#03-01 さらば無人島! 目指すは大陸
眼下に広がる無人島の様子を見渡す。
「うん、やるべきことは全部済ませた。此処にもう未練は無い」
――アレ? なんか微妙にフラグっぽかったかも? 何日か経ったらこっそり戻って来そうな感じがしなくもないね。
さておき。異世界に来て、無人島に漂着(?)してから早一週間。全てを隈なく探索したわけじゃないけど、ほぼほぼ満喫――じゃなくって、満足のいく成果は得られたと思う。
いやー、当初の予定では魔法と戦闘の経験をある程度積んで、並行して換金できる物を入手したら早々に発つつもりだったんだけどね~。
やっぱり似たように見えて異世界は違う。見るもの触るものが珍しくて面白くて、ついつい長居してしまいました。図らずもモノづくりや、お酒造り、家庭菜園と趣味も増えてしまった。
同時に魔物との戦闘経験もかなり積んで、武器の扱いも魔法の練度も大分上がったと思う。ヒヤッとする瞬間もちょっとはあったけど、大きな怪我もしていない。
そんなこんなで十二分の成果は得られた。
なので、もっと深く探索したいっていう気持ちはここらで抑えて、本日いよいよ大陸へ向けて出発しまーす。
……昨夜、寝る前になんだか背筋がゾクッとしたんだよね。こう、何か怖い気配を受信したというか、虫の知らせというか、そういう類のアレね。
ま、まあ、それが出発する理由ってわけじゃないけど?
当初の目的を全て果たしたから、私は自発的に出発するのです。
決してのんびりし過ぎたら舞依に怒られそうだから、なんていう理由ではありません。本当だよ?
舞依って普段は可愛くて優しくてお淑やかで、大和撫子そのものっていう感じの女の子だから、滅多なことじゃ怒ったりしない――けど! それで何でもかんでも笑って許してくれると油断してると、手痛い教訓を得ることになる。
何でそれを知ってるのかって言うと、以前――あれは中学入って直ぐ位の頃だったかな、舞依がお兄さんに対してブチ切れたところを見たことがあるから。
舞依のお兄さんは悪戯というかサプライズ的なことをするのが大好きな、面白くもあり人騒がせでもある人で、その延長線上のつもりだったんだと思う。ただあの時は結構手が込んでた上に、私まで巻き込んじゃったのがマズかった。
まあ休日が一日潰れた程度で私に実害は無かった。ダシに使われたって感じかな?でも迷惑を掛けられたのは間違いなく、舞依はそりゃもう盛大に切れていた。きっと友達を巻き込んだところが、逆鱗だったんだと思う。これは私に限った話では無く、ね。
本気で怒った舞依は、静かに冷たくひたすらお兄さんを追い詰めた。理詰めに、執拗に、容赦なく、キッチリ謝罪するまで言い逃れは決して許さなかった。
ブルルッ
いやー、今思い出しても身震いするね。
しかもその後、お兄さんが何か悪だくみをしてそうな気配を感じる度に、この話を持ち出してはチクリと釘を刺すという徹底ぶり。
一見穏やかで従順そうでいて、実は芯がしっかりしている。そういうところもまた大和撫子っぽいと思うし、素敵だなって思うんだよね。
そんなこんなで、舞依は本気で怒らせてはいけないことを私は知っているのです。
ま、あくまでこれは余談だけどね。そう、余談。
だって舞依たちの事を忘れて冒険を満喫なんて、私がそんなことするわけないですから。全て予定通り。舞依に怒られることは何もありません。
――って、私は誰に言い訳をしてるんだか。
それはさておき。
現在、私は地上から二〇メートル程の高さの場所で、無人島を見下ろしている。
といっても空を飛んでる訳じゃあない。ハンマーの柄を地面にぶっ刺して土を魔法で固めた上で本体に乗って、柄を伸ばしたってだけ。
今更だけど、空を飛ぶ魔法の開発をしておけばよかったかもね。無人島の探索では必要なかったし、やりたいことが沢山あったから全く考えて無かった。そのうち時間が取れたらやってみよう。
昨日までの探索で、果物や野菜、薬草の類、魔物の素材やお肉はトランクにぎっしり――容量無限だから比喩的表現ね――詰まっている。大陸までの旅程で消費する食材を除いても、換金するための素材は充分に残るはず。
一週間の成果で最大のものは、今着ているローブだ。
錬金術で柔らかく鞣したトナカイの毛皮製で、色は栗毛の馬よりちょっと薄い感じ。毛布くらいの短い毛足で、サラリとした手触りが極上の逸品です。流石はエリアボス素材。ちなみに、ソーイングセットの針と糸を錬金術の合成と魔力で強化して、チクチクと毎晩頑張って縫いました。
ゆったりとしたデザインで袖口も広く、フード付き。ボタンは無くて、襟元に一箇所ダッフルコートみたいな感じの留め具を付けてある。ちなみに留め具はトナカイの角を加工したもので、キラリと光るアクセントになっている。
ぶっちゃけSF超大作シリーズの騎士が着ているアレをパク――ゲフンゲフン、オマージュしました。合わせて例の刀を使う時に、纏わせた魔力を光らせる技も開発した。
光る意味は全く無いし、なんなら目立つ分だけ戦闘では不利になるかもだけど、すごく気分は良い。ビームも弾き返せそうな気がする。――っていうか、身体能力が上がった今ならたぶん実際にできる。
趣味に走ったデザインはさておき、全身をほぼすっぽり覆うことが出来るから、中に着ているのが制服でもジャージでも然程目立たないと思う。魔法でローブ内の温度と気流をコントロールしてていつでも快適だから、脱ぐ必要も無いしね。
日本だったらちょ~っと不審人物っぽい気もするけど、異世界ならこういうファッションの人もいる――はず。
と、いうわけで街に向かう準備は整った。
くるりと振り返る。島の反対側に広がる大海原は、見たところ波は穏やかで出発には良い日和だ。
では、いざ。
全身に魔力を込めて海の方へ向けて大きく跳び出す。
おー、風が気持ちいー!
一種のスカイダイビングというか、ヒモ無しバンジー状態だけど、もうこのくらいの事じゃあ全く恐怖心が湧かない。たった一週間で私も逞しくなったものだね。
手元にトランクを呼び寄せる。
確かしおり情報では島から北西に向かえば、大陸に辿り着くはずだから――あっちの方だね。
せーのっ!
北西方向へ力いっぱい放り投げると、トランクはキラッとお星さまになって消えた(消えてません)。これで多少は距離が稼げただろう。
ついでにリリースの瞬間に筏モードに変形させておいた。ちなみに筏は水に浮かべると必ず上面が上に来る。ひっくり返してもすぐ元に戻る。筏が転覆するような大シケになったら中に入っちゃうからあんまり意味がない機能だけど、まあ便利は便利ね。
で、次にどうするのかというと――
トランク内に“私”を回収する。
次の瞬間、私は例の乳白色の世界に浮かんでいた。
外の様子は……って、まだ飛んでる。もうちょっと待ちましょう。
何をしたのかっていうと。
この一週間でトランクの機能をアレコレ検証したところ、特殊スロットに自分自身も登録できることに気付いたんだよね。
で、特殊スロットに登録した物は、任意のタイミングでトランク内に回収することが出来る。この機能は、っていうか特殊スロットの機能全般、私が念じるだけで操作が出来る。そしてトランクに触れている必要もない。
つまり放り投げたトランクの方に、私を回収したってこと。
これを応用すると、例えば魔物に向けてトランクを投擲して命中したら自分を回収、すぐ外に出て近接戦闘へ移行する。みたいな使い方も出来るんだよね。視界が瞬時に切り替わるからちょっとコツがいるけど、そこは練習してもう慣れた。
自分で言うのもなんだけど、なかなかスピーディーでカッコいい戦い方だと思う。見た目じゃなくて意表も突けるっていう利点もある。決して私の趣味ってだけじゃあないのです。
お。筏が着水したかな。
それじゃあ外に出て、のんびり海の旅と洒落込みますかね。