?」
「あ、ありました! ただ瘴気の魔物ばかりではなかったはずです」
「だとすると、ここからじゃ見えないけど、そこらへんに魔物の死体……っていうか魔法発動体が埋まってて、それを核にして魔物化するのかも。それでたぶん外見的には安定するから。瘴気の魔物でありゾンビでもある……みたいな感じかな」
「……その言い方やと、魔法発動体が残っとる限り何度斃してもすぐに復活するんやないか?」
「おー、ゲーマーらしい想像力! 正解者に五ポイント!」
「相っ変わらず、ポイントの贔屓がえげつないわ~……」
あっはっは。ま、ポイントはさておき。
ハッキリ言って、この大陸ではまともに戦わない方が良さそう。魔物を斃したところで元が瘴気の塊だから魔法発動体以外は消えて無くなるだろうし、その魔法発動体も隔離して保管できないなら粉々に砕きでもしないと、すぐに復活してまた戦闘。要はゾンビアタックされる。
生き物として存在してる魔物も多分いるとは思うけど、この瘴気に耐えられる魔物となると強力だろうし、首尾よく斃せても素材は瘴気塗れ。回収してもまともに使えるかどうか……。
どっちにしても割に合わないことこの上ない。
「ま、私たちは戦う必要もないし、取り敢えずは気にする必要は無いけどね」
「空を飛ぶ魔物は大丈夫かな?」
「たぶん? 絡んで来たのはそのまま蹴散らせばいいし、デカいのがぶつかってきたらちょっとは揺れるかもしれないけど、その程度だと思うよ」
「それは頼もしい。じゃあちょっとスピードを上げて大陸中央部を見に行ってみようか」
「オッケ~。じゃあスピード、アーップ!」




