#12-12 マーメイドの里、珊瑚の精霊樹
トランクを気球モードにして珊瑚礁から浮き上がる。ラグーンの上を横切るように通過すると、見送りに出てきてくれたちびっこマーメイドちゃん他数名が見えたので全員で手を振り返す。クルミもプルプルしながら頑張って手を振っていた。
マーメイド族と遭遇して出張キッチンカーを開いた日から数えて二日後の昼過ぎ。私たちは珊瑚礁を旅立った。
ちなみに昨日は数本の果樹を採取して、マーメイドさんたちへの置き土産としての果物をたくさん確保し、夜はマーメイドの里の代表の方数名との夕食会をして過ごした。
振り返ってみると珊瑚礁の島でのんびりリゾートって感じは、結局半日くらいだったかもね。まあ楽しかったから良しとしましょう。
さて、そろそろ飛行船モードにするよー。それじゃあ呪われた大陸へ向けて、空の旅を再開しよう。
「レティ、実際のところマーメイドの里との交流……というか交易は、どうなりそうなの? 見通しはあるの?」
「そうですね……。位置的な問題で頻繁にとはいかないでしょうけれど、交易自体は始まると思います」
フルーツ&スイーツのお礼として貰ったものを国に持ち帰れば、まず間違いなくそうなるだろうとのこと。真珠は稀少が高く、市場に出ればかなりの高値になるのは間違いない。マーメイドの鱗に至っては現在では幻の品となっている。
一方でこちらが提供したのは、あの島で採取したものが中心でタダみたいなものだ。まあ強いて言えば、私たちの労働力くらい? 何にしてもちょっと貰い過ぎだよね。彼女たちが喜んでいたにせよ。
「フェアトレード的な観点から言えば、あまり褒められたことではないね。彼女たちもその価値をちゃんと知るべきなんだろうけど……」
「っちゅうても、マーメイドさんらにとっちゃ真珠も貝殻も処分品みたいなもんやし、鱗は人間に喩えると伸びた爪を切った破片……ってとこやろ? どうせいらんもんなら滅多に食べられへん果物やら肉やらと交換でもええって考えても、おかしくはないやろ?」
「短期的に見ればその通りだけど、鱗や真珠、それに貝殻や宝石珊瑚なんかも、彼女たちが意識的に生産している物では無いからね」
「……あんまりホイホイ安売りしてまうと、早々に在庫切れになるっちゅうことか」
「中長期的に見て定期的な取引を望むなら、マーメイドさんたちの方がもっと出し惜しみしなければダメってことね」
「そう。その辺りは最初にどのくらいの頻度と量なら、安定した交易ができるのかを取り決めないといけないね。ただ取引や外交となると、彼女たちには……」
「荷が重そうよね……」
「せやな。パフェ一杯の代金に大粒真珠を出してきた時はビビったで……」
いやホントにね。もはや笑い話レベルなんだけど、私たちと彼女たちとの認識のズレは凄まじかった。
っていうか、そもそも金銭感覚って概念自体がほぼほぼ無いんだろう。安定した、閉鎖的な環境で、資産と呼べるものは里全体が共有してるみただからね。物々交換すらあまり行われないんだとか。
で、閉じたラグーン内で彼女たちがなぜそこまで安定した生活が出来ているのかと言えば――
「ホントのところ、怜那はマーメイドの里に行きたかったんでしょう?」
「あ、そうそう。私も行きたいって言い出さなかったのは意外って思ったのよ」
「そりゃあもちろん、本音ではね」
マーメイドさんたちは温和で友好的な人達ばかりだったけど、根っこの部分では警戒心を常に持っていた。魔力の感触的にもそんな感じだったし、私の勘というか感覚というか、上手く言えないけどそういう印象を持った。これは秀も同じだったから、間違ってはいないと思う。
こっちはいきなり外からやって来た闖入者なわけだから、警戒されるのはむしろ当然。何の警戒心も持ってなかったら、逆に心配だよね。
そんな状況で「ちょっと里にお邪魔して良い?」なんて言っても「どうぞどうぞ、歓迎します」とはならない。ましてや「ついでに精霊樹に触れたいんですけど?」などと言った暁には、警戒心が一気にMAXだ。
国に帰ったレティが交易を始めようっていうのに、そんなことはできないって話ね。
「まあこの飛行船を使えば、簡単にまた遊びに行けるしね。信頼関係が出来たらお願いしてみるよ。……あ、そうだ。だからレティ、最初の交渉の時とか飛行船を出してあげてもいいよ」
「本当ですか?」
「うん。どうせ顔を繋いであるレティが代表になるんだろうしね(パチリ☆)」
「レイナさん……。ありがとうございま――」
「まったまった! 怜那さんの表情をよう見るんや、レティ。ええか? こうゆうムダにええ笑顔をしてる時は、なんや良からぬことを企んどることが多いんや! 秀もそう思うやろ?」
「そうだね。僕が怜那さんだったら、交渉の際にマーメイド側に立って最大限の利益が得られるように助言をして信頼を得るかな。共通の敵を作ることで結束を図る。基本中の基本だね」
「二人とも人聞きが悪いなぁ。私は単に、接触の機会を増やせば信頼も得やすくなると思っただけなのに。善意の協力者だって」
だからレティ、そんな怯えた様子でガクブルしないで。ほらほら、怖くないよ~。
コホン。まあそんな冗談――四割くらいは本気だけど――はさておき。
「マーメイドの里は一度行ってみたいんだよね。皆だってそうでしょ?」
ウンウン×5人+一匹
だよね。話を聞いてみた限り面白そうだったからね。
なんでもマーメイドの里には精霊樹があるらしい。このラグーンが豊かで安定しているのはその恩恵ってわけ。つまり環礁はまさしく天然の“壁”になってたってことだね。
海の中に精霊樹とはこれ如何にって思った? うん、私も思った。海の中にだって植物はあるけど、例えばジャイアントケルプが精霊樹って言われてもなんかピンとこない。
その答えは――なんと、精霊樹は巨大珊瑚なのでした!
「っちゅうか珊瑚って、確かイソギンチャクの仲間やろ? 少なくとも“樹”ではないわな」
うん、確かにツッコミたくなるポイントではあるよね。
ただ育ててみて分かってきたことだけど、精霊樹って樹木っていうガワはあんまり重要じゃあないんだよね。
神が地上に降りたり神託を与える際の依代であり、人々の信仰を集めるのに適した、その地に長きに渡って根差すもの――そういったものに相応しいのが樹木だったってだけ。そもそも論として、(成長すれば)精霊を生み出し膨大な魔力を生成するようなものが、純粋な植物であるはずがない。
だから神様視点で言うと、海の中にある精霊樹だったら別に珊瑚でもいいんじゃない? って程度なんだと思う。たぶんね。
――なんて話は、口に出しては言わないよ。私はちゃんと学習するのです。
「えっ? 珊瑚は植物ではないのですか?」
「せやで。確か藻の一種を共生させとる種類もあって、そういうんは光合成するから植物っぽい特徴もあるんやけど、れっきとした動物や。……まあ、俺らの居た世界の珊瑚の話やけどな」
「そうだったのですね。クリスさんは博識ですね」
「自然科学と技術関係の雑学は意外と得意分野なんよ」
若干ドヤり気味で話す久利栖。まあねぇ……、確かに案外物知りなんだけど内容の偏りが激しいんだよね。理由は簡単、アニメやゲームを切っ掛けに元ネタやら背景やらを調べて得た知識だから。
ちゃんと調べてそれを記憶してるんだから十分褒められるべきこと――なんだけど、レティに“博識”と言われると、なんかちょっと違う気がするっていうね。
さておき、マーメイドの里の話の続きね。
里は当然ラグーンの底に有るんだけど、そこかしこに気泡の家――聞いた感じだとドーム状で底の方から中に入るらしい――みたいなものがあるんだとか。その中は空気があって火も使えるから、料理をする時やご飯を食べる時なんかはそこで過ごすらしい。
フルーツを持って行っても、結局塩味になっちゃうんじゃないかとちょっと心配――というか疑問だったんだけど、そういう事だったらしい。
なかなか興味深い生活様式だよね。やっぱり一度は遊びに行ってみたい。
というわけで、話を戻すようだけどレティ、交渉の時とかホントに遠慮なく頼ってくれていいからね? いえいえ、悪いことなんてこれっぽちしか考えてないですよー(ニヤリ★)。




