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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十二章 呪われた大陸>
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#12-09 海に棲む子




 ヒソヒソ話は継続中。


「怜那は何時から気付いてたの?」


「実は砂浜で散歩を始めて割と直ぐに」


「警戒をすり抜けて来たってこと?」


「というより、早朝だからなのかまだ警戒する人が居なかっただけ。それほど警戒レベルは高くなかったのか、単にのんびり屋の種族なのか……」


 敵意は全く感じなかったし、魔力の反応がとりわけ小さくて子供みたいだったから、敢えてこっちからは何もアプローチしないでおこうかと。何で……って、上手くいけばどんな種族なのか確認できるかと思ってね。


 まさか逆に観察されるとは思ってなかったけど。


「舞依、私の方からだと見えないから、どんな感じなのか見てくれる? それとな~く、ね」


「分かった。やってみる」


 舞依がちょっと顔の向きを変えつつ、視線を私から横にちょっとずらす。


「……ぷっ」


 え? 今、笑った? なになに? なんか愉快なビジュアルの種族だったの?


「そ、そうじゃなくて……。小さい、たぶん女の子が、顔の鼻から上半分くらいを水面から出して、こっちを見てるのがなんか可愛くて」


 うん、分かった。想像してみたらかなり面白い。見ようによっては溺れてるようにも見える気もするけど。


「小さい女の子……っていう事は、顔は人間と同じなんだ?」


「うん、見えてる限りでは。耳の辺りにヒレがあるとか、頭にお皿が乗ってるとかはないよ」


「お皿!? 舞依~、河童は妖怪でしょ? ファンタジーじゃあないよ」


「妖怪って、要するに和製ファンタジーでしょう? つまり日本の伝統的モンスターじゃないかな」


 ……なるほど、言われてみれば。


ファンタジーって言うと若干違和感あるけど、怪異や怪物といったカテゴリーの存在ではある。うーん、今までなかった視点だね。まあラグーンに河童は似合わないし、そもそもアレって基本川とか沼とかの淡水に居るものだよね。


 おっと、話が逸れた。問題はどう対応するかなんだけど――


「……よし。折角興味を持ってくれてるんだから、交流を計ってみよう」


「それは良いけど、具体的にはどうやって」


 トランクの特殊スロットから板チョコ(ミルク)を取り出す。


「小さい子の興味を引くにはお菓子が一番と、昔から相場が決まってるよね」


「それ、現代日本だったら事案だよ? というか、チョコはダメ」


「子供向けにミルクを選んだけど?」


「じゃなくって、向こうから持ちこんだものをおいそれとあげるのは良くないし、それがお菓子だって相手が分からないと意味がないでしょう?」


 そっか。うーん、でもトランクから離れ過ぎてて通常スロット内のものは取り出せないし、かと言って私たち以外の皆はまだ中に居るからトランクを手元に呼び寄せるのはちょっとね。外に出たときびっくりしちゃうだろうし。


 あ、そうだ。昨日舞依たちが採って来てくれたフルーツの中で美味しかったのを増やそうかと思って、特殊スロットに(一時的に)登録してたんだった。


 という訳で取り出しましたるは、この珊瑚礁産の名称不明フルーツ。細身の薩摩芋くらいのサイズで、断面が大きな円の一部が小さな円で欠けてるようなマンガっぽい三日月型になってるのが特徴。スターフルーツならぬムーンフルーツって感じ。


 バナナみたいな感じで皮を簡単に剥けて、果肉の食感はマンゴーをちょっと固めにしたみたいな感じ? 無人島の芋っぽいバナナとは違って、ちゃんと甘酸っぱいフルーツの味がする。キウイみたいに細かい種があって、シャリシャリというかプチプチというか食感のアクセントになってる。――苦手な人は苦手かもね。


 お菓子じゃないだろうって? 何を仰る、水菓子って言うでしょう。


「これなら大丈夫……って思ったんだけど、海の中に棲んでるんだったら、フルーツも分からないのかな?」


「うーん、風に飛ばされてラグーンに落ちるものもあるだろうし、全く分からないことは無い……かも?」


 うん、まあとにかくやってみよう。


 と言うわけで、海の中から顔を出してる推定人魚ちゃんの方に向き直り「おいでおいでー」と手招きつきで声を掛ける。


 すいすいー


 お、近寄って来た近寄って来た……と、思ったら止まった。距離は二メートルちょっと。警戒してるのかな? それとも単に浅くなってそれ以上近寄れなかった? うーん、どっちだろう? 私たちの方から近づいてもいいけど、逃げられちゃうかもしれないしな。


 うん、ここはこのままの距離で行こう。という訳でムーンフルーツ(仮称)を海に浮かべて魔法を使ってスイーッと人魚ちゃんの元へと流す。


 お? 人魚ちゃん顔を全部出した。ムーンフルーツと私たちの間で、視線を行ったり来たりさせてる。ちなみに顔を全部出したことで、女の子であることも分かった。


 えーっと、それはね……。はい、これは舞依の分ね。こうやって皮を剥いて、パクリと食べると……、うーん、甘くて瑞々しくて美味しい! ほら、舞依も食べて食べて。そうそう、美味しそうに。


 じーっ はしっ むきむき……


 人魚ちゃん、興味を持ったのかフルーツを手に取って皮を剥く。しばらくじっと見つめていたけど、意を決して――


 ぱくんっ もぐもぐ…… ぱぁーっ!


「ふふっ、気に入ったみたいね」「うん、取り敢えず成功かな?」


 勢いよくもっきゅもっきゅと食べきった人魚ちゃんは、満足そうに息を吐いた後、皮だけになってしまったフルーツを見て残念そうにした後、こちらに視線を向けて来た。というか、視線で何か(・・)を訴えかけて来た。


「もっと欲しいのかな? あげるのは構わないんだけど……」


「うーん、あげすぎるのは良くないんじゃない? ご飯がお腹に入らなくなっちゃうし……」


 じぃ~~っ!


「……あと一個くらいなら?」


「……仕方ない、かな」


 人魚ちゃんの親御さん、すみません。視線に負けてしまいました。っていうか結構押しが強いね!


 という訳で、追加のフルーツをスイーッと流した。――んだけど、はしっと掴んだ人魚ちゃんは、食べることなくこっちを見つめてくる。あれ、もっと食べたかったんじゃないのかな。


「もしかして……、お土産に持って帰るつもりなのかも?」


 ああ! なるほどね。そういう事なら、もうちょっとあげちゃおう。


 追加で何本か流すと、人魚ちゃんはニコニコ笑顔で手を振ると、大事そうにフルーツを抱えて海の中へと帰って行った。







「――こうして我々は、マーメイドの幼女との第三種接近遭遇を果たしたのであった。それがどのような結果を齎すのか、続報を期待して欲しい」


 朝食の席で、さっきの出来事を説明する。UMAとかUFOの特番風味でね。


「いやいやいや、接近遭遇て……。マーメイドは宇宙人やあらへんで?」


「まあ、宇宙から来たわけではないけど、海の深淵から来るもの……って考えると、あながち間違いでもない気がするね」


「……ふむ。っちゅうかその場合はむしろ、名状しがたいものが這いよって来そうな気がすんねんけど」


 パンパン


「はいはい、アホ話はその辺にしときなさい。レティが付いて来れないわよ」


「んんっ! 確認だけど、結局ラグーンに居るのはマーメイドで間違いないってことでいいのかな?」


 舞依と顔を見合わせてから揃って頷く。


「うん、間違いないよ」


「海に帰る時に腰から下が魚の身体なのを見たので、間違いないかと」


 そうそう。潜る時に尾鰭が水面に出て来たしね。あともしかしたら背中にも鰭があったかもしれない。


「生き残りが居たのですね。交易を再開できると良いのですけれど……」


 レティによると、マーメイド族は真珠や宝石珊瑚、ボタンなどに加工する綺麗な貝殻などを沢山抱えているとのこと。その上、それらは彼女らにとってありふれたものの為に、地上の食べ物なんかとアッサリ交換してくれるのだとか。


 また人魚の鱗――成長と共に自然と生え変わる――は、錬金術の触媒や薬の原料になるらしく、これも人間にとっては貴重な素材。しかしそれも彼女らにとっては――以下略。


 要するに、交易する際の交渉がとても楽で実入りが大きい相手ってことね。性格が穏やかで友好的ってところもポイントらしい。唯一の問題は輸送費かな。


「レティが交易を望んでるのなら、お土産を持って帰ってくれたのは重畳だね。もしかしたら向こうから何かしらの接触を図ってくれるかもしれない」


「せやったら、もう何日か滞在を伸ばすってことでどうやろう? あちらさんも考える時間がいるやろうしな」


「私も延長に一票。もうちょっと遊びたいって思ってたんだよね」


「えっと、私も出来ればマーメイドの方と接触できればと……」


 私とレティ、それから久利栖の三人が延長に賛成。舞依たちも反対する理由は無く、滞在の延長が決定した。ちなみにクルミも賛成。この島のフルーツが気に入ったらしくて、また採集に行きたいみたい。








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