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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第二章 もう一つの始まり>
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#02-08 彼女は今ごろ……




「そこんところどうなのよ、舞依? 不安は無いの?」


「それは勿論心配です。心配ではあるのですけれど……」


「「「??」」」


 言葉を濁す私に、皆さんが怪訝な表情になります。


 怜那のことが心配なのは本当です。


 けれど――なんでしょう? 微妙に切実ではないというか、焦燥感がないというか。言葉にはし辛いですがそんな感じです。


 現在の状況を日本にいる場合で喩えると、一人旅に出た友人が現地で消息不明になってしまった、というところでしょうか。当然安否が気になって不安になる状況ですけれど、今の気持ちはというと、離れた土地に住んでいる親戚の健康を気遣うくらいといった感じです。


 不思議なことに、少なくとも命の危険があるようには思えないのです。ちゃんと無事に再会できる確信があります。


 そういったことを若干言葉に迷いつつ伝えました。


「まあ……、怜那だもんね。って、なにかしら? この妙に説得力のある言葉は」


 鈴音さんの発言に皆で噴き出してしまいます。


 そうですね。私たちにとっては、その一言で済んでしまいそうです。


「怜那にはアウトドアやサバイバルの心得も多少はありますし、神様もフォローして下さると仰ってましたから。……それに例の車の比喩で言えば、私たちが地球上の技術なら怜那はSF世界の住人ですよ?」


「はぁ~。せやった。怜那さんは車やのうてスピー〇ーやった。今頃マスターに弟子入りしてパダ〇ンになっとるかもしれへん」


 あ、その話なら分かります。有名なSF大作シリーズですよね。怜那と一緒にシアタールームで観ましたから。


 私が「SF世界の銃火器にチャンバラで勝てるのでしょうか?」と疑問を口にしたら、怜那がお腹を抱えて笑っていました。なんでもロマンに現実的なツッコミを入れるのは野暮なのだそうです。


 ――ごくごく当たり前の疑問だと思うのですけれどね?


「ははっ。いや、案外弟子を取る方かもしれないよ?」


「なるほど、既にマスターやったんか! いやいや、俺なんぞが心配すること自体、烏滸おこがましかったのかもしれへんな」


「弟子を取ってるかどうかはさておき、魔法も武器も、私たちよりずっと上手く扱ってそうな気がするわよね。きっと今頃、魔物を狩って謎の国籍不明料理を作ってるわよ」


「あー、ありそうだね」「あれかーい」


 怜那はふとしたきっかけで唐突に料理をして、私たちに振る舞ってくれることがあります。


 ちなみにその“きっかけ”は色々で、面白い食材をたまたま見つけたとか、テレビで美味しそうな料理を見たとか、小腹が減って食べたインスタントがイマイチだったとか、その都度違います。まったく予測できません。


 怜那は料理が趣味という訳ではありません。というか、様々なことに興味を持つ子なので、特定の趣味を持っていないと言った方が正確でしょう。


 ですから上手くはないのです。良く言って豪快――という料理なので、単純な技術や知識では私の方が上だと思います。


 謎の国籍不明料理とは、言い得て妙ですね。


「ああ……、将来的に怜那が合流したら、あの謎料理もたま~にならキッチンカーで出してもいいかもしれませんね」


「それはいいね」「そうね、たまーになら」「せやなぁ~」


 私の提案は、三者三様の表情ではありますが、一応の賛同は得られたようです。


 もろ手を挙げて美味だと絶賛は出来ない料理です。けれど――


「怜那さんの料理ってなんちゅうかこう、パンチが効いとって妙に癖になるんよな。忘れた頃に食べたくなるっちゅうか……、なぁ?」


「なぁ? って言われてもねぇ。でも何なのかしらね、あのバランスが狂ってるようで、実はこれが正解なんじゃ? って思えて来るような、奇妙に印象に残る味は」


「何度か料理しているところを見させてもらったけど、調味料は目分量だし、調理の順番もセオリーを無視することがあって、僕ではちょっと再現が無理なんだよね……」


「秀でも無理なの?」


「というか、本人でも無理じゃないかな? たぶんだけど、怜那さんには完成品のイメージはあるんだと思うよ。で、セオリーなんて気にせず強引にそこに持っていこうとするんだ。だから上手くいくとインパクトがあって美味しいものになるけど、逆に不味くは無いけど奇怪な味になることもある。いずれにせよ妙に癖になるんだよね」


「そうですね。話していたら、なんだか怜那の料理が食べたくなってきました」


「そういえば、最近ご無沙汰だったかしら? また何か新しいことでも始めたの?」


「新しい事……と言いますか、だいぶ前に手を付けたことをまた始めたという感じですね。最近は良くギターを弾いていました」


「そういえば入学直後に軽音部にも見学に行ってたよね。やっぱりエレキ? それともベースかな?」


「いいえ、アコースティックです。……こちらに来てしまいましたから、もう話しても良いですね。実は今回の校外学習で、焚火の前で弾き語りというのをやってみたかったそうですよ?」


 私がちょっとしたネタ晴らしをすると、皆さんがちょっと笑いつつも納得の声を上げました。


 物語のキャンプのシーンでは、パチパチと音を立てる焚火に照らされての演奏や弾き語りというのは、ある種の定番シチュエーションと言えるでしょう。校外学習の施設側でもそれを心得ているのか、備品リストにギター、ウクレレ、ハーモニカ、アコーディオンなどの楽器が記載されていました。


 それを見た怜那が、折角のイベントだからベタなこともやってみようと言って、密かに練習を始めたのです。残念ながら校外学習自体がなくなってしまいましたけれど。


「へぇ~、怜那さんは多才やなぁ」


「久利栖だって、ピアノは弾けるだろう?」


「秀ほどやないけど、嗜み程度にはな。でも弾き語りは無理や。あれはちょっと違う技術っちゅう気がせえへん?」


「そうですね。その点、怜那は上手ですよ。というか純粋な演奏技術はそれほどでもないので、そちらに特化していると言っていいですね」


 怜那はここ最近の練習で、自分が歌える歌なら即興で弾き語りできるようになってしまいました。もっともコード進行が怪しかったり、既存の名前を付けられない謎コードを編み出したりしていましたけれど。


 それも含めて一種の才能かもしれませんね。


「なるほどなるほど……。怜那さんは歌も上手いし美人やし十分いけそうやな。ギターに似た弦楽器くらいこっちにもあるやろうし、ちょいと練習すれば……ニシシ」


 久利栖くんが怪しげな笑い声を漏らしています。怜那に吟遊詩人の真似事をさせて、集客に使うつもりでしょうか?


 それは――なかなかいい案かもしれません。私も聴いてみたいです。


「黒い皮算用が漏れてるわよ、久利栖? 怜那を客寄せパンダにする気なの?」


「いやいや、難波の商人あきんどとしては、当然このくらいは考えておかんと」


「あんたは大阪生まれでもなければ、大阪在住経験もないでしょうに……」


「鈴音さ~ん、それは言うたらあかん裏設定やん。それに伊勢に住んでたことはあんねんで? 一年くらいやけど」


「……まあ関西圏と言えばそうだけど、期間も含めて微妙ねぇ。でも案自体は悪くないし、こっちの楽器についてリサーチはしておく? 買うのは怜那が合流してからの話になるけど」


「客寄せの手段があった方がいいのは確かだし、リサーチはしておこうか」


「せやせや。結局、早いところ怜那さんと合流したい~ゆう話やねん。もちろん心配やっちゅうのも込みで」


「そうだね。ところで久利栖はそのなんちゃって関西弁を、異世界こっちでもずっと続ける気なのか?」


「ちょ、秀まで? ……もうだいぶ長い事やっとるから、今更標準語喋るんもなぁ~。逆に違和感あらへん?」


「はは、確かに」「そうねえ」「慣れていますからね」


 もし怜那が合流した時に久利栖くんが標準語を話してたら、きっと大笑いするか、薄気味悪そうな顔をするでしょうね。


 ――そう、怜那と言えば。実は先ほど魔物を狩って料理しているという話をしてから、ちょっとした懸念が浮かんでいるのです。


 身の危険ということではありません。


 性格の問題というか、何処へ行っても変わらない怜那の本質が問題というか……


「どうしたの舞依? 難しい顔してるけど、怜那に客寄せして貰うのは反対?」


「あ、いいえ。そちらではなくて合流の方が少し心配で……。皆さんは怜那の好きな言葉、というか座右の銘みたいなものなのですが……、ご存知ですか?」


 唐突な質問に三人が不思議そうな表情で首を横に振ります。


「好奇心と探求心と行動力、です」


「それは……なんというか、怜那さんを端的に表現する言葉だね」


「ええ。怜那の方も、私たちとの合流を第一の目標にしているのは間違いないと思います。思いますけれど……、目標を達成するための手段のつもりが、そちらに興味を引かれて寄り道に寄り道を重ねてしまいそうな気がして……」


「えーと、例えば今までの話を繋げると、身を守るために魔法の練習をして魔物を倒す。肉が手に入ったから食べたら、いつのまにか料理の研究を始めちゃった、みたいな感じよね?」


「ありそうな話やなぁ~」


「ええ。しかもここは異世界です。あの子の目に入るもの全てが、好奇心を刺激すると言っても過言ではありません」


「「「…………(スン)」」」


 瞬間的に無表情になった皆さんを見て、思わず頬に手を当てて溜息を吐いてしまいます。


「本当に、寄り道はほどほどにしてくれるといいのですけれど、ね」


 私たちの事をすっかり忘れて、異世界での冒険を満喫なんてしていたら……


 さすがの私も、ちょっと怒っちゃいますから。


 気を付けて下さいね、怜那。








好奇心と探求心と行動力。これはとあるアニメに登場した教授が、学生たちに向けて荒ぶって語っていた言葉なのですが、格言的なものなので大丈夫――ですよね?


ここまでで第二章は終了。次の話から怜那視点に戻ります。

これ以降は、怜那以外の視点の話は閑話として挟む予定です。


面白い、続きが気になるなど思って頂けましたら、評価・いいね・ブックマークなどして下さると嬉しいです。


それでは、次回から怜那が(ようやく)海に出ます。

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